第四十三話「女王」
俺はレイからのお願いを了承することにした。
色々と考えてはみたものの、断るべき決定的な理由も見当たらなかったことと、屋敷ではレイが親切に魔術に関して指導してくれたので、それのお礼も兼ねて快く応じるべきと判断しただめだ。
了承の返事をするとレイは少しホッとした様子を見せる。
「では、少し準備をするので待ってくれ」
そう言い残し、レイは一度部屋を出ていく。
『よろしかったのですか?』
ヘルプが心配そうに尋ねる。
「断ったところで、結局何らかの形で会うように仕向けられそうだからね」
『ならよいのですが……』
近しい周囲の者には考え無しと評価されがちであるが、今回、レイを通じて会いたいという相手が誰であるか、明確に告げることはなかったが、流石の俺もその相手に察しはついていた。
レイに頼み事ができ、レイの立場でありながら敬うべき対象である人物。
そんな人物、この国の女王しかいない。
「ああもう……何で興味を持たれたんだか。レイ様も一体どんな話をしたんだか、勘弁してくれ」
誰も見てないのをいいことに、椅子の上で足をばたつかせ、机に突っ伏す。
ヘルプはやんわりと『誰かに見られますよ……』とやんわりと注意してくれるが、何かしら発散しないとやっていられないのだ。
取り敢えず、予想でしかないが、今回の女王との面会はとても個人的なものであり、王国での国王陛下と会った時のようなだだっ広い謁見の間で、大勢の人の前で会うということはないであろう。
広い空間、その中で注目されるというのはとても居心地が悪く、出来ることなら二度と経験したくない。
今回は森国の重鎮達の多くが、先程まで居た夜会会場に出席しているはずであり、これから俺が女王と会うためだけに集まる、なんてことはないと思いたい。
ならば俺が気を付けるべきことは発言、あとは礼儀作法くらいのものである。
軽く考えてみたが、
(その礼儀作法を何も知らないんだった)
ここには手助けしてくれるローラもいない。
(女王陛下の前で俺が不作法を働いたら外交問題だよな……)
やっぱり断わればよかったとすぐに後悔するのであった。
◇
「待たせてすまない」
再び現れたレイ。
当たり前であるが、一緒に女王が登場ということはなく、俺達は移動することになる。
レイに連れ立たれ、廊下を進んでいく。
先程とは違う廊下を進む。
もう、経路をちゃんと覚えていないので、はぐれたら迷子確定である。
さらに階段をいくつか昇り、長い廊下を進んで、ようやく目的の部屋に着いたようだ。
レイと共に中に入ると同時に、地の驚きの声が漏れ出てしまう。
「おぉ」
そこは屋内庭園であった。
樹々が生い茂り、色とりどりの花々が咲き乱れている。
本当にここは屋内なのだろうかと疑問に思い、今しがた入ってきた扉を振り返って見てしまう。
間違いなくそこには扉があった。
天井はガラス張り。
夜空が透けて見える。
だが、不思議な事に、屋内庭園は日中と変わらない明るさであった。
星が見えるのに、足元も周囲もよく見える。
不思議な空間。
何かしらの魔術によるものなのだろう。
「アリス、こちらだ」
「あ、すみません」
屋内庭園に入った瞬間、周囲に目を奪われ、入口付近で立ち止まっていた。
レイの言葉で我に返り、慌てて後を追う。
「すごい所ですね……」
「そうであろう。今からアリスに会ってもらう方の趣味だ」
「趣味……ですか」
趣味の領分を遥かに超えている様に思えるが。
屋内庭園も、建物の内部にあるとは思えない広さを誇っており、中に入ってから暫く歩いたところでようやく目的地に辿り着いたようだ。
白い丸テーブルが置かれた場所に、一人の女性が座っていた。
「お連れしました」
レイが恭しく頭を垂れ、女性に言う。
この国が長きにわたり、一人の女王によって統治されていたという話は聞いていた。
一体どのような人物であるのか。
俺が想像したのは、キツメの目つきをした威厳溢れる女性。
前世で言うバリバリ働くキャリアウーマンのような姿。
あるいは皺くちゃになりながらも、なお国に君臨する老女を想像していた。
だが、その想像は裏切られる。
「うむ。ご苦労」
威厳ある声音……とは程遠いソプラノの声が響く。
老婆ではなく年若い女性であった。
緩やかに流れるエメラルド色の髪を持つ女性は朗らかな笑みを浮かべている。
レイと並べば美男美女にカップルに見える容姿であった。
「さて、アリスよ。こちらに座れ」
軽い感じで言いながら、女性は立ち上がり、ここに座れと言わんばかりに手招き。
椅子まで引いてくれる。
こういう時、貴族の礼儀作法ではどうすればいいのかという思考が頭の中でグルグル回るが、そもそも貴族の上の者が自ら椅子ひきするという行動をするわけがないので考えるだけ無駄であった。
「し、失礼します」
恐る恐る促された椅子へと腰をおろすしかない。
椅子をおろすと、背後の女王はご機嫌な様子で対面の椅子へと再び座る。
「レイご苦労であった。戻ってよいぞ」
「はい。それでは失礼します」
軽く放たれる女王の言葉に、やはり恭しく礼をし、レイは下がっていく。
(え、置いて行かれるの? 女王と一対一なの?)
冷や汗が止まらない。
この状況は想像していなかった。
というか、この屋内庭園で茂みの中に人が潜んでいる……ということがなければ本当に俺と女王しかいない状況はいいのであろうか。
自分で言うのも何だが、王国の剣聖ということを知っているのであれば、剣術はそこそこ腕があるということであり、もし、俺が女王を害する意志があれば大変なことになる。
信用してくれていると言えば聞こえはいいが、とても信頼関係を築けるような期間はなかったはずだ。
「レイ様はこの場にいなくていいのですか……?」
なので控えめに尋ねるしかなかった。
それに対して女王は手をひらひら振りながら答える。
「よい。あやつも先程まで、この場に一緒におるようなことを言っておったが、もっと他にやるべきことがあろうと叱ったばっかじゃ」
「因みに、他にやるべきことというのは……?」
「そんなの嫁探しに決まっておろう。少ない機会を活かさんでどうする。はぁ……、あやつもいい年なのじゃからいい加減相手を見つけて欲しいものじゃ」
「はぁ……」
プリプリと言う女王。
言ってる内容が、先日見た、ラフィに対するラフィの母親と変わらない。
(この人が本当に女王……?)
と失礼なことを考えずにはいられなかった。
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