第四話「眠り姫」


 アニエス・アルベールは頬を膨らませ、不機嫌を最大限にアピールしていた。


「姫様、はしたないですよ」


 教育係兼メイドのローラが窘めてくる。

 アニエスは忌々しげにローラを見つめた。


「だって、今日は国中でお祭りなのよ! なのにどうして私はお城からでれないの!」


 今日は不死の王ノーライフキングとの戦いに勝利した連合軍が凱旋に来ているのだ。

 アニエスだって観に行きたい。

 なのにローラときたら、


「ダメです、今日の午前は算術、午後は魔術、夕食後は礼儀作法の時間になっております」


 と取り付く島もない。

 13歳となり半年後に王立学校への入学を控えていることもあり、最近のローラの教育は厳しい。

 魔術はそこそこ好きだが算術、礼儀作法は嫌いだ。

「どうせ王族枠で入試なんてあってないものなのに……」と口を滑らせたら長いお説教が始まってしまった。

 早くお説教終われーと思っていると、扉が開きメイド長のアガサが血相を変え入ってきた。


「ローラ、ちょっと」


 ローラが呼ばれる。


「姫様、私は少し外しますがこのページからこのページまでやっておくように、いいですね?」

「はーい」


 礼儀作法のなってない返事にローラは眉をひそめたが、アガサに付き従いそのまま部屋を出ていった。

 広い部屋にアニエス一人となる。

 

「つまんない!」


 誰も見てないのをいいことに、椅子の上で足をばたばたさせ不満を目一杯表すのであった。

 


 ◇



 三年前、大陸北部に災厄が訪れた。

 今では災厄として広く知られているその出来事は、まさに災厄としか表現のしようがない事態であった。

 災厄が訪れた一番近くの国には一夜にして滅び、死者の国となった。

 生者に死を、死者に生を。

 災厄の元となったのは一人の人物、いや魔物なのか詳しくはわかっていないが、その存在はこう呼ばれた。

 不死の王ノーライフキングと。

 そして災厄は瞬く間に大陸北部を飲み込んだ。

 アニエスが暮らすアルベール王国の北側にはアーカーシャ山脈とよばれる山々を一望できる。

 アーカーシャ山脈は大陸中央の北側を城壁のように蜿蜒えんえんと連なっており、大陸北部と交易を行うには山脈を大きく迂回する必要があった。

 唯一アルベール王国の麓はなだらかな丘陵となっており、大陸北部の玄関口として長年に渡って繁栄してきた。

 しかし災厄により、アルベール王国の繁栄に暗雲が立ち込めた。

 災厄の情報が国にもたらされた時、取り返しのつかない事態となっていた。

 アニエスもその時は国中から悲鳴が絶えることがなかったと記憶している。

 目と鼻の先である大陸北部はすでに死者の国の住民で埋め尽くされており、次の犠牲となる国はアルベール王国であること明白であった。

 災厄により生み出された死者の軍勢は王国へと迫ってきた。

 侵攻を食い止めるべく、第一王子であり兄であるガエル・アルベールも前線に向かっていった。

 戦いのことはよくわからないアニエスであったが城の中で毎日聞こえてくる情報から、戦況は芳しくなく、アルベール王国が滅びるのは時間の問題であることは分かっていた。

 そしてちょうど一年前。

 丘陵地帯に築かれた最後の砦が死者の軍勢に突破されるのも時間の問題となった。

 アニエスもその騎士の報告を国王である父と共に玉座の間で聞いた。

 父の顔は焦燥し、かつてあった威厳のある面持ちはすでに失われており、騎士の報告に「そうか」と答えると、何度も何度も小さな声で「そうか……そうか……」と繰り返していた。

 王国の終わりも近いとアニエスもわかっていた。

 しかし、奇跡が起きた。

 ――空より舞い降りし光が軍勢を薙ぎ払う。

 吟遊詩人によって語られる一節。

 今では勇者として広く知られる存在が現れ、数十万の軍勢を薙ぎ払ったのだ。

 それからは聞こえてくる報告は一転し、王国には再び笑い声が響くようになった。

 そして遂に災厄の根源である不死の王は勇者の手によって討ち取られた。



 ◇



 昼食を食べ終わっても、ローラは戻ってこなかった。

 どうも城内が騒がしい。

 人の出入りがいつもより激しいのだ。

 ローラの監視もないのでアニエスは部屋を出て、城内をぶらぶら歩くことにする。

 すぐに見知った顔を見つけた。

 

「ガエル兄様!」


 アニエスはぱっと顔を綻ばせ、ガエルへと駆け寄る。

 ガエルが足を止め、こちらを一瞥する。

 ほぼ一年振りに見た顔は真っ青であった。

 

(今凱旋パレードに参加してるはずの兄様が何故ここに?)


 今更ながらアニエスは疑問に思う。

 ガエルは勇者と共に不死の王を倒したと聞いている。

 凱旋パレードはまだ行われている時間であるはずで、ガエルがここにいるのはおかしい。


「何かあったのですか……?」

「いや、……何もない」


 誰が聞いても嘘とわかる歯切れの悪い答えが返ってきた。

 はっきりと物事を言うガエルのこんな姿をアニエスは初めて見た。


「ガエル殿下、サザーランド公爵が到着しました」

「すまないアニエス、また後で」


 ガエルはそう言い残すと来た方向に踵を返していく。

 廊下の先で見えなくなったのを確認し、後をつけることにする。

 ガエルやお付きの人々、他にも大勢の人がひっきりなしに城内の一室を出入りしていた。

 好奇心を抑えられず、聞き耳スキルで話を盗み聞きする。

 その内容から、凱旋パレードの最中に勇者が突然倒れ、先の一室に運び込まれていることが分かった。


(勇者様が……!?)


 驚き、アニエスも声を出しそうになるが慌てて手で口を押さえる。

 よくよく観察すると、部屋を出入りしているのは王国内で有名な宮廷魔術師や医者であった。


「このような――」

「魔力は正常に流れておるように見えるが、なにしろ――」


 部屋の中から聞こえてくる声に耳を澄ますがよく聞き取れない。

 と、何者かに肩を叩かれる。


「ちょっと待って、今忙しいの!」

 

 今いいところなのに誰!

 振り向くと、そこには優し気な笑みを浮かべたローラが立っていた。


「これは……その、そう! 食後の散歩よ」


 アニエスは部屋に連行された。



 ◇



 夜が更けた。

 

「ローラの鬼ー! 悪魔ー!」


 あの後こってり絞られた。

 自室のベッドに寝転がりながら愚痴をこぼす。

 でも今日は礼儀作法の授業が中止になったのはラッキーであった。

 ローラは夕飯前にまたどこかに使いに出されたようだ。

 メイドも大変である。

 

(私の教育、もっとさぼってもいいのに……)


 ぼんやりとアニエスはそんなことを思うが、よっと身体を起こす。


(それよりもだ。今この城内に勇者がいる!)


 王国内でその活躍を聞かない日はこの一年、なかった。

 一目会いたいと思うのも自然なことであろう。

 凱旋パレードには行けなかったけど、この機会は逃せない。 

 城内が寝静まるのを待ち、アニエスは行動を開始した。

 城の外の警備は厳しいらしいが、この時間の城内に人はほとんどいない。

 誰にも出会うことなく、程なくして目的の部屋に到着する。

 扉の隙間から光は漏れていない。


(お疲れで、勇者様は寝てるのかしら?)


 勇者に挨拶し、その口から武勇伝でも聞けないかと目論んでいたアニエスは少し残念に思う。

 起こしても悪いのでそのまま退散しようかとも考えたが。


(せめて顔だけでも)


 一体勇者様とはどんな人物なのだろうか。

 伝え聞くのは、黒髪の少年という情報のみ。

 実際はどんな姿なのか気になっていた。

 アニエスは決意すると、行動に移す。

 入口の扉をそっと開き中を覗き見る。

 アニエスの自室と似た間取り。

 忍び足でベッドに近づく。

 顔を覗き込む。

 窓から月明かりがその顔を照らしていた。


「え?」


 思わず声が漏れた。

 ベットには少女が眠っていた。

 アニエスよりも幼い。

 黒い髪がその白い肌を際立たせ、美しい人形のようでもあった。

 たまに上下する胸から、それが人形ではなく人であることを主張していた。



 ◇


 

 次の朝。

 ローラにこっそり部屋に侵入したことを謝り、少女のことを尋ねた。

 怒られるかと思ったが、アニエスが侵入するのを予想していたのかあきらめたような表情をし、少女のことを教えてくれた。

 部屋にいた少女は勇者様が死者の国から助け出した者である。

 体に呪術や異常はみられないが目覚めない。

 ガエルが目覚めるまでは少女を城内で保護することにしたとのことだった。


「勇者様もあの部屋に運び込まれたと聞いていたのですが?」

「少女と一緒に宮廷魔術師や医者に診ていただきましたが、勇者様はただの疲労だったようです。

 一年間も前線で戦い続けていたのですから当然ですね……。

 ただ夕食の頃には快復し城下街に出られたと聞いています」


 勇者様に一目会いたかったので残念である。

 

「ローラ、あののところにたまに行ってもいい?」


 月に照らされた人形のような美しい少女。

 その姿が脳裏から離れなかった。

 ローラは少し考える仕草をみせたが許可をくれた。

 

 その日からアニエスは隙間時間を見つけては少女の部屋に足を運ぶようになる。


 それから一ヵ月が経過した。

 少女は眠り続ける。

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