第三十二話「マリヤの策」
俺はマリヤに新しい複合魔術を教えることにした。
収納ボックスから該当する魔術書を取り出し、パラパラと捲り内容を確認する。
そもそも俺は他の者と魔術の習得方法が異なるため教えるのには難儀すると考えていたが、今のところ順調である。
マリヤが魔術に適性があったのと独学が得意であったことが幸いした。
驚くことにマリヤは孤児院にたまに顔を出す治癒術師の者に基礎だけ学び、あとは独学で学んだそうだ。
治癒術を独学で習得した経験もあり、俺が王立学校で使っている基礎魔術の教科書を渡すと瞬く間に魔術を使えるようになった。
その後、魔術の習得はまず俺が実際に見せる、魔術書を渡す、あとは練習あるのみといった形式で行われた。
あとは基礎魔力を鍛える。
魔力が空になるまで魔術を行使させ、一日の特訓は終わりである。
今日もマリヤに最後まで魔力を絞り出させて日課は終了した。
魔力切れの倦怠感で、マリヤは地面に突っ伏していた。
「もう、今日は空だよ……」
「お疲れ様です」
複合魔術はやはり魔力の消費が早い。今日はいつもより早くマリヤの魔力が底をついた。
「ちょっとすぐには動けないかも。アリスちゃん今日は先に入っちゃって」
「わかりました。ではお先に」
返事をすると、未だ地面に突っ伏しているマリヤを横目に水辺に移動する。
特訓後、水辺で汗を流すのも日課となっていた。
迷宮内は適度な温度が保たれているが、魔物と戦闘や特訓を行うとどうしても汗ばむ。
「浄化」の魔術を使えば清潔感は保たれるが、せっかく水辺があるのだ。
服を脱ぐ。
脱いだ服はたたみ、ほとりに置いておく。
右足から水に足を入れる。
ひんやりとした冷たい感触が伝わってきた。
そのまま一歩、二歩と進んでいき腰のあたりまでつかる位置に辿り着くと顔まで潜る。
「ぷはぁ」
水中に暫く潜り、息が続かなくなったところで顔を出す。
そのまま水に身体を任せ仰向けになる。
頭上には摩訶不思議な光景、天井に木々が生い茂っている。
ぼんやりと眺めながら俺は今後のことを考える。
まず、何より考えるべきは地上に戻る方法。
無事に戻るためには魔物の群れを突破しながら地上へと繋がる道を探索しなければならない。
ここ数日木陰から大分探索範囲を広げているが、休息するために魔物が入ってこない安全が確保される木陰のような場所は他に見つかっていない。
(たぶん、ここが特殊なだけで同じような場所はないと考えたほうがいいだろう)
地上に帰るまで休息なしで突破、もちろん不可能だ。
レベルがカンストしてるとはいえ、疲労を感じないわけではない。
それに呪いのせいで今の身体は魔術の連続行使に不安がある。
休息は必要。
二人しかいないため、休息する際に安全確保、交替で睡眠をとることになるだろう。
それらを考慮すると探索に費やせる時間は非常に限られてしまう。
(助けを待つのも現実的じゃないよな……)
ゲルト達が捜索を行っている可能性もあるが、今いる周辺の魔物はどれも難敵だ。
俺はAランクチーム 一チームではこの場所までたどり着くのは不可能であろうと結論付けていた。
(複数のAランクチームが迷宮の探索に入ってきて、この場所に到達するのはいつになることやら。
そもそもたどり着けるのか?
やっぱり、自力で脱出することを考えないと駄目だよな)
潤沢に食料があるとはいえ有限である。
それにずっと迷宮内で暮らしたくはない。
(今はマリヤに一日でも早く、一人前の魔術師になってもらうしかないか……)
そこまで考えた時、突然水中から何者かに抱き着かれる。
「ひゃッ!」
変な声が思わず口から漏れる。
何者かではない。
ここには俺以外、マリヤしかいない。
「ふふふ、お姉さんはこの時を待っていたのだよ」
「や、やめ」
水中を潜り、背後に忍び寄ったマリヤは後ろから抱き着き俺を離さない。
マリヤも当然裸であり、密着状態であるため俺の背中には胸があたっている。
「ついさっきまで魔力切れでダウンしてたのでは!?」
「私はここ数日、ずっと考えていたことがあるの」
「な、何を」
「アリスちゃんってば、私と一緒に水浴びするのを嫌がるじゃない?」
「信じてくれないけど、俺は元男だから! 後悔するのはマリヤだぞ!」
「あはは、相変わらずアリスちゃんは恥ずかしがり屋さんだね~」
「本当だから!」
「そんな恥ずかしがり屋のアリスちゃんの隙をつくため、私が動けないと油断させ、こうやって裸の付き合い作戦を決行したわけです」
得意満面の笑みでマリヤは告げるのであった。
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