道を拓く

 



『え、えぇと……レイジ選手の勝利……なのでしょうか?』


 戸惑いを見せながら、今まで黙っていた司会のお姉さんが、俺の勝利を恐る恐る告げる。

 だが……優勝者が決まったというのに、会場はただひたすら静寂が支配していた。


「あー、司会の姉ちゃん、マイク借してくんねえかな!?」

『え……ま、マイクですか……ひゃ!?』


 戸惑いながらも返事をした司会の姉ちゃんだったが、その途中で可愛らしい悲鳴と共に声が聞こえなくなる。代わりに聞こえてきたのは……


『うふふ、新チャンピオンさん、こちらがご所望かしらぁ?』

『あ、あの桔梗さん、マイク返して……』

『いいから、いいからぁ。派手なマイクパフォーマンス、期待しているわねぇ、はぁい!』


 いつの間にか放送席へと入り込んでいた、妖艶に着崩した巫女装束の女の人……東の貴賓席に居たはずの桔梗さんが、司会の姉ちゃんから奪ったマイクをこちらに放り投げた。

 抜群のコントロールで投げられたそのマイクは、吸い込まれるように俺の手に収まる。




 ……チラッと、西の連中の席を見る。


 てっきり何か妨害があるかと思ったが……見えたのは、奥へ逃げるように退出していく背中のみ。


 おそらくは……奥に控えている物騒な連中に、指示を出しに行ったのだろう。だがそれならば、こちらにとっても好都合だ。




 ――俺が欲しかったのは、この瞬間。


 会場内の観客は、俺たちに対する人質……というだけではない。俺たちも含んだ全てが、イリスを従わせるための人質でもある。


 だが……それを告げて皆に逃げろと呼びかけたとて、おそらく集団恐慌を起こしている間に鎮圧されるのが関の山だろう。


 だから……俺は、今の状況を得るために、本気の斉天に勝たなければならなかった。


 この、皆が未だ衝撃から覚めやらぬまま、全ての意識が新チャンピオンへと集中しているこの瞬間――俺の言葉が絶対の影響力を持つ、この僅かな時間が、俺には必要だったのだ。




『あー……皆、今から俺が話す事を、落ち着いて聞いて欲しい』


 会場に設置されたスピーカーからきちんと声が流れているのを確認し、皆へ語りかける。

 会場の視線が全て俺へと集中し、その一挙手一投足を見逃すまいとしているのを感じながら、続ける。


『まずは……そうだな。皆、この決勝について変だと思っていたと思う。ただ……斉天は、あなた達のために戦っていた。それだけは信じてやって欲しい』


 皆を頼む……それが斉天の頼みだったのだから。


 だから、俺は観客席にいる人々へと、頭を下げる。

 どうか、自分達の愛したチャンピオンを信じて欲しいと。


『その上で……どうか、俺の頼みを一つ、皆に聞いて欲しい』


 そんな固唾を呑んだ観客達の視線が集中する中で、俺は手を挙げて、スタンバイしているスカーさんら、仲間達に合図を送る。


 視界の端で皆が動き出したのを確認し……最後に、俺の言葉を待つ観客へと、語りかけた。


『今から道を拓く。守ってみせる。きっと、街まで無事送り届けてやる。だから皆……どうか、俺を、俺たちを信じて、!!』





 次の瞬間――会場内に、耳をつんざく魔獣の咆哮が、破砕音と共に会場内へと響き渡ったのだった――……






 ◇


「はは……あの坊主、マジでやりやがった!」


 決勝戦……最大の障害であった『WGO最強』が倒れ臥す光景に、俺は若干の興奮と共に喝采を上げながら、自分の仕事のための準備を進める。


 ――あいつが約束を果たしたんだ、期待に応えねば、年長者として失格だろ。


 用意していた特注の弾丸を薬室チャンバーへと装填し、目標の場所へと照準を合わせる。


 そして……観客席に語りかけていた坊主の手が、頭上へと掲げられた。作戦開始の合図だ。


「言っとくが、こんな物騒なもん、俺だって全力でぶっ放した事なんか無ぇんだ、どうなっても知らねえぞ!? 」


 周囲を漂っていた多数の電磁場加速の魔方陣が、銃口の前に、まるで延長した銃身バレルのように一列になって並ぶ。


「行っ……けええぇえッ! 『ハウリングシュート』ォッ!!」


 そこへ放たれた弾丸は、その魔法陣を通過するたびに速度を増し……最後の一つを通過したのとほぼ同時に、音さえ置き去りにして闘技場外壁へと着弾、一切抵抗を許さず貫通した。




 ――上から見ると、完全な円形ではなく、東西に若干引き伸ばされた楕円形をしたこの闘技場。


 奥に宿泊施設や催事場がある東側、四分の一ほどは来賓席であり、北東と南東にある観客席出入り口を挟んで西側……街から最寄りの入り口側、四分の三程が一般の観客席となっている。



 ――観客席からの出口は、北東と南東の二つだけ。


 ――しかも、その後大闘技場から出られる街へ続く出入り口は、西にしかない。


 ――来賓用の港はあるが、そちらも船を抑えられてしまえばそれまでだ。



 そんな中で放たれた弾丸は、北東側の出入り口、貴賓席と観客席を隔てる誰も居ない空間へと着弾した。


 通常の弾よりも、容量の大きな術式を封入できるその弾丸。だが、そこに込められた術式は、ひどくシンプルなもの。


 曰く――『壊れるな』、ただそれだけ。


 だが、ただひたすら込められたそのシンプルな指示は、分かりやすく強力だった。

 たとえ大気摩擦により溶け落ちようが、一定距離を進むまでは決してその姿を崩してはならない……そんな属性が付与された弾丸は、何重もの電磁加速を受けてなおも耐え、音の数十倍もの速度へと達する。


 いくらこの大闘技場の石壁が頑健といっても、決して壊れない超音速の弾丸を阻む事など出来はしない。

 ほとんど抵抗もなく貫通し、弾丸は壁の外へ飛び出したが……事態は、それだけでは終わらない。


 やや遅れ、ぶち破られた空気の壁の揺り戻し……衝撃波が、弾丸が通り過ぎた空間をなぞるように吹き荒れて、進路上のものを打ち砕いていく。


 だが事は、これだけでも収まらない。


 指向性を持って砕かれた石壁の破片は、同じ方向へと向かうベクトルを与えられ、さながら散弾銃の弾丸のようにはじき出されてその先へと衝突する。


 さらにその破片が進行方向の壁を砕き、それがまた更に……と放射状に広がっていき、連鎖的に崩壊していく大闘技場の一角。


 すさまじい破砕音が止んだ時……大闘技場北側の出入り口は完全に吹き飛ばされて、その先、陽を受けて輝く青い海を覗かせていた。




 ――この中から、観客達を逃すのは困難極まりない……ならば、出口を増やして逃げればいい。




 そんな、あまりにも乱暴な策を聞いた時は、しばらく開いた口が塞がらなかったことを思い出し……思今更ながら、笑いが込み上げてきた。




 ……だが、注文通りに道は拓いた。


 そこまでの推移を見守って、先程から背後で準備をしているお嬢さんへと呼びかける。


「よし、こっちはブチ抜いた! あとは頼んだぞ嬢ちゃん!!」

「おっけー、ここからは私の役目にゃ!!」


 外へと拓けた脱出路。


 だが、その崩落跡から姿を現わす、冷たい異様を放つ金属製の蜘蛛のような物体――難を逃れた奥に潜んでいた機械兵器達が、瓦礫を踏み越えて会場へと雪崩れ込もうとしていた。


 ――だがしかし、こちらの第二の矢はすでに準備が完了しているのだ。


「……――ウヴェル解放グラート冷気シャイア閃光ヴァロータ――ヘイル凍てつくコーロス界のティスカライルオン氷結の閃光!! いっけぇ、『グラシェリア』ぁ!!」


 後ろでずっと魔法の詠唱をしていた魔族のお嬢さんが、頭上へと捧げた手。そこに灯った冷たい風を放つ光球から、眼下へと眩い光が薙ぎ払われる。


 閃光と、凍えるような突風が吹き荒れ……しかしそれは、すぐに鎮まった。


 代わりに、俺の『ハウリングシュート』の跡を塗りつぶすようにして光線が通り抜けた場所は、そんな僅かな時間で凍てつき、氷壁で左右を囲まれている極寒の銀世界へとそのテクスチャを張り替えていた。


 当然……中に入り込もうとしていた、機械兵器たちをその内へと抱え込みながら。


「よし、バッチリにゃ!」

「んじゃ、あとは他の奴らに任せて俺らはレイジの坊主の援護行くぞ!」

「うむ、ガッテンにゃ!」


 任せろ、とばかりに頷くお嬢さんへと頷き返すと、管理通路から、宙に身を踊らせる。


 北側は塞いだが、南の観客席出入り口からはまだ健在なオートマトンが入り込もうとしており……眼下では既に、赤毛の坊主が斬り込んで連中の侵入を抑えている。


 ――全く、頑張りすぎだ。


 疲労は激しいだろうに、最前線へと誰よりも先に飛び込んでいるその彼の姿は……きっと、英雄と呼ぶに相応しいのだろう。

 だが……俺はそんな英雄生贄なんぞ望んじゃいない。それでは、本当に守りたかった物が……



「妹分の女の子の笑顔を守れなくなっちまうからな……ッ!」


 喋りながらも空中から放った雷光纏う銃弾は……堅牢な装甲を持つはずのオートマトン、その比較的薄い上部装甲を撃ち抜いて、紅い炎の花を咲かせるのだった――……







 ◇


 拓かれた、解放への道。

 だが、それはまだまだ人が歩むには険しい、獣道でしかない。


 それを道として整備は……私の役目。

 私が失敗したら、この会場全ての人の命が危険に晒されてしまう。


 ――怖い。


 今更ながら、その背負っている命の重みがのしかかって、体を戒めていく。




 それに……皆、まるで暗黙の了解のように口にしないけど……この先に待っているのは、きっとなんだよ?


 しかも相手は、この世界に流通している統一規格の貨幣の製造を一手に引き受けていて、各国を結んでいる転送装置トランスポーター網の管制権限を持っていて、四つの国をまとめて相手取れる戦力を隠し持っているらしくて、この世界を守っているらしい……そんな文字通り、名実共に世界の中心にある国と、敵対するんだよ?


 私は……どうしてこのようなところまで、来てしまったのだろう。

 ただ、配信の来場者数に一喜一憂しながらも、日々面白おかしく騒いでいた日々は、あまりにも遠かった。




 ――どうして……イリスちゃんも、レイジさんも、皆こんな重圧に耐えられるの……?


 ワンミスが命を失う事に繋がる、周囲の人々の命を預かるイリスちゃんは、いつも戦っている時はこんな気持ちなのだろうか。


 この状況を作るため、『WGO最強』に挑み勝たなければならなかったレイジさんの重圧は、きっとこの比じゃなかったはずだよね。


 同じ元プレイヤーなのに、友人なのに、今はその背中があまりにも遠くに感じる。


 ……本当は、分かっている。


 他の人の背中が遠く感じるのは、皆の中で私一人だけ、自分の足で歩けていないからだ。私だけが、嘆いて座り込んでいるからだ。


 今だって……レイジさんに、スカーレットさんに、ミリアムさんに、何で自分の役割を成功させてしまうの、これじゃあ失敗したら私のせいじゃないかと、恨み言が脳裏を過って離れない。


 渋々と詠唱を紡ぐ口が、まるで砂を含んでいるようにカラカラだ。


 それでもやらなければ……そんな考えが頭の中をグルグルと周り、思考をかえってかき乱す。




 ――嫌だ、誰か、助け……




「……ティティリア」

「え……?」

「案ずるな……後ろには、私が居る。君は私が守っている」


 優しく肩に置かれた大きな手と、耳元で掛けられたそんな優しい言葉に、思わず涙が溢れそうになった。


 きっと彼は、そんなつもりで言ったのではない。

 これはただ、雇用主として、自分の配下の責は責任者である自分の責だと、きっとそれだけの気休め言葉。


 なのに……現金にも、私はそれを嬉しく思っていた。


「……――ウヴェル解放ゴルド重力ツェンヴァ超越ラーナ疾駆!」


 ――今はまだ、これでいい。


 先程までが嘘のように、詠唱に力が篭り、強く力ある言葉が流暢に紡がれていく。


「―― ツヴァイヘンデル勝利のヴェルク道よバンシュ拓け!……『ウイニング・ロード』!!」


 今の私にとって、なんと名前負けしている魔法だろうか。それでも、私は最後まで唱え切った。


 華美ではあるが無骨な大闘技場が、光のリボンで煌びやかにデコレーションされていく。

 今までの恐怖と不安から来るざわめきが一転し、今は驚きの歓声をあげる観客の人たち。それを成したのが自分だと思うと、こんな自分でも少しだけ誇らしく思えた。


 会場に張り巡らされた足場に、はやくも機を待ち構えていた兵士の人たちが、避難誘導を始めている。


 ――大丈夫、この勝利の道は、私が思うがまま、街へ安全に送り届けられるよう完璧に敷設された。きっとみんな、逃げ切れるはずだ。


「……ねえ、レオンハルト様。私、レオンハルト様をお慕いしています」

「む……そ、そうか」


 照れたような、困ったような、煮え切らない返事。そんな様子に、クスリと笑みが漏れた。


 まだまだ相手にされていると言うには程遠いとしても……最初の頃、『年頃の娘がそのように軽々しく言うものではない』と至極冷静に諭されていた時と比べれば、確かに前進している気がした。


 ――だから今はまだ、これでいい。


 ひとつ満足して頷くと……これから戦いに赴くであろう、先を歩く皆をサポートするために、新たな詠唱を紡ぎ始めるのだった――……







 ◇


 ――なるほど、レオンハルトが絶賛するだけはある、見事な魔法だ。


 会場内を縦横無尽に駆け巡る、魔法によって編まれた外へ続く非常通路。それを成し遂げたまだ幼い少女に、私、ノールグラシエ国王アルフガルドは心の中で賞賛を送る。


「よし、道は拓かれた! 我ら魔法騎士団は、このまま観客の誘導と護衛に当たれ!!」

「第一、第二班は観客の誘導を。第三班は防護魔法展開、以後私が指揮を取ります、流れ弾は決して通させないようにしなさい!」


 私の指示を引き継ぐように発言した我が妻アンネリーゼが、近衛の騎士の一部を連れて民衆の護衛へと向かう。

 今でこそ王妃として前線を退いた身ではあるが、元は私が魔法騎士団『白光』の団長だった時代の副官……紛れもなく武官の出である。任せて問題は無いだろう。


 私は避難誘導を進める残った騎士の指揮を取りながら、そんな妻の姿を見送っていると……我々と同様に護衛の近衛を引き連れて、現れた若者二人。


「……アルフガルド国王陛下!」

「フェリクス皇帝。ここは私たちに任せ、観客の先導をお願いします」

「それは……だが、しかし」

「お父様……」


 躊躇いを見せるまだまだ若き皇帝と、その横で不安そうにこちらを伺っている、嫁いで行った愛娘。

 無理もない。彼がこの中で一番立場が高いはずの身でありながら、誰よりも先に退避しろと言われているのだから。


 だが……そんな二人を安心させるようにふっと表情を緩め、背を叩いて先を促す。


「フェリクス皇帝陛下、あなたは未来の担い手を守らねばならんのでしょう。ここは我々にお任せを……娘を、頼みます」

「アルフガルド国王陛下……分かった。その頼み、しかと承った」

「イーシュクオル、どうか無事でな。お前の体は、もはやお前だけのものではないのだから……わかるな?」

「……はい、お父様」


 二人の返答に、満足して笑いかけ、その背を押す。


 帝国式の敬礼を返し、手を取り走り去っていく彼らの姿を見送り……今、闘技場の南端、真に最前線で奮闘している赤毛の青年の方へと視線を送る。


「若者よ、決して無駄に命を散らすでないぞ……私は、イリスリーアが泣くところなど見たくはないからな」


 ポツリと呟くと……すぐに、自分がやるべき役目の為、踵を返すのだった――……







 ◇


 ――喝を、入れられてしまったな。


 まだまだ若輩であるという事を改めて認識し、くすぐったく思いながら、妻の手を引いて駆ける。


「陛下、剣を」

「ああ、ありがとう」


 傍に控える兵の一人が捧げ持った包みから覗く、銃の柄のような物体を右手で握り、抜く。

 そのまま左腕で妻の体をさっと抱き上げると、貴賓席の手摺に足を掛け、妻が首に腕を回して頷いたのを確認した後、眼下に広がる魔法の足場へと身を翻す。


 一瞬の肝が冷える浮遊感の後……光で編まれた道は、音もなく、まるでクッションが衝撃を吸収するように、柔らかな感触で宙に体を支えてくれた。


「はは……足元が不思議な感触だ、なかなか面白い体験だな!」

「あ、あの、陛下……!?」

「ああ、分かっているとも!」


 楽しんでいる場合ではない。拓いてもらった脱出路から外に向かうため駆け出そうとしたちょうどその時……妻が見上げていた方から、いくつかの影が飛び込んで来た。

 胴体の各所や数本の足から火花を上げているが、それでもまだ生きている多脚式の機械兵器……アクロシティ製だというオートマトンとか言う名らしい兵器が転がり落ちてくる。


 周囲の観客から上がる悲鳴。だが……


「はっ……我がフランヴェルジェ帝国の技術を侮られては困るな!」


 腕の中の妻に一つ目配せし、そっと足場に下ろすと、空いた手で、剣――銃のような柄をした、刀身が中心から二つに別れている独特の形状をしている――のモードを近接に切り替えて、トリガーを引く。


 すると、分かたれていた刀身が合わさった次の瞬間、刀身が赤く発光を始めたのと同時に、周囲にキィィン……という、バンシーの泣き声もかくやという甲高い騒音が響き渡った。


「総員、高周波ガンスレイヤー構え! 我らで先陣を切り、退路を露払いする!!」


 指示を受け、追従している周囲の近衛も俺と同様に抜剣する中で、誰よりも早く先陣を切り、行く道を阻むオートマトンへと斬りかかった。




 ――我らフランヴェルジェ帝国は、機械兵器開発で周囲より優位を取って発展してきた、どこよりも兵器開発に力を入れてきた国……それはつまり、どこよりも機械兵器への対抗手段が進んでいる国でもある、という事だ。



 対装甲用の電磁波振動剣という機構を備えた、近接・射撃両用の携行兵装――制式採用型高周波ガンスレイヤー『カレトヴルッフ参式』。

 内部機構によって赤熱化し、超高速で振動する刃が、頑健なはずの機械兵器の外装を、火花を散らしながらまるでバターのように切り裂く。


 その後も散発的に落下してくるオートマトン達も居たが……それは全て、俺と同じように近衛たちが携えた赫刀によって刺し貫かれ、機能停止していく。


 ――なるほど結果論ではあるが、観衆が逃げる道を拓く露払いとして、我々以上の適任もいまい。


「さて……私に、貴女を安全な場所までエスコートする栄誉を頂けますか?」

「はい……信じています、陛下」


 気取って手を差し出した俺の手を、そっと微笑みながら取る最愛の妻。

 この手は、決して離さない、絶対に守り抜く。俺はずっと前にそう決意したのだと思い出せたから、もはや迷うまい。



 皆が駆け出し、散発的に現れる敵性存在を駆逐していくのを眺めながら……俺は一度振り返る。


「よう、新チャンピオン!!」


 もう一つの主戦場、南側の入り口で奮戦している彼。決勝ですでに満身創痍なはずの赤毛の青年へと向けて、声を張り上げる。


 そんな場合ではないのは承知の上……だがそれでも、言わずにはいられなかった。


「君に受けたこの恩、俺は決して忘れん! 生きてまた会おう……死ぬなよ!!」


 たとえ彼の耳に届かないとしても、そう感謝の言葉を告げて、踵を返す。

 最後、ちらっと見えた彼の顔は……気のせいでなければ、フッと笑ったように見えた――……

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