第三十四話「青」


 誰かに呼ばれる声がする。


 俺は閉じていた目をゆっくり開く。

 木陰の枝が地面に達している場所の一角を寝床としている。

 隣ではブランケットに包まり、マリヤが熟睡していた。

 気のせいかと思いながらも耳を傾ける。


『こっち』


 ヘルプとは異なるはっきりとした声。

 ただ、俺にしか聞こえてないのかマリヤは一向に起きる気配はない。

 冒険者として長く生活しているマリヤは寝ていても、物音がすれば気付くはずであるが。

 声は繰り返される。

 気のせいではない、確信すると包まっていたブランケットからマリヤを起こさないように注意しながら抜け出した。

 収納ボックスから剣を取り出し腰に吊るす。

 

「誰だ?」


 問いかけるが返事は返ってこない。

 繰り返し、俺を誘うよう機械のように繰り返される。


(ヘルプ、何か反応はあるか?)

『ありません』

(この声はヘルプにも聞こえてる?)

『はい。恐らくこれは念話の一種です。

 マスターを対象にしているため、私にも聞こえてるものと推測します』

(一方通行の念話だがな)


 声はある方向から聞こえてきた。

 警戒しながら声のする方向へと向かう。

 辿り着いた先は水浴びでも訪れた水辺。

 人影があった。

 即座に剣を構える。

 後ろ姿がどことなく見覚えがある。

 疑問を抱きながら俺は声が届く位置で再び問いかける。


「誰だ?」

『ああ、やっと会えた』


 人影は振り返る。

 姿はマリヤであった。

 本物のマリヤは寝床で寝ているはずであり、よく見ると輪郭がぼんやりと、何より透けていた。

 生き物であらず。

 マリヤに化けている理由は不明。

 

「人ではないな。

 俺に用があるみたいだが正体を聞こうか?」

『そうだね。先に言うべきか』


 マリヤに似つかわしくない口角を吊り上げ、正体をあかす。


『僕は地下に封じられし七体が竜のうちの一体、あおだったものと名乗っておこう』


 心臓が跳ね上がる。

 竜。

 迷宮を彷徨っていればいずれ相見えることもあるだろうとは思っていた存在。

 木陰を完全に安全地帯と思っていた、まさかここで会うとは。

 ただ目の前の「青」を名乗る竜は気になることを言った。


「青だったもの?」


 過去形だった。

 つまり目の前の存在は今は違う存在ということか?

 俺の疑問に青は首肯する。


『そう、青だったもの。過去の話さ。

 今の僕はそうだね、肉体をもたない曖昧な存在。

 アリスの近くにいた子の姿を借りて定義しないと、実体化もままならない消えるだけの存在さ』

「名乗った憶えはないが……」

『迷宮に入ってからアリスのことはずっと見ていたからね』

「ストーカーかよ」

『僕たち竜は強い者に惹かれる存在だからね。

 そうあれと創られたのだから当然だけど。

 風の噂ではあかに戦いを挑まれて勝利したとも聞いてたよ』

「赤?」

『アリスが地上で放し飼いにしている竜のことだよ』


 学校の広場で昼寝をしている竜の姿を思い出す。


(竜には名前がないって言ってたけど、あいつ赤って名前があったのか)

『竜に名前がないという知識は正しい。

 僕たちが勝手に決めただけだからね』

「……思考が読めるのか?」

『少し違うかな。僕は今、アリスの中に宿っている精霊に近い存在であり、思考を感じることができる』

「よく分からないけど、そういう存在ということで納得する。

 話は戻すけど、名前はどうやって決めたんだ?」

『色だよ。そのまんま』

「色?」


 俺は赤の姿からどこも赤色を連想できない。

 赤を色で表すなら鈍色であった。

 その思考を読んだのか、青が愉快そうに笑う。


『本当の鱗は赤色なんだよ。

 彼は地下から這い出ようと、モグラのようにずっと穴を掘ってたせいで全身土まみれ。

 今度泥を洗い流してあげるといい』


 衝撃の事実である。


「じゃあ、青も本体? 本体は青色の鱗をまとっている姿っていう認識でいいのか?」

『うん、その認識でいい。

 僕のは鱗というより羽に近いけどね』

「で、その本体はどこにいるんだ?」


 青はにっこりと笑う。


『察しが良くて助かるよ。

 僕がアリスと会って話したかったのはそのことなんだ』

「嫌な予感しかしないんだが……」

『アリスにもメリットがある話だよ。

 もし僕の話に協力してくれるなら、地上へ繋がる道を教えよう』

「道がわかるのか?」

『わかるもなにも、ここの道を創造したのは僕たち竜だからね』

「―――っ!」

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