第三十三話「決意再び」


 木陰でせっかく水辺があり、水浴びを提案したのはマリヤであった。

 一年間のほとんどを浄化魔術でやりくりしていた俺には水浴びをするという発想が抜け落ちていた。

 確か水浴び提案した時も、マリヤは俺と一緒に水浴びをしようと誘ってきた憶えがある。

 その時は、収納ボックスの中身を整理したいからといった理由で断った。

 次の日からはマリヤの魔術特訓が始まったこともあり、汗だくになったマリヤに優先して水浴びをしてもらっていた。

 当然、俺はマリヤが水浴びをしている間水辺には近づかないようにしていたわけだ。

 毎日控えめにマリヤは「アリスちゃん、一緒に行こう?」と誘ってくれてはいたがあの手この手で断っていた。

 ……アニエスみたいに積極的に来られると断りにくく、なりゆきで一緒にお風呂に入っているといった例はあるが自ら望んで入っているわけでは断じてない。

 なんとなくの気恥ずかしさと元男であるという罪悪感により、俺は断っていたのである。

 しかし、今日はマリヤの言う通り油断していた。

 マリヤは動けないと単純に判断し、気をきかせて先に水浴びをするよう促され、違和感なく俺は先に水浴びをしていたわけだ。

 

「別に裸の付き合いは構いませんけど、私がほんとーに男だってことを知っても怒らないでくださいよ!」

「はいはい」


 マリヤは笑顔で、顔を真っ赤にしながら訴える俺の言葉を受け流す。


「はぁ……」


 俺も開き直り、振り返りマリヤの裸をまじまじと観察することにした。


(男のままだったら一生目にすることもなかった光景だろうな。眼福眼福)


 抱き着かれた時は恥ずかしさが上回っていたが、改めて見ると息を呑むような美しい肢体であった。

 天井から降り注ぐ淡い光を反射する薄い青髪。

 俺の肌も白いが、マリヤの肌はエルフの血によるものか淡い雪のような白さ。

 濡れた髪が乳房を伝い、控え目ではあるが女性らしい流線型の形を強調していた。

 視線を下におとすとほっそりとした腰が目に入る。

 不思議なことにマリヤの裸は色欲よりも、絵画の裸を見ているような気持ちにさせるものであった。

 次に自分の身体に視線を向けた。

 胸を触る。

 まだ女性的な膨らみは見られない見事な平野。


(大きくなったら動きにくそうだよな……。背は高くなってほしいけど胸はほどほどの成長でいいかな)


 未来を想像し、俺は渋面をつくる。 

 

「心配しなくてもそのうち大きくなるわよ。成長期なんだし」

「べつに大きくなってほしいわけでは……」


 俺が渋面を作った理由をマリヤに勘違いされたみたいだ。


「私も長耳エルフ族の血が入っててまだまだ成長期だから、これからに期待!」


 マリヤは自分の胸を揉みしだきながら告げる。

 その様子を俺はじっと見つめていたが、慌てて目を逸らす。

 俺は再び体を水面に半身を沈め、座り込む。


「そ、そういえば長耳族って何歳くらいまでは成長期なんですか?」

「うーん、私も本で読んだ知識しか知らないけど五十くらいまでは緩やかに成長するみたいよ」

「長い成長期ですね」

「長すぎるよ。年下の子にもどんどん身長は追い抜かれて、体つきはいつまでたっても子供じみたままだし」


 口を尖らせながらマリヤは不満を述べる。


「周りにマリヤと同じ長耳族はいなかったんですか?」

「いないね。冒険者になってあちこち旅するようになって、初めて同族にあったくらいだよ」


 俺が知っていた唯一の長耳族であるラフィのことを思い返してみる。

 正確な年齢については頑なに口を閉ざしていたが、確かすでに五十になるとかならないとか。

 ラフィの口癖も「成長期」であった。

 深く考えず、長耳族は人と違って成長に時間がかかるくらいの認識でとらえていたが。


(マリヤはまだ二十代だよね?)


 マリヤもまだ十代半ばくらいの出で立ちに見えるが、ラフィは今の俺とそう変わらない見た目であった。


(ラフィ、強く生きろよ……)


 俺が懐かしい仲間のことを思っていると、突然ほっぺに温かい感覚――マリヤに舌で舐められた。

  

「ひゃッ!な、なな、なにを」


 俺は驚き、水面から跳ね上がる。

 舐められたほっぺを押さえながら。


「いや、アリスちゃんが本当に人族なのかなーって。

 私より小さいのに魔術も剣術の腕前もすごいから、以前否定したけどもしかしたら私の同族かもしれないと思い味見」

「……味でわかるんですか?」

「あはは、わかるわけないじゃん、ジョークよ」

「マリヤ……?」


 ジト目でマリヤを睨む。

 

「ごめんごめん、アリスちゃんの反応が可愛いからつい」

「からかわないでくださいよ!」


 俺は頬を膨らませ抗議する。


「でも、今私楽しい。変かもしれないけど。

 うんうん、楽しいと思えるのはアリスちゃんのおかげ。

 ……早く地上に戻らないとね」

「そうですね。マリヤのこと、きっとゲルト達は必死に助けようとしてる」

「そうね。アリスちゃんも早く帰らないと、心配してる人がいるでしょう?」

「私は別に……」


 と言いかけて、アニエスに謝ろうと思ったまま、謝れてないことに気付き俺の顔は真っ青になる。

 よくよく考えると一言も告げないまま、迷宮まで来て何日も寮に帰っていないことになる。


(心配してる……、いや怒ってる? うわああああ、どうしよう)


「アリスちゃん?」


 再び黙り込み、うつむいた俺の顔をマリヤが覗き込む。


「私も早く帰らないと、心配してる人がいます」

「うん。一日でも早く地上に戻ろう」


 俺は改めて早く地上に戻ろうと決意するのであった。

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