第八話「夜の勉強会」


 夜が更けた。

 俺はローラと城内の長い廊下を歩いていた。

 ゆらゆらと揺れる光る小さな球が先頭を行く。

 ローラが発動した魔術だ。

 俺たちの周囲は淡い光に照らされている。


 夕食前にローラに図書館の存在を尋ねた。

 

「城内に図書館はないですが……、魔術関連の資料でよろしければ書庫がございます。

 閲覧なさるのでしたら許可を頂いてきますが?」


 俺は是非にとお願いした。

 お風呂からあがると許可を貰ったとローラが教えてくれた。

 仕事が早い。

 アニエスが部屋に戻ってから、一緒に書庫へ向かうことになった。


「魔術関連の資料っていうのは具体的にどういうものなのですか?」

「そうですね――」


 王国内には国家魔術師と呼ばれる人が存在する。

 その名の通り国家に属する魔術師だ。

 国家魔術師に認定されれば国から給金が支払われる。

 さらにその中でも二つの区分がある。

 軍務に服する魔術師。

 これは騎士と同じ役割だ。

 そして研究をメインとする魔術師。

 魔術師の多くは後者だ。

 お金が貰えるのに命の危険がある軍人を希望する者は少ない。

 ただ、そうなると国家魔術師に認定されると研究もせずにお金だけを浪費する魔術師がでてくる。

 それを防ぐために、軍属でない魔術師には三年に一度研究の成果を国に提出する義務が課されており、研究成果が評価されなければその時点で認定は取り消される。

 その研究成果をまとめた論文が書庫には保管されているというわけだ。


「王立学校の論文や国家魔術師希望者の論文とかも保管されていますよ」


 廊下の突き当り、大きな扉の前に辿り着いた。

 ローラは鍵を取り出し解錠する。


「年ごとに本棚は整理されています」


 最新のはこのあたりですかね、と一角に案内される。


「他の本棚に比べてすかすかなような……」

 

 途中に見えた棚はぎっしりと詰まっているように見えたが。


「先の災厄で国家魔術師には強制的に兵役を課したのですが……ここ二年は研究成果を出さずにそのまま辞めていくものが後を絶ちませんでした」

 

 なるほど。

 命は惜しいもんな。

 気を取り直して本棚を見てみると、紙が無造作に束にされたものもあれば装丁されて本になっているものもある。

 目についた装丁が立派な本を手に取る。

 特にスキルは習得されなかった。

 中身を見てみる。


「それは宮廷魔術師、サザーランド公爵の論文ですね」

 

 パラパラと目を通す。

 内容は精霊の召喚について、理論と予想が書かれていた。

 

「魔術の論文って、完成した魔術じゃなくてもいいのか?」

「ええ、ちゃんと研究していることが証明できれば未完成でも評価されます」


 既存の魔術を少し改変しただけの手抜き魔術を提出する者も多いらしい。

 ……それでも、魔術師は数の母数が少ないため国家認定の取り消しは滅多に起きないとのこと。

 資料をいくつか手に取っていると、習得した魔術もあった。

 ただ内容が微妙すぎて死蔵行きだ。

 ちょっと究極の魔術みたいなのを期待してだけに残念だ。


「アリス様が希望するような多種多様な魔術書は王立図書館にたくさんあるでしょうね」

「王立図書館! それは行ってみたい」

「……ただ、王立図書館は王立学校の敷地内にあり一般には開放されていないのですよ」


 ガエルの王子様権限でどうにかならないかな?

 衣食住世話になっていてこれ以上頼むのもよくないかと考え、今は見れるものを見ておくことにした。


 スキルとして何も習得されない内容には未完成の魔術以外にも、魔法陣を描くことによって発動する魔術という内容があった。

 数も多い。


「魔法陣を使用した生成に関する内容は最も論文の数が多いですね」


 既存の魔術を少し改変の典型例らしい。

 例えば土属性の魔術をつかった生成の際に、すでにある魔法陣に金属の配合比をいじった内容を記載すれば終わりらしい。

 簡単である。

 簡単な割に、一般的な需要も高い。

 結果論文の数も多いというわけだ。


 内容は確かにどれも似たりよったりだが、書かれている基本の魔法陣には少し興味が湧いた。

 

 スキルとして習得できなくても、魔法陣で描けば魔術は発動するのだろうか?


「魔法陣を使って魔術を発動するには、ここに描いてあるものを描けば発動するのですか?」


 資料の魔法陣の全体図が描かれているページを見せながら、ローラに尋ねる。


「そうです。描く際は触媒が必要になりますが」


 適当にインクで描いても魔法陣として効果は発揮されないらしい。

 効果を発揮するには魔法陣に描かれている模様に魔力を通す必要があり、その魔力を通すために魔法陣は触媒で描かれる。

 一番身近な触媒は自身の血であると。

 

「魔力を通すのが簡単なのですが、魔力が通りやすく魔法陣と発動者の体が繋がってしまう危険があったり、大きな魔法陣を描くには血がいくらあっても足りないので一般的には使われてませんが」


 よく使われる触媒であげられるのは銀と水銀である。


「血よりは劣るのですが、この二つも魔力が通りやすく触媒としてよく使われます。ただ……高価という点が欠点ですね」


 そして最後に、最も普及している人工触媒。

 人工触媒は土魔術によって生成される。

 魔法陣を扱う魔術師が最初に覚えるべき魔術がこの人工触媒を生成するものであるらしい。

 もちろん俺はスキルとして習得していない。


「そうですね、興味があるのでしたら、今度教えて差し上げますよ」

「おお!ローラさんさすが!」

 

 本当に頼もしい。

 それにしても、この世界のメイドってのは知識が豊富でないとなれないのだろうか?

 俺はローラが中々の高レベルであることを知っている。


「……ローラさんって本当は何者なの?」


 うっかり言葉が漏れる。


「ふふふ、秘密です」


 悪戯っぽく笑う。

 

「アリス様、夜も遅いので今日はこの辺りにしましょう。

 先ほどの件は、後日準備ができましたらまた改めて」

「そうだな、今日はこの辺にしておこう」


 手にしていた資料を閉じ、本棚にしまう。

 部屋に戻るまでの間もローラに色々質問した。

 本当に頼れるメイドさんである。

 部屋に戻り、布団に籠ると心地よい眠気に襲われた。


 アリスとしての初めての一日は終わった。

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