穏やかな景色の中で

 若干、この次の話と時間が前後します。


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「あの、アイニさん、これ……本当に、やらないと駄目、ですか……?」


 華美さよりも、質実剛健さを感じさせる城の一室。

 今は厳重に錠が施され、外から覗き見る事ができないように分厚いカーテンで締め切られている。それどころか、この階への立ち入りは一時的に禁止されたという厳重な警戒態勢が敷かれているそうです。

 そんな部屋で私は今、アイニさんと向き合って座らせられていました。


 ここで行われていたのは、私の身体検査です。この厳重な警戒は、万が一にも聞かれたくない会話や、流出させられない記録を扱うためだそうですが……そこにもう一つ、万が一にも不心得者に覗かれたりしないように、というのもあるのだそうな。


 しかし、もう半刻近くワンピースの裾を握りしめて俯いている私に、困ったように苦笑いしている気配を感じます。

 検査用に採血などもされていく中、最後に残ったこの案件。これが終わらなければ、彼女はこの検査を終えることが出来ません。

 私も、決してその仕事の邪魔をしたいわけではないのです。ですが……悪いと思うんですが、これは、本当、無理……っ!


「……ごめんなさい、恥ずかしいとは思いますけれど、これもある種、貴女を守るためでもあるの」

「……それは、解っているんですけど」

「ご安心ください……一応、これでもプロを自認していますので」


 スッと、彼女の雰囲気が変わった気配に、びくっと肩が震える。

 柔らかな笑みを浮かべているのは変わりませんが……纏っている空気は、職務に携わる者として断固として引く気はないという固い物。これ以上、迷っているのはアイニさんに失礼ですよね……


「…………分かりました」


 ふぅっ、と緊張を落ち着けるように、深く息を吐く。意を決し……ぎゅっと、硬く目を瞑り、スカートをそっとたくし上げました。

 今はその診察着代わりの薄いワンピースの下には下着を履いておらず、人前で、秘されているべき「そこ」が、何も守る物がなく外気に晒された感触に、ひっと小さな悲鳴が口から漏れる。


「それでは、失礼します……力を抜いてください」


 その言葉に、硬く目を瞑ったままふるふると首を振る。無理、恥ずかしくて死んでしまいそう……しかし、そんな私の状態を他所に、彼女の指がそこに触れ――……












「……落ち着きましたか?」

「はい……お手数お掛けしました……」


 未だに責め苛む羞恥心によって滲んだ涙を拭い、顔を上げる。いつまでも凹んでいるわけにもいきません、一つ深呼吸して気分を切り替えます。

 そうしていると、控えめなノックの音。そして、男性の声。


「失礼、もうよろしいですか?」


 そう扉越しに尋ねて来るのは、領主であり、この城……領都に聳え立つ、このローランディア城の主であるレオンハルト様の声。

 どうする? と目で尋ねるアイニさんに、頷きます。

 ちなみに服はすでに着替えを済ませ、今はきちんと下着を身につけた上にブラウスとロングスカートという普通の格好ですので、何の問題もありません。


「大丈夫です、レオンハルト様。どうぞお入りください」

「……では、失礼します」


 アイニさんが許可を伝え、ようやく入ってきたレオンハルト様は……すぐに跪いてしまいました。


「……その……イリスリーア殿下……色々と、お手数おかけして申し訳ございませんでした」

「いえ……必要なことだと、分かってはおりますので……大丈夫ですから、顔を上げてください」


 心底、申し訳ないと思っているらしい彼の言葉に、もじもじと指を合わせて俯いてしまう。


 ……ええ、必要な事なのはわかっています。


 貴族や王族の女性の純潔は重い。そして私は年単位で姿を隠していた王族の未婚女性で、しかも実際に悪漢にさらわれたりもしている以上、『それ』は重大な懸案事項で……最優先で確認するべき案件だったという事も。


 貴族……それも王族ともなると、その純潔というのは非常に重大事となってしまう。

 特にこの世界の王族というのは、「光翼族の血を継ぐ」存在であるため、その血統に疑念の余地が入り込むことを許されず、なおさらにその傾向が強い。

 実際、過去には未婚の王族がどこぞの馬の骨とも知れぬ者に純潔を奪われると……自害を求められ、あるいは公的には病死扱いの上で監禁され、一生を幽閉されて過ごす、などという時代も存在していたそうです。

 今はそこまでの事はしていないようですが……それでも、純潔を神聖視する風潮は根強いそうで、こちらの意思がどうあれ、「婚前交渉をした身持ちの悪いふしだらな姫」などという風評が立ってしまうと、いつどのような目に逢うかは分からないそうです。


 当然それだけのリスクが私の側にある以上、その貞操を害するというのは非常に重い罪なそうで……なんでも、合意無しでの無理矢理に事に及んだ場合、数代遡った一族郎党全て処分対象、それもそのほとんどが死罪という事になるらしく、その話を聞いて血の気が引く思いがしました。

 だから、その操を証明することが身を守る事でもあるというのは間違いではない……間違いではないのですが。


 だけど……それでも、同性とはいえ、あんな……あんな……っ!


 ……救いは、そこは流石はプロだけあり、アイニさんは何事も無かったかのように、表情も変えずに手早く済ませてくれた事でした……


「それで……ごほん、アイニ嬢、結果は?」

「はい、元々の脚の不自由を除いて、健康状態、行方不明になられる前と変わりませんわ」

「そ、そうか……ならば良い」


 頑なに、私と目を合わせようとしないレオンハルト様。私も今は、男の人と視線を合わせる気にはなれません。

 相当にぼかされていますが、要するにこれは、私が……であるという報告な訳で、いたたまれないです……


「この城に保管されていた魔力パターンともほぼ合致しましたし……遺伝子検査は王都での検査待ちですが、現時点でもイリスリーア殿下ご本人と断定してもよろしいでしょう。選定官の一人として、私が保証します」

「そうか……私も、君の発言を信じ、選定官の一人として認めよう。そう陛下に報告しておく。君もご苦労だった」

「いいえ、これが私が招集された理由ですから」


 そう言って微笑む彼女。

 馬車内で聞きましたが、彼女が診療所を人に任せ、私達と共に来たのは、こうした方面で私のサポートをするため……要するに、主治医代わりらしいです。




 ちなみに選定官とは、この国における次期国王を決める際、王位継承権を有する王族から選出される候補の推薦権と、投票権を持つ方々です。

 そのため、実はこの国では「王位継承権」を持つ王族は居ても、そこに「第何位」というものは存在していません。全てが(建前上はですが)平等に扱われます。


 以前は選定侯と呼ばれ、三つの侯爵家と、それに準ずる権限を持つ三つの辺境伯家の一族、それと女神アイレインを信仰する教団からそれぞれ代表で一人ずつの、合計七名が専任されていたそうですが、現在ではその範囲を広げ、民間(その殆どは都市部の長の事が多い)から数人と、騎士団の長、文官の長、継承権を持たない王族の遠縁からも一人が任命されているのだそうです。




 その選定官の中の一人、王族の遠縁枠であるアイニさんが、検査の結果私の魔力パターン……個人ごとに異なるらしい、体内魔力の波長と性質……が残っていた記録と一致したことを認め、もう一人、レオンハルト様がそれを確認された事で、私は正式に王室に復帰し、王位継承権を付される事になります。


 ……これが、果たして良かったのか悪かったのか。

 複雑な気分ですが、少なくとも、偽物が王族の名を騙ったと処断される事は無くなったと見て良いのでしょう。


「……どうかなさいましたか?」


 二人が事務的な会話を続ける中、すっかり黙り込んでしまった私に気が付いたレオンハルト様がそう声を掛けてきました。


「……え? あ、いえ……少し、考え事を。風に当たって来たいのですが、よろしいでしょうか?」

「それでは、部屋を出て右手の階段を上った先にあるバルコニーへ出るとよいでしょう。今日はよく晴れていて、風も穏やかです。丁度良い温かさですよ」

「ありがとうございます……少し、行ってきますね」


 護衛をするため動き出そうとしたレオンハルト様を、大丈夫と視線で制し、部屋を後にしました。






 階段への道は……まるでこの体が覚えているかのように迷いなく足が動き、すぐに到達しました。


「……イリス? もう検査は終わったのかい?」


 いざ、階段を登ろうとしたその瞬間、反対側の廊下から慣れ親しんだ声がかかりました。


「あ、兄様も検査は終わったみたいですね」

「ああ、何事も問題なく、『ソールクエス殿下』であることが証明されたそうだ」


 やれやれ、と嘆息する兄様。

 そんな兄様も目的地は同じらしく、自然に差し出されたその手を取り、エスコートされながら階段を上り始めます。


「これで、お互い王位継承権所持者、正真正銘の王子様、お姫様だそうだ……はは、参ったね……今までも殿下殿下と言われて少しは慣れてきたつもりだったけれど……」

「とうとう、本当になってしまったんですよね」


 どうにか、苦笑の形を作る。

 階段を上った先の廊下を、のんびりと二人で歩く。この階は、物見台と、山肌に併設されたこのローランディア城の屋上、ルーフバルコニーがあるだけなので、とても静かです。


 ……何故か、そのことを知っています。隣の兄様も同様らしく、その歩みには迷いがありません。


「バルコニーはここか。ほら、段差があるから足元には気を付けて」


 外へと続く出入り口から先に外に出た兄様が、ひょいと私の手を取って、外……良い風の吹いているバルコニーへと引っ張り上げてくれました。


「わぁ……」

「凄い景色だな……」


 外に出ると、そこに広がっていたのは屋上に設けられた空中庭園。そして……山の麓、斜面を利用して建てられたこのローランディア城は高い場所にあり、ここから街の様子を一望できます。

 そのため、このバルコニーからは街を全て見渡すことができ、人の営みと、街を囲む大河。そしてそこより更に外に広がる穀倉地帯の生み出す絶景が広がっていました。


 小走りに柵まで駆け寄ると、手摺を掴んでその光景を覗き込む。

 丁度、街では住人がお茶を楽しんでいるであろう今の時間。初夏の日差しはさほどきつくも無く穏やかに体を温め、静かに吹いて優しく髪を揺らす風がとても心地良い。この風景も相まって、気持ちの良い時間が流れていきます。


 だけど……その穏やかなはずの光景が、何故か私の心を騒めかせる。それは兄様も同じようで、どこか遠い眼をしてこの光景を眺めていました。


 今、何よりも私達を戸惑わせるのは……


「なぜでしょうか、この景色を懐かしく感じるのは……」

「そうだな……」


 ――そう、何よりも私達を戸惑わせるのは……私達にとっては異世界であるはずの、そして初めて立った場所であるはずのこの場所を……まるで以前にも知っていたように、なぜかひどく懐かしいと思ってしまうこの心でした――……








【後書き】

 一体何があったのかはご想像にお任せします……

 制度については、参考にしているものはありますが、独自のものになりますので注。

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