イスアーレスの休日②

 あの後、スリの少年の処遇を助けてくれた女性に任せ、人目を避けるように大橋を抜けて広場へと出た私達。

 そんな、大橋と隣接した広場にはあちこち屋台が立ち並び、大勢の人の喧騒で包まれていて、まだ本祭開始は数日先だというのに、すっかりとお祭りの様相を呈していました。




 そんな中、待ち合わせ場所に指定されたアイスクリームの屋台の脇にあった、空いているベンチに腰掛ける。

 そうして人心地ついてから、持ち歩いているソーイングセットを取り出して、破かれたポーチを応急処置で縫い合わせます。


「大丈夫? 代わろうか?」

「ん……大丈夫、綺麗に切られているから、私でもなんとかなりそうです」


 念のため端切れを当てて、丈夫さ優先で縫い合わせておきます。元々、座ってできるような作業は積極的に手伝っていたので、このくらいの作業であれば鼻歌交じりにこなせます。

 なので繕い物をしながらすぐ目の前、小気味の良いヘラの音が聞こえて来るアイスクリームの屋台をちらちらと眺めてみる。




 まだ昼にはだいぶ早い時間にもかかわらず、すでに小さな行列ができているその屋台。それは、不思議なアイスクリーム屋さんでした。


 どうやら魔導具で極低温に冷やしているらしい磨かれた石の上に、柔らかいクリームを流し込み、果実やクッキーなどをヘラで混ぜこんで薄く伸ばす。

 それがやがて冷えて固まったところにソースらしきものを垂らし、ヘラでこそぐことによってクルクルとロールした形に整えていき、カップへと詰めていく。

 最後にその上に果物やクリームを添えて、ようやく完成らしいです。


 そんな不思議なアイスクリームがみるみる仕上げられていく、その手際に見とれていましたが……


「……こういうの、にもあったな」

「え、そうなんですか?」

「うん、一回だけ、友達に連れられてこういうのを出す店に行った事がある。でも、こちらに全く同じものがあるんだな……」

「へぇ……どんな食感がするんです?」

「ああ、それは……」


 興味津々で尋ねる私に、兄様が説明しようとしたその時。


「っと、居た居た。おまたせ、他の荷物なんかは大丈夫だった?」


 私達が来た大橋の方向から、先程助けてくれた女性の声。

 そちらを見ると、先程の黒髪の女性が、もう一人の女の子と一緒にこちらへと歩いて来ていました。


「あ、はい、大丈夫です。どうもありがとうございました」

「なら良かった。あの悪ガキは、きちんと衛兵に任せて来たから……まぁ、数日は大人しくしているでしょ」

「すみません、何から何までお任せして……」

「気にしなくていいよ。元々、私達もあの悪ガキが何かやらかしたら頼むって言われていたからね」


 そう言ってパタパタと手を振り、気にしないように言ってくれる彼女ですが……不意に、その表情が真剣なものになりました。


「それで……あなた達、北大陸の姫様と、そのお兄さんの王子様よね?」

「……やっぱり、分かってしまいますか?」

「そりゃまぁ、あなた達は有名だしね。そっか、貴方達もこちらに来ていたのね」

「そういう君は、私達と同じプレイヤーだな?」

「ええ。私は桜花、お察しの通り『Worldgate Online』の元プレイヤーよ。そしてこっちが……ほら、あんたも挨拶してよ」


 そんな彼女……桜花さんの影に隠れるようにして佇んでいた、薄桃色の混じった銀髪の、白い翼を持つ天族の女の子。彼女がさっき衛兵を呼んできたという、桜花さんの連れなのでしょう。


 ざっと見た感じ、年の頃は中〜高校生くらいでしょうか。

 私よりも少し背が高いくらいの小柄な体型は華奢に見えますが……今は普通の街娘が着るようなロングスカートのワンピースですが、そんな服の上からでもわかるほどにスタイルが良いです。

 目立つのが嫌なのか、上から夏用の外套を羽織っていますが、しかし……そのフードの一枚下にちらっと見えた顔は……控えめに言って、儚げな雰囲気漂うものすごく可愛い女の子でした。そんな彼女が、口を開く。


「あの……こんにちは……」


 その控えめな声が聞こえてきた途端――周囲の空気が変わった気がしました。


 ――なんて、綺麗な声。


 一瞬、それが声と分からなかった程のその声。

 鈴の音を鳴らすような、というのはこのような感じでしょうか。涼やかに、軽やかに、聞く者の耳へと浸透してくるその声に、聴いているだけで思考が蕩けて来る感覚。


 そんな声に当てられて、ぽーっと呆けていると。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

「……え? は、はい、大丈夫です!」

「……あぁ、すまない、少しぼーっとしていた」

「…………ごめんなさい、またやってしまったようで……ごめんなさい……」


 おずおずと掛けられた声に慌てて私達が返事をすると、かえって申し訳なさそうに頭を下げる彼女。


 その声は相変わらず綺麗ですが、今度は先程のような魅了されるようなことにはならず、普通に聞くことが出来ました。


 しかし、そんな彼女は目に涙まで浮かべ、ごめんなさい、ごめんなさいと頭を何度も下げています。


 ……明らかに、先程の声には何かの力が働いていたのだと感じました。


「やめな、そんなペコペコ頭下げるのは」

「あ、はい、ごめ……じゃなくて、えぇと……」


 若干厳しさのある桜花さんの言葉に、女の子は困ったように左右に視線を彷徨わせた後、結局何も言えずにぺこりと頭を下げ、その様子に桜花さんは頭を抱える。


「……はぁ、私が悪かった、紹介はこっちでやっとくから無理しなくていいよ」

「……ごめんなさい、お姉ちゃん」


 申し訳なさそうに謝る桜花さんに、さらに恐縮してしまうキルシェさん。


 この二人……なんだか、ぎこちない感じがします。

 お互いがお互いを気遣っている節はあります。どうにか歩み寄ろうとしている様子も見て取れます。

 しかし……まるでお互いがお互いを傷つけるのを恐れるかのように、ぱっと離れてしまう、そんな印象の二人……ハリネズミのジレンマ、という言葉を思い出しました。


「この子はキルシェ、私の……義理の妹よ。今はちょっと、クラスの能力を制御するのに苦戦中でね……練習中だから、あまり話さなくても許してあげて」

「は、はい、それは勿論ですが……」


 先程の、僅か一言で魅了されたような感覚がそうなのでしょうか。

 喋る、声を発するだけで周囲に影響を及ぼしてしまう能力を有するクラスには心当たりはありますが……これほど強力なものは聞いたことがありません。


「……それよりも! 私ら、君の財布を取り戻してあげた恩人だよねぇ?」

「……あの、お姉ちゃん……?」


 重くなってしまった空気を払うように、突然そんな事を言い出した桜花さんに、慌てて止めようとするキルシェさん……あぁ、なるほど。


「ああ、助けられたのは事実ですから、是非私達からもお礼をさせて欲しい」

「よしよし、話が早くて助かるね。大丈夫大丈夫、一割寄越せとか言わないから」


 桜花さんは、謝礼をしようと改めて硬貨袋を取り出した兄様を手で制し、屋台の方へ向け親指で指します。


「代わりに……奢ってくれればいいよ。それで恩の貸し借りは無し、どう?」


 そう、一つウィンクしながら提案してくる彼女からは、重い空気を払うと同時に、もう恩だなんだという話は終わりにしようという気遣いの色を感じ、私達二人、ふっと表情を緩めます。


「……ふっ、それならばお安い御用だ」

「はい、私も食べてみたかったので、是非一緒に食べましょう」

「お、言ってみる物ね……それじゃ、ありがたくご馳走になるわ」


 そう言って、私達の背中を押すようにして列の最後尾へと並ばせようとする桜花さん。


「もう……お姉ちゃんってば……」


 そう、困ったような視線を送っているキルシェさんですが……そんな彼女も、おそらく興味津々だったのでしょう。背中の羽を嬉しそうにパタパタしながらついて来ていたので、思わず吹き出してしまうのでした。






「ほら、チョコミントお待ち!」

「わぁ……可愛いですね、これ」

「はは、そんなお嬢ちゃん達も可愛いから、少しトッピングに色をつけといたぜ」

「あら……お上手ですね? でも、ありがとうございます」


 ふっと微笑み、軽く会釈してアイスとクリームがたっぷり盛られたカップを受け取る。


 私が頼んだチョコミントは、たっぷりのチョコチップがちりばめられたライトグリーンのロールアイスの上に、さらにたっぷりの生クリームとチョコレートソース、そして砕かれたクッキーが散っていて、見た目からもう楽しいと思える可愛らしさとなっていました。


 そんなカップ一杯に詰まったロールアイスの一本を、生クリームと共に一口、匙ですくって口に運ぶ。


 途端、爽やかなミントの香りがまず鼻腔を抜け、次に薄く層のようになったアイスクリームがさらりと溶け、口の中一杯にクリームの滑らかな感触が広がって……


「わ、わ……美味しい……!」


 それに、食感も面白いです。たまらずもう一口頬張って……ふと、疑問が頭を過ぎりました。


「あの、このような手の込んだ氷菓子は初めて目にしましたが、これは一体どのようにして思いついたのですか?」

「おっと、それは秘密……って言いたい所なんだがなあ」


 次の注文分のクリームを混ぜ終え、薄く伸ばしたそれが固まるのを待つ間、店員のおじさんが少しバツの悪そうな感じで話をしてくれます。


「これは、誰が考案したのかサッパリ分からないんだ」

「……分からない?」

「ああ。ある日突然、西にある通商連合の商人ギルド総本山の前に店が出来てな……目新しさで広まったと思ったら、あとはまぁあちこちに店舗だ屋台だと広まっていたんだよ」


 それも、元々同じ商いをしていた者達を次々と傘下に加えながら。実際このおじさんも、元は別の氷菓子を扱う店で仕事をしていたらしい。

 とはいえそれは決して無理強いではなく、給与や待遇も以前よりぐっと良くなっており、実際に商いをしている方々も納得のうえとのことです。


 そんな屋台のおじさんの話を聞いていると……



「……西じゃ、最近はそんな感じで色々新しい物が広まっているみたいだよ。なんでも、新しく商人ギルドの幹部になった新顔が相当な遣り手だって話だけど……」


 そう、桜花さんが補足を入れてくれました。

 それで不都合を被った訳でもなし、新しい商売が次々と生まれ市場が活性化しているそうで、商人の国である通商連合では概ね歓迎されているのだそうな。


「けど……なんかさ、このアイスクリームもそうだけど、元の世界にあったものに似た物が多い気がするんだよね」


 そう、しかめっ面で締める桜花さん。キルシェさんも同じ疑問を抱いているらしく、その後ろでコクコクと頷いています。


 ――もしかして、日本から来たプレイヤーが関与しているのでしょうか。


 ……そうして思案いる間に、他の皆の注文したアイスクリームも次々と完成してきました。


 桜花さんはバニラとチョコレートの二色、キルシェさんはストロベリー。こちらも、生クリームたっぷりです。


 そして、最後に受け取ってきた兄様は……


「お、あんたはバニラ一色なんだね」


 シンプルな白いロールアイスに、白色の……練乳を使用したソースとチョコレートソースが掛かった物。

 それを見た桜花さんがそう話しかけると、兄様は若干むすっとした感じで自分の分を食べ始めていました。

 あれは別に不機嫌な訳じゃないのです……ただちょっと、嗜好に煩いだけで。


「兄様は、アイスはいつもバニラしか食べないんですよねー?」

「別に、そういう訳じゃない。ただ、私はアイスクリームは口溶けや舌触りを楽しみたいから、余計なものは混ぜたくないだけだ」


 若干拗ねたようにそっぽを向き、また自分のカップから掬ったアイスクリームを頬張る。

 不機嫌そうに見えますが、今の兄様の食べるペースならば、どうやらこのアイスクリームは兄様のお眼鏡に適ったようです。その様子に苦笑しながら、一口分、スプーンに救ってその前へと差し出してみる。


「そう言わずにほら、たまには違う味も良いと思いますよ、私のも一口どうぞ?」

「……貰う」


 すると、素直に私の差し出した匙を口へと運ぶ。


「……どうですか?」

「…………うん、たまにはこういうのも悪くない」

「そっか、それは良かっ……ふぐっ!?」

「ふふん、お返しだ」


 突如仕返しとばかりに口の中へと放り込まれた冷たい塊。すぐに、濃いミルクの味とバニラエッセンスの香りが口いっぱいにふわりと広がる。


 ――だけど……一口の量が多いですよ……っ! きっと兄様のその身体には丁度いい量なんでしょうけど、この体の口は小さいんですからね!!


 くくくっ、と肩を震わせて笑っている兄様にそう視線で抗議しながら、口いっぱいに含んだ甘いアイスクリームをどうにか減らそうと四苦八苦していると……


「…………あんたら、兄妹仲いいねぇ」


 呆れたような声が桜花さんから掛かりました。

 見れば、彼女はまるで苦虫を噛みつぶしたような表情でこちらを見ています。


「なんだか、二人とも恋人みたい……」

「……そうか?」

「……そうですか?」


 こちらは何故か顔を真っ赤にしたキルシェさんの言葉に、別に兄妹ならこれくらい普通では……と、ふたり揃って首を傾げる。


「……普通、なのかな、お姉ちゃん……?」

「んな訳あるか。この二人がちょっとアレな感じに仲が良すぎるだけでしょ……」


 何だか呆れられているような雰囲気がします……そんなにおかしいでしょうか?

 家族ですし、こうしてシェアするくらい普通じゃないでしょうか……そう頭に疑問符を浮かべながら、また一口、今度は自分のアイスクリームを頬張るのでした。


「んっ、んっ……それであんたら、さっきあのでっかい店……『天衝堂』の前でなにやら苦い顔をしていたようだったけど、何かあったのかい?」

「あ、それは……ここで暮らしているのなら、教えて貰いたい事があるのですが……」


 実際に数ヶ月ここで過ごしている彼女達ならば、何か知っているかもしれない。なので、私達が今、強力な防具を探している事を二人に説明する。


「なるほど……あの店でも物足りない、ねぇ。あそこはこの街の商工会共同の直営店で、ここいらの腕利きの職人はほとんどが契約して納品しているから、それより上を探すのは相当骨が折れるわよ?」


 あとは、コスト度外視で一点ものを仕立ててもらうしかないよ、と締める桜花さん。

 やはり、というか……結局は、私達が先程出した結論通りでした。


「そっか……なら、まずは最初の予定通りを探そうか」

「そうですね……彼なら、だれか良い人を紹介してくれるかもしれませんからね」

「……ん、誰か探しているの?」

「あ、はい。ゲーム時代にお世話になったNPCの鍛冶師なんですが、こちらの世界にも居ると聞いたので」


 この街に居ると教えてくれたヴァルターさんからも、紹介状はもらっていますので、絶対にどこかに居るはずなのですが……と悩んでいると。


「あー……」

「……ん? 何か知っているんですか?」

「知っているというか、まぁ、ねぇ。その……探している鍛冶師って、もっ…………の凄く、体が大きい人だったりしない?」

「え? ええ、それはもう、山のように大きな人ですが……」

「お姉ちゃん、それって……」

「ああ、だよね……その人なら、多分居る場所は知ってるよ」

「本当か!?」

「本当ですか!?」


 桜花さんの発言に、思わず詰め寄る私達。


「え、ええ。だけど、今はちょっと出かけてるかなぁ……昼下がりあたりまでには帰ってくると思うんだけど」


 数日はかかると思っていたのに、あっけなく転がり込んできた彼の情報。やけにその動向について詳細に知っている桜花さんに、疑問が湧いてきます。


「あの、あなたは一体……」

「えっと、あんたらが探しているその鍛冶師ね……」


 私達の食いつく勢いに引き気味だった彼女が、匙に掬ったままだったアイスを口に放り込んで飲み込み、気を取り直して口を開きます。


「……私の、お師匠様なのよ。一つ目巨人サイクロプスの刀鍛冶『ネフリム』……私は彼の弟子、みたいなものだよ」


 そう、気まずそうに頬を掻きながら言う桜花さん。


 街に出て、まだ一刻ほど。

 唐突に手に入った有力情報……というより、もう限りなくゴールに近い突然の出来事に、私と兄様は二人、かえって呆然とするのでした――……






【後書き】

・サイクロプス

ギリシャ神話に登場する、卓越した鍛冶技術を持つ単眼の巨人。ウラノスとガイアの間に生まれた子達。ヘパイストスの下で助手として働いていたとされる。キュクロプス、とも。


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