新しい出会い
「これは……随分人が多いな、大丈夫か、イリス?」
「なん……とか……」
いつもは私達と、時折外食に訪れる村の人しかいなかった食堂が、大勢の人……それも、何かしら戦闘に携わる職業であると一目でわかる剣呑な雰囲気を纏った男性で混み合う様に、先程から血の気が引いている感じがします。人数の関係で宿は商人たちに譲り、自発的に外に天幕を張って寝泊まりしているという、商隊の護衛として来た傭兵団の方々らしいですが……
ちなみに、ソール兄様はまだ先日の件を引きずっており、黙って後ろを着いて来ています。朝起きたら二人で同じ寝台で寝ていたという事で何か言われるかと思いましたが、レイジさんはその様子に察したようで、ただぽんぽんと頭を数回撫でて来ただけでした……多分、褒められたのでしょうか。
どうにか食堂の隅に三人分の空きスペースを見つけ、集団から多少離れた場所に席について、私たちも食事を注文しました。しかし、食堂内にひしめき合う人数と、時折こちらに向く視線、柄の悪い声に嫌が応にも『あの時』を思い出してしまい、スープも喉を通らず、数度口を付けた以来いまだぐるぐるかき回しているだけです。
「しっかしよぉ、折角町について休めると思ったってのに、今度はゴブ退治だぁ? どこのどいつだろうなぁ、ゴブ程度をちゃんと片付けてくれなかったのは!」
あまりにもわざとらしい大声に、ぴくり、と一瞬二人の手が止まります。その声の方に恐る恐る視線を向けると、数人の男性が、ニヤニヤとこちらを眺めていました。ぞわっと肌が泡立ちます。その視線が、まるであの時のあいつらのように見えて……
「……あいつらじゃない、忘れろ」
「……はい」
そっと手に触れたレイジさんの手の温かさと呟きに、何かが開いてしまいそうだった思考がすっと平常を取り戻します。そう、あれはもう終わったのです。自分で全部最後まで見届けたのですから。
ぎゃはは、と耳障りな下品な笑い声が聞こえますが、無視です。
そんな私たちの様子に何が癪に障ったのか、つかつかと歩いてきた男性が、ばっと私のフードを取り払ってしまいました。
「……っ」
ずれたフードから露になってしまった顔に、息が詰まります。周囲から囃し立てる声に泣きそうになりますが、ぐっとこらえます。レイジさんとソール兄様から剣呑な気配が立ち上りましたが、大丈夫、と目で制します。店で争いを起して迷惑をかけるのは本意ではありません、しばらく無視してやり過ごせば……
「ひゅう、何でこんな辺境くんだりまでと思ったが、すげぇかわいい子も居るじゃん。まぁちっと子供っぽいかもしれねぇけど」
一言余計です。そんな態度で本当にひっかかる女の子が居ると思っているのでしょうか。いえ、そもそも同意を得る気など端から無いのでしょう。
「しかも腕のいい治癒術師だって? なぁ、正体不明の魔物から町を救っただとか知らねぇけどさぁ、こんな装備だけは立派な腰抜けな若造なんか見限って俺らのところに来ねぇ? 良い思いさせてやるぜ、色々と、なぁ」
ぺらぺらと勝手なことを宣う男に、カチン、と、自分でも驚くほどその言葉が癪に障りました。あまりの腹立たしさに、恐怖とはまた別のものが体を震わせ、無意味にスープをかき混ぜていた匙がカランと食器とぶつかる音がします。
「……取り消してください」
「あァ?」
気が付いたら、先程二人を制止したばかりだというのに、その私から抗議を口に出してしまっていました。傍らで二人の慌てた気配を感じますが、ここまでの流れで相当ストレスの溜まっていたらしい私の口は、一度吐き出し始めてしまうともはや歯止めが効きませんでした。
「……っ……今の、言葉を、取り消してください……っ!!」
私の症状は、多少マシになったと言え、克服したわけではありません。眼前で見下ろすように凄まれて、今にも膝が崩れそうなほど震えます。だけど……感情が昂ぶって、恐怖より怒りで涙が滲みます。
許せない……傷ついて、それでも戦ってくれた二人を。昨夜の、そのせいで震え、涙している綾芽の姿を。知っている以上、ただ見下したいがためにこんな卑劣な責め方をしてくる彼らなんかに、そんなことを言われるのは!!
「……二人は、ずっと、どんな時も、私をいつだって助けてくれました! 貴方達みたいな品性下劣な人に誹謗中傷される謂れはどこにもありません!!」
「……こっ、のっアマぁ!」
言ってしまいました。激昂した男にぐいっと襟首が掴まれて足が浮き上がり、みるみる全身を支配していく恐怖心に腰から下の感触がすぅっと消えていく、久々の感覚。振りかぶった男の腕に、せめて頭を庇うように反射的に腕で抱え、次に来るであろう衝撃に備えぎゅっと目を瞑り……
5秒……10秒……衝撃は、ありませんでした。恐る恐る目を開けると、その男の振りかぶった手は、いつの間にか背後に回ったソール兄様の手で押さえられていました。然程力を入れているようには見えませんがその手はびくともせず、ただ男の「クソッ、離せ!?」という声だけが食堂に響きます。
そうこうしているうちに、私の体はあっさりとレイジさんの手によって奪い返され、その大きな体に包まれた安堵からようやく恐怖から来る震えがきます。
「……私たちが中傷されるのは構わないさ、君の言ったことはおおむね事実なんだから、粛々と受け止めようとも。さぁ、なんとでも言うがいい」
そう言いながら私に背を向けるように体の向きを男と入れ替えると、次の瞬間、ドン! と凄まじい音を上げて男の体がテーブルに叩き付けられます。げほげほと、肺の空気を瞬時に吐き出させられ咳き込む男が落ち着くのを待って、兄様が言葉を続けます。
「だけど、イリスに危害を加えることだけは絶対に許さない」
私の方からはその顔は見えませんが、そのいっそ冷静さすら感じる低い声に、押さえつけられた男は真っ青な顔でガクガクと首を縦に振り始めました。
「おぅ、何の騒ぎだこりゃ」
「だ、団長!?」
騒然とし、一部が武器に手を掛けようとする剣呑な空気の中、呑気とも言える風情で来店してくる方が居ました。濃い茶髪をオールバックにまとめ、筋骨隆々としたその体は無数の傷跡に覆われた、一目で古強者と分かる覇気を内に宿したその人物。レイジさんが、胸に抱かれている私にしか聞こえないほど小さく「あいつ、できるな……」と呟いたので、おそらく相当なのでしょう。
その彼の視点が一瞬、レイジさんに抱きかかえられている私の方で止まり、びくりと体が跳ねます。しかしその目は厳つい見た目とは裏腹に理知的な光を湛えており、にかっと男臭くもどこか人懐っこい笑顔を向けられたことで、やがてすっと警戒が抜けていきます……どうみても強面の大男なのですが、どこか安心する空気を持った不思議な人です。
そんな私の様子を見届けたその男性は、再び厳しい顔で周囲の傭兵たちを睥睨します。
「んだこりゃ……おい新入りども、まさかとは思うがそっちの堅気の女の子に手ぇ出そうとなんてしてねぇよな……?」
「そ、それは、ちょっと脅かしてやろうと思っただけで……」
しどろもどろになって弁明をしようとする男たちですが、状況を見れば一目瞭然なため、その声は弱々しい物です。
「はぁぁぁぁああああ……」
大きく、とても大きくため息をついて上げられた目には、レイジさんの腕の中という安心できるここに居ても、それが自分に向けられているものでなかったとしても尚すうっと底冷えのするような怒気を帯びていました。
「……いいか、俺ら傭兵なんてのは評判が命なんだ、特に俺ら新参なんざ悪い噂が立っちまえばおまんまの食い上げなんだよ……分かったらとっとと嬢ちゃん達に謝れテメェらぁ!!」
「ひぃ!? すいませんっした!!」
「ほんのいたずら心だったんだ! この通りだ!」
彼の一喝で、その場の方々が真っ青になって一斉に土下座せんばかりの勢いで頭を下げ、みるみる散らかった店内が彼らの手で片付けられていくのを、私たち(とキッチンに避難していた従業員の方々)はぽかんと眺めているしかできませんでした。
「いやぁ……本当、うちの若い者たちが申し訳ない。どこも怪我はありませんか? はい、お手をどうぞ」
「え? あ、はい……えぇ!?」
いつの間にか傍らに立っていた、優し気な風貌の青い髪の青年が何気なく差し出した手。あまりにも自然に差し伸べられたため思わず取ってしまった私の手を掴んで、ひょい、と椅子の上に座らせられます。
「……これはこれは、かように愛らしい姫君にお目にかかれるとは。できれば今度御身に危機が訪れる事があれば、騎士として私の手でお救いする名誉を戴きたいものです」
そうどこか演劇のような台詞回しで囁かれ、気障ったらしい、映画とかで見たことのあるような所作で私の手の甲を唇を寄せ、すぐに自然な感じに離されました……あ、直接口を手の甲に付けるわけではないんですね、これ。脳の許容量を大幅にオーバーしている出来事に反応できずにただそうぼんやり眺めていると。
「……?」
気のせいでしょうか。顔を上げ始めてこちらを正面から直視した彼の目が、僅かに、ほんのわずかに驚愕の色を浮かべて見開かれたような気がするのは。
「……失礼しました。あまりに可憐で思わず見入ってしまいました」
「……へ? あ、はい……?」
脳の処理は相変わらず追いついておらず、呆然としていると。
「……っの、馬鹿兄貴! また女の子にそんなことして失礼じゃないの!!」
「っだぁ!?」
またも突然その背後から現れた、同じ青い髪をポニーテールに纏めた闊達そうな少女に殴り倒されて、床に這いました……大丈夫でしょうか。剣の鞘で殴られたように見えましたが。
「全く、何が騎士よ、昔の話だってのに……あ、君、大丈夫? 変な事されてない?」
呆然としている間に、嵐のようにその少女にぺたぺたと怪我が無いか検められ、髪と襟の乱れを整えられて、気が付いたら元通りにフードをかぶせられてちょこんと座らせられていました。
……どうしましょう、私は今口説かれていたのでしょうか。ようやく活動を再開した私の脳が先程の一連の流れ……あるいはその言葉の内容をようやく理解してしまい、顔に血が上り、きっと真っ赤になっているであろうその顔を思わず伏せてしまいました。先程のお姫様扱いだった言葉が今更ながらとても恥ずかしく、顔を上げることができません。
「ったた……酷いなぁ、ちょっと挨拶しただけじゃないか」
「兄貴の、特に女の子への挨拶はね、常識からちょおおおっとだけ、ずれてるの! 前にもそれで女の子誤解させて問題になったのに、懲りてないの!?」
……あれ、何も口出しする暇がありませんよ? 何故かその女性の胸に抱かれ、フード越しに頭を撫でまわされているうちに周囲でみるみる流れていく姦しい展開に、レイジさんが未だ座り込んだまま、私を抱きかかえていたポーズのまま、ぽかんとしていました。喧嘩相手をいつの間にか取り上げられたソール兄様も、すっかり毒気を抜かれて唖然としています。
「っと、すまねぇなやかましい連中で。どうやらうちの調子に乗った新人が迷惑かけたようで、傭兵団『セルクイユ』団長として、謝罪させてくれ……すまなかった!」
大柄な彼が、勢いよく頭を下げます。風が前髪を微かに揺らしたのは気のせいではないのでしょう。……棺桶、とは不思議な名前の傭兵団です。縁起、悪くありません?
「いえ……こちらこそ、売り言葉に買い言葉で、騒動を大きくしてしまい……すみませんでした」
座ったまま、こちらも謝罪を返します。兄様も隣で頭を下げ、団長さんが店の修理費の請求に頭を抱え、これでこの場は水に流すこととなりました。
――そして、これが、私たちの初めての出会いとなったのでした。
再び、配膳された食事……今回は、団長さんの奢りとなりました。部下の迷惑をかけたお詫びという事で、お断りはしたのですが、どうしても気が済まないとのことでありがたく御馳走になることにしました。
そうして食事を前に、改めて自己紹介を始めたところでした。
「さて。俺が、団長のヴァルターだ。こっちがそれぞれ第一、第二班長の」
「あ、ゼルティスと申します。先程は失礼しました」
「フィリアスです、よろしくね!」
後を継いで名乗る同じ髪色の二人……よく似た顔立ちと、ずいぶん年齢が近そうな容貌に、思わず質問をしてしまいます。
「えっと……そちらは双子さんですか?」
「そうですよー? 君もそっちのイケメンさんとは兄妹よね、兄貴持ち同士色々あとでお話ししようね!」
「騒々しい妹ですみません……」
「むっ、それを言うなら兄貴は抜けすぎてるの!」
困ったように温厚そうな顔で嗜めるお兄さんに、食って掛かる妹さん。そのやり取りに、以前の私達……『僕』と『綾芽』を思い出してしまい、微笑ましい物を見るような目線を送ってしまいました。
そうして私たちの方も自己紹介が済んだ頃。
「それで……俺たちは、この町で今目撃されているゴブリンの集団の討伐の依頼を受けたんだが」
その言葉に、態度には現しませんがレイジさんとソール兄様の二人から落胆の気配がします。おそらく先日の名誉挽回がしたかったのでしょうが、本職の彼らの手に仕事が渡った以上、もはや私たちにできることはない、そう思ったのですが。
「どうだろう、君達も手伝ってくれないだろうか」
「俺たちが……ですか?」
予想外、というように、レイジさんが目を見張ります。
「そうだ……偵察の結果、正直想像していたよりも大規模な集団なことが分かった。で、このちょっと先の町でも、ゴブリンの大規模なコロニーが発見されていて、今問題になっているんだが、俺はこの件がここから流れてきた可能性……『指揮官』が率いて遠征してきた可能性を危惧している」
彼らの特徴として、その集団が大規模になると、その内から指揮官となる個体が発生し、より大規模な数での行動と、統率の取れた動きをすることが知られています。この報告の規模であれば、もしかしたらリーダーが複数、あるいは……
「いずれにせよ、俺たちの手にも余る可能性が否定できない。だから、君達の手も借りたい、そういう話だ」
「しかし私たちは……」
言いにくそうに、ソール兄様が口ごもる。昨日の今日でまだ立ち直っておらず、その目は自信なさげに揺れています……しかし、今のままで居る訳にも……
「失敗したのは聞いている。何、新兵だとよくあることだ」
気にすることじゃない、反省は次に生かせばいいと、何という事の無いように告げられます。彼の目は、「挽回する機会は欲しいか」と、そう告げているようです。ソール兄様が私やレイジさんの方へと向けた視線に、私たちは頷きました。
「……では、私たちも受けさせていただきたいと思います。その、お気遣い感謝します」
「はて、何か礼を言われるようなことなんてあったか? 俺にはサッパリだ」
おどけて肩をすくめて見せる彼に、くすりと笑みが漏れます。それを耳ざとく聞きつけた彼が、ぱちりとウィンクをしてきます……まるで映画俳優か何かのように様になっており、ちょっと格好いいかもしれません、このおじさま。私の中の『僕』が、将来こういう大人の男になりたかったなぁ、とぼやいていて、なんだか苦笑してしまいました……まぁ、無理でしたでしょうねぇ、客観的に見て。
「……出発は今日の11時。あいつらは夜行性で夕方から朝方にかけて活発な分、その時間帯からは活動が鈍い。班はまぁ、そのままでいいだろう。出撃するときは連絡係を残しておくからそちらに一言くれ」
「それじゃ、また後で」
「バイバーイ。あ、イリスちゃん、終わったら一緒にお風呂入ろうね!」
それぞれ別れの言葉を告げ、彼らは嵐のように店を去っていきました。
……はじめはどうなるかと思いましたが、幹部だというあの三人はとても好意的な方々で、上手く収まったことに安堵の息を付きます。
「なぁ、ソール」
「ああ、分かっている……やるな、あれ」
……が、神妙な様子の二人の様子に首を傾げます。私の視線に気が付いたレイジさんが、後を繋げます。
「以前の傭兵崩れとは雲泥の差だ。あそこまで接近されるまで、足音を感じなかった」
はっとしました。そうでした。私から見ると、あのお兄さん……ゼルティスさんの方は、突然傍らに現れたようで。それこそ、レイジさんに警戒される前に私をその腕の中から奪い、手を取って椅子に座らせた位には。
「……ああ、気に喰わねぇ、あんの気障野郎……っ!!」
何故か、先程からレイジさんが不機嫌です。ずっと、時折恨めし気にゼルティスさんの方を睨んでいましたが……
「嫉妬深いレイジも意外だけど、それに気が付いてもらえないってのも気の毒だねぇ……」
「……?」
やれやれ、と肩を竦め、可哀想なものを見るような目でこちらを見て来るソール兄様に、私はただただ頭に疑問符を浮かべるのでした。
「それはさておき……レイジは、戦闘になったら勝てる自信はあるか?」
「いや……正直、予想もつかねぇ。が、特にあのヴァルターっておっさんはちょっと自信ないな」
私から見ると気のいいおじさま、という感じだったのですが、どうやら剣を扱う二人にはまるで別物に映っていたようです。フィリアスさんはちょっとわかりませんが、おそらく三人が三人とも、この二人にそこまで言わせる実力者。この世界の住人の侮れなさに、身の引き締まる思いがしました。
「それで、相対して見てどうだった、あの少年らは」
俺が話しているのは、先程あの子供たちに突っかかっていた、ガラの悪い男……の取り巻きの一人だった奴だ。今は変装を解いて、まるで冴えない年若い商人の下働きのような容貌となっている。新しく入ったばかりの奴をたかが初陣が済んだ程度で信頼なんぞしていない、入団試験は継続中……とまぁ、そういうことだ。
「問題外っすね。何をどうしたんだか能力自体はとんでもねぇもの持ってそうですが、その中身はとんだ甘ちゃんだ、戦場じゃ問題外もいい所っすよ」
やれやれ、といった風情で肩をすくめた男は、次の瞬間真剣な表情となった。
「……って、最初は思ってたんスけどねぇ」
「ほう? 今は?」
「ぜってぇやり合いたくねぇっす。特にあいつ、銀髪のにーちゃんの方っすね。今はヘタレてても、自分の大事な物の為なら『どこまでもやる』タイプっすよあれ。今にも殺されるんじゃねぇかと冷や汗が止まらなかったスよ」
「……いいだろう。その答えが聞けなければ監査役をクビにしていたところだが、今回は大目に見てやろう」
「……はぁ……助かったッス」
そうして、退室していった男を見送り、だはぁ、と一息つく。思い出すのは、先程の若者達……とりわけ、その中心にいた少女……いや。
「あれが『北の宝石姫』……聞いていたのと大分違うな。噂ではどんな状況でもピクリとも表情を動かさない人形のような姫だったと聞いていたが、さて」
その名前が最初に出てきたのは、辺境の騎士伯の領地で静かに暮らしていた村娘が領主に見初められ、強引に召し上げられた、という騒動が始まりだった。その兄という青年の救助の求めから始まり、紆余曲折を経てその娘はよりによって行方不明の前国王の、これまた行方不明であった妹の血縁と判明、突如のスキャンダルに騒然となり……尚、その父親が検査で判明し、それがまた特大のスキャンダルとなりかねず秘匿されたのは関係者の秘密だ……領地は国の意向で強制的に領主交代し、少女の救出に協力したその甥の預かりとなり、その後国に引き取られていった娘の行方ははっきりしない。
そして、この騒動の際も、その少女はずっと茫洋と、殆ど表情も変えず、周囲に流されていたという話だ。まるで感情の無い生きた人形のように。
おっとりと、しかしころころ表情の変わる少女を脳裏に浮かべる。やや引っ込み思案ながら年頃の少女らしいその様子は、とても人形のような、と形容されるようには見えない。
そして、不思議なことはまだある。容姿は当時描かれた肖像画……
「今更になって文がどこからか届いたと思ったら……気にかけてやってほしい、ねぇ。なぁ、何をさせる気だ、アウレオリウス」
紙一枚折っただけという雑な手紙をひらひらさせながら、俺は誰と無しに呟くのだった。
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