第三十五話「後方の戦い②」

「おめめがひとーつ、ふたーつ」


 新たに現れた赤い目の数をミーシャが声に出し数えていたが、乾いた笑いを上げ、途中で数えるのを止めた。


「うん、数えるだけ無駄。

 たくさん。どうするサーシャ姉?」

「あちらさんは一度撤退みたいだけど」


 あちらさんとは、華月騎士団の魔術師二人。

 新たな増援が見えるや否やすでに後退していた。

 サーシャたちの仲間であるベルンハルトも、こちらへと必死の形相で戻ってきているのが見える。

 魔術師は一体の攻撃を二人で交替しながら凌ぐのがやっと。

 攻撃を防ぐ盾は、隊商全体を見渡してもベルンハルトしかいない。

 一体ずつであれば、まだ勝機はあるが、複数相手となれば厳しいのは明らか。

 先程の戦闘を見る限り、魔術師の攻撃は有効打になりえてはいたが、この数を一気に殲滅するのはさすがに厳しいだろう。

 となると、ここは一度撤退し、態勢を立て直した方がいい。


「とはいっても……」


 白い霧からどこからともなく現れる魔物。

 今見えている魔物で全てとは考えない方がいいだろう。

 それに撤退するとは言っても、守るべき隊商までの距離はそんなにない。

 サーシャは思考を巡らす。


(こちらにはラフィ様という英雄がいる。でも……)


 数百の敵を一度の詠唱で飲み込むと謳われる勇者メンバー最強の魔術師でもある英雄の一人。

 しかし、吟遊詩人が吟ずる歌には誇張が含まれていることなど百も承知。

 歌が事実だとしても、そもそもが詠唱の時間を稼ぐ役目を引き受ける者は絶対に必要なのだ。

 ベルンハルト一人では到底支えきれない。

 目下、視界ではベルンハルトに向かっている白い魔物が見える。


「ええい、出し惜しんでる場合じゃないか!」


 サーシャは鞄から一枚の紙を取り出す。

 青白いインクで複雑な紋様が描かれた紙。

 これは武器や防具に一定時間だけ精霊の加護を付与できる付与エンチャント符とよばれるアイテムだ。


「……サーシャ姉、使うの?」

「どうせ鞄の肥やしになっていたんだからいいの!」


 問題を挙げるとすれば、これ一枚で一週間分の食費がとぶという点だ。

 そして、サーシャの職は弓術士であり、付与する対象は矢となる。

 前衛職、例えば剣士であれば剣に使用すれば一定時間精霊の加護付きの剣を振るうことができるが、サーシャの場合は矢を射るごとに一枚使用しなければならない。

 お金がいくらあっても足りなくなる。

 コストパフォーマンス最低の品だ。

 そもそも護衛任務を生業としている冒険者には必要のないアイテム。

 本来は迷宮などに潜る冒険者が持ち歩く品。

 何故、サーシャがそのようなアイテムを持っているかというと、単なる見栄であった。

 基本、付与符を携帯している冒険者は上級の、しかも花形といわれる迷宮探索を生業としている冒険者と見られるためだ。

 Bランクに昇格した際に、王都に構える露店商の上手い口車にのせられ購入したという経緯もあるが……。

 結局、使用する機会はなく、これまで鞄に死蔵されていた。

 サーシャは紙に矢を突き立てる。

 付き抜かれた紙は燃えるように、ポッと青白く発光すると消え去る。


「これで紛い物だったら、あの露店の奴、探し出してとっちめてやるんだから!」


 矢に精霊の加護が本当に付与されたか、若干の不安を抱えながら、サーシャは矢を射る姿勢に入る。


「――ッ!」


 ベルンハルトに迫ろうとしていた、最も近い白い魔物に向かって射る。

 爛々と輝く赤い目に矢が吸い込まれ、命中。

 高い買い物は詐欺ではなく、確かに効力を発揮したようで、白い魔物は霞のように消え去る。


「さよなら一週間分の食費……」


 若干哀愁を漂わせながらサーシャは呟く。


「というかミーシャも買ってたでしょう」

「まあね。

 ……サーシャ姉の言う通り、どうせ使う機会もないから出し惜しみしてる場合じゃないか」


 ミーシャも鞄から同じように紙を取り出す。

 有効となりうる攻撃手段を確立できたとはいえ、付与符は二人合わせて二十枚ほどしかなく、無駄に射ることはできない。

 ベルンハルトに迫りつつある白い魔物だけを的確に処理していく。


「うおおおおおおお、双子ナイス! どんどん矢を射かけてくれ!」


 ようやくドドドドっと鬼気迫る表情で逃げてきたベルンハルトが合流し、置いていた馬にまたがる。


「ハルト、あとで付与符の代金よろしくね」

「なんかわからんがわかった! 

 取り敢えず、ここで戦うのは厳しい。後退だ!」


 双子はベルンハルトの言葉に頷き、後退することにする。

 後退した先には、すでに華月騎士団の面々が態勢を立て直し、待っていた。

 リーダーであるクララも負傷から回復したようで、ベルンハルトたちを迎え入れる。


「すまない、不意をつかれてしまった」

「謝罪はあとで。で、この状況どうします?」


 このような状況であるにもかかわらず、ベルンハルトは相変わらず他人用の口調でクララと会話する。


「未知の魔物と遭遇した時は情報を持ち帰るのを最優先にする。

 つまり逃げるのが冒険者にとっては最も正しい選択ではあるが、この霧では不意をつかれ、被害を悪戯に拡大させる可能性が高い。

 となると、守る場所を集中させ防戦に徹するしかなかろう。

 運のいいことに、こちらにはラフィ様という戦力がいる。

 魔術を詠唱する時間さえ稼げれば勝機はあるはずだ。

 私はあの白い魔物に対する攻撃手段は有していないが、攻撃を避け、囮になることくらいはできる」

「……それしかないですか」

「こうなっては荷物よりここを凌ぐことが最優先だ。

 私から荷馬車をバリケードにして戦うことを提案し、前へと伝令も行かせた。

 テオドール氏なら私の意見に賛同してくれるだろう」


 最後尾の荷馬車を担当する商人も、クララの意見に異を唱えず、すでに道を塞ぐように荷馬車を横へと移動させ終えていた。


「幸い、やつらは群れる魔物のような連携をとる厄介さも、物理攻撃が効かないとはいえ、強靭な魔術に対する耐性を持っているわけではない。

 うまいこと各個誘導していけば、ラフィ様の手を借りずとも、私達の魔術師でも十分処理できるはずだ。

 私が最前線で敵を惹きつけるのでので、そちらは潜り抜けてきた魔物を頼む」

「わかりました」

「行くぞ」


 短い会話を終え、クララは戦斧を担ぎ、前方へと駆けだす。


「勇ましいことで……」


 双子にしか聞こえな声でボヤキながらも、ベルンハルトも再び馬を降り、駆け出す。


「ミーシャ、あと何枚残ってる?」

「三枚」

「私は四枚。これは最終手段として温存するしかなさそうね」 


 これ以上、白い魔物が増えませんようにと祈りながらサーシャたちは戦況を見守る。

 白い魔物の動きは単純で、比較的近くの人を襲う傾向にあるようだ。

 接近するクララに気付くと、赤い目はクララの方を向く。

 護衛任務が主であるはずだが、流石はAランクの冒険者。

 戦斧を巧みに操り、複雑な立体機動を駆使しながら、攻撃をかいくぐる。

 相手に物理攻撃が通じていれば、クララ一人の戦斧で魔物は粉砕し、殲滅していたことだろう。

 だが、今回の敵には通じない。

 クララが攻撃を避けながら、わざと後ろへと流した魔物をベルンハルトががっちり魔盾で引き受ける。

 止まった敵には即座に魔術がとび、白い魔物を撃破する。

 繰り返すこと数度。

 だが、敵は一向に減ったように思えない。


「これは……」


 サーシャの勘違いでなければ、撃破しているにもかかわらず、数が先程より増えている。

 数が増えれば必然、クララが惹きつけれない敵も多くなり、そしてベルンハルトの盾をかいくぐる魔物も出てきた。

 こうなるとサーシャ、ミーシャの限りある付与符を用いた攻撃を使わざるを得ない。


「私がやる!」


 サーシャは迫りくる敵、その赤い目にキリキリッと照準を絞る。

 いまッ! と心の中で叫び、矢を射る瞬間、視界に違うものがうつる。


「えっ?」


 白い魔物の頭上に降り立つ影。

 その影は長い剣を携えており、白い魔物の脳天から剣を突き穿った。

 白い魔物は霞となる。

 地面に降り立つ影。

 サーシャの優れた動体視力はその影をはっきりと捉えていた。

 隣に立つミーシャも同じであり、驚き声をだす。


「アリスちゃん? どうして?」


 舞い降りた影は双子も知る少女。

 その顔は見たことのない真剣な眼差しをしていた。


「え、というか剣? どういうこと?」


 加えて、信じられないことに、少女は自身よりも長い剣を携え、見間違えでなければ白い魔物を一撃で仕留めたのであった。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る