第三十五話「肉体」


『道というより、アリス達が迷宮と呼んでいるこの場所は僕たちが創ったものだ』


 俺はてっきり、神様が地下迷宮のあった場所に竜を閉じ込めたものと思っていた。


「竜がこの迷宮を創ったということか?」

『そう、暇つぶしにね』


 スケールの大きな暇つぶしである。


「何でまた?」

『僕たちも別に迷宮を創りたいわけではなかったさ。

 純粋にこの地下から逃れようと知恵を絞った結果、上に向かって穴を掘るという原始的な手法にでただけ。

 ……その原始的な手法を延々とやる馬鹿が身内にいるとは思わなかったけど』


 赤の評価は竜の身内では辛辣であるみたいだ。

 青の話を聞きながら疑問に思うことがあった。

 穴を掘り、それが迷宮の道となっているのであればあまりにも小さい。

 青の本体の大きさは分からないが、赤の大きさと同程度であると考えるのであれば道の幅は非常に大きなものとなるはずである。

 しかし、ここ数日探索した迷宮の道はほとんどが二~三メートル程の高さしかない。

 俺は青の続きに耳を傾ける。


『ただ神が張った結界は強力でね。

 地表に近づけば近づくほど強固となり、僕たちはまともに活動できなくなる。

 そこで新たな方法を考えた。

 竜でない存在であれば結界を抜けられるのではとね。

 僕たちは迷宮内に魔物を生み出した』

「魔物ってそんな簡単に生み出せるのか!?」


 驚き、青に問う。


『これでも僕たち竜は神に近い存在だ。

 魔力の純然たる存在である魔物を生み出すなど造作もない。

 そうして僕たちは魔物を使役して穴を掘らせ抜け道を探したわけだ』

「で、結局出れなかったと」


 青は肩をすくめ、俺の言葉に首肯する。


『その通りだ。

 魔物に道を掘らすのも意味がないとわかって、用済みの魔物はそのまんま。

 興味ないしね。

 結局、色々模索したけどアリスが結界を破壊して僕たちの長年の悲願は叶えられたわけだけど』

「ちょっと待って」


 青の言葉を遮る。


「今、長年の悲願は叶えられたっていったけど。

 赤以外の竜も地上に出たってこと?」

『僕以外は皆喜んで出ていったよ。

 赤と違って、みんな慎重に、静かに、各々の手段を講じてね』


 どうやら残りの竜は与り知らぬところで王都地下からはいなくなっていたようだ。


(神様からは別に外に出すなと言われたわけでもないし。

 被害もないみたいだから別に問題はないか……)


 俺からすれば、これから残りの竜との総当たり戦です!みたいな事態は遠慮したいので、近くにいなくなったのは寧ろ喜ばしい。

 

「で、何で青はまだ迷宮に残ってるの?」

『うん、そうだね。

 ここからが本題だ。

 僕たち竜は皆それぞれ地上に出る方法を模索していた』

「さっき言ってたな」

『僕が考えたのは、精神と肉体を切り離して、精神だけなら外に出れるのではという考えだ』

「精神と肉体を切り離す? よくそんなこと思いつくな……」

『身近に近い存在がいたからね』

「近い存在?」

『精霊さ』


 青の答えに俺はなるほどと得心する。

 俺の目では精霊を見ることはできないが、確かに存在し、意思を持つであろう存在。

 身の内に宿すヘルプもそうだ。


「その結果が俺の目の前にいる、マリヤの姿をした存在ってことか?」

『そういうこと。

 でも精神だけの存在というのは失敗だった。

 こうしてアリスの目の前に姿を現すためには、アリスが認識できる存在に形を固定しないといけないし。

 それに精霊と違い、今の僕は魔力がない場所では存在できない。

 僕たちが閉じ込められ変質した迷宮内では魔力に困ることはないけど、外に出たら僕という存在は霧散する。

 大失敗さ』


 青は溜息をつく。


「精神は目の前に、肉体は迷宮のどこかにある?」

『で、アリスにお願いしたいことはその肉体について』

「肉体を連れてきて、元の状態に戻りたいってことか?」

『理想はそうだけど、違う』


 では何を俺に協力してほしいのか。

 

『僕の肉体を倒してほしいんだ』


 青より発せられた言葉に再び疑問を抱く。

 精神を失った肉体。

 俺が想像するのは反応もないただの抜け殻。

 青は倒してほしいと言った。

 肉体を処理してほしいではなく、倒してほしいと。


「……精神を失った肉体ってのはどういう状態になるんだ?」

『本能だけが残った』 

「本能?」

『強い者を求めてただ迷宮を彷徨う。

 それが今の僕の肉体だ』

「別に倒さなくても、放置してちゃ駄目なのか?」

『駄目だね』


 青は即座に否定し、理由を続ける。


『僕の肉体も今はまだ迷宮内にとどまっているけど、いつかは地上に辿り着く。

 それが何を意味するかわかるだろう?』


 精神を失いただ戦いを挑む存在。

 そんなのが王都に放たれたら被害は測り知れない。

 ぞっとする光景だ。

 

『今は僕が迷宮内の道を魔力でいじっているから、地上に今すぐ放たれる心配はない。

 ただ、アリス達人間が迷宮内にどんどん足を踏み入れてる。

 ……僕の肉体に遭遇すると悲惨な結果になるだろうね』

「俺しか対抗できないか……」

『そういうこと。

 手加減の必要はないよ。

 自業自得だから肉体に未練もない。容赦なくやっちゃって』


 聞かなければ放置でもいいのだが、知ってて悲劇が生まれるのは寝覚めが悪い。

 それに地上に戻るために何か対価を要求されるのは仕方ない、ここは諦めて青の条件を呑むことにしようと考えた。


「待て。道を魔力でいじれるっていったな?」

『言ったっけ?』


 青がとぼける。

 俺は確信した。


「妙な話なんだけどな。

 マリヤが落下した場所、俺が通った時は何ともなかったはずなんだ。

 偶然、俺達が通っていた道が崩落したりするのか?」

『迷宮も長い年月が経ってるからね。

 老朽化してる場所もあるんじゃないかな?』

「この場所もよくよく観察すると、他の場所に比べて魔力が強く残留してる。

 ここって元は青が居た場所なんじゃないか?」

『鋭いね。確かに僕はこの場所が気に入り、ここに長く居た』

「そんな場所の近くまで、偶然、地上にかなーり近い場所からの直通の穴が開いてるなんて考えられるか?」

『……あはは、すごい偶然だ。

 いやー、僕にも幸運が巡ってきたみたいだ』

「……」

『……』


 暫く青をじとっと見つめる。

 精神体のはずの青の首筋に汗が張り付いているように見えた。


「元は全部お前のせいじゃないか!!!!」


 俺は絶叫した。

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