第四十四話「女王とのお茶会」


「しかし、レイのやつも気がきかん。茶ではなくワインでも置いといてくれればよいものを」

「え、えと……」

  

 女王はテーブル中央のティーカップを持ち上げながら言う言葉に俺は苦笑いをするしかない。

 森国のお茶会では茶ではなくワインを飲む、という独特の慣習がないのであれば、レイがこの場にワインを置いていないのは正しいはずだ。

 なので、俺は女王の言葉に何と返していいのかわからず、適当な言葉で濁すしかない。


「ほれほれ。カップを出せい」


 言われた通りに目の前にあるカップを持ち、女王の目の前に置かれたティーカップの横へと近づける。

 一体何をする気だ。

 いや、お茶を淹れようとしていることはわかるのだが、この国の一番上に立つ者がやることとは思えない。

 分かってはいたが、女王の手によりコポコポと二つのティーカップに茶が淹れられるのを何とも言えない面持ちで眺めた。

 茶が注がれたティーカップは女王の手で俺の側へと置かれる。


「あ、ありがとうございます」

「うむ」


 さっきからジュース、お茶、さらにお茶と立て続けに飲んでおり、お腹が大分タプタプになってきているのだが、女王自らの手で注がれたお茶を飲むことを拒否することなどできるはずがなかった。

 ゆっくりと口に運び、ありがたく、ゆっくりと味わう。

 女王は自分のティーカップにも並々と注いでおり、俺が飲んだのを確認してから、そのカップを満足気に口をつける。


「うむ、いい香りじゃ。やはりわしはグレコサース地方のものの香りが一番好きじゃ。お主はどうじゃ?」

「いい香りですね……」


 そんな地方による違いを香りから判断するほど嗅覚も優れていなければ、好きな茶葉を語る程の知識もない。

 俺には、回答した言葉が会話のキャッチボールになっていないのを自覚していながらも、ただ言葉に同意するということしかできなかった。


「そうじゃろう」


 ただ、その答えは女王の機嫌を損ねるものではなく、むしろ機嫌をよくし、女王はもう一口カップに口を運ぶ。

 想像していた女王像と違い、大分親しみのやすい人であることはわかった。


(本題は……? まさか茶飲み仲間としてこの場に誘われたわけじゃないだろう)


 いくら親しみやすいなと思ってはいるものの、相手は一国を長い間統治してきた、とんでもない人だ。

 そんな人とずっとほんわかとした会話が続くはずもなく、どこかで今日ここでの面会を切望した理由は語られるはず、

 だが、ここまでの短い時間の顔合わせで、これは自ら切り出さなければいつまでたっても話が前進するようには思えなかった。

 後よりは先に。

 嫌なことは早く終わらせたい。

 なので、自ら切り出す。


「その、女王様はどうして私に?」

「ん?」


 どうして私に会いたかったのかとの疑問を投げる。

 俺の言葉に、ようやく思い出したといった表情で手をポンと一つ叩く。


「おお、そうじゃった。わざわざ呼び出したのに、話すべきことをすっかり忘れとったわ。まぁ、会いたかった理由の一つは単なるわしの興味じゃがな」

「興味ですか」

「うむ。レイがすごい逸材がいるというのでな。王国の剣聖であり、さらに魔術の才も抜きんでたものがあると」


 目の前の女王も当然のように俺が王国の剣聖であることを知っていた。

 下のレイが知っていたのだから当然といえば当然か。

 今更驚くべきことではないことかもしれない。


「それともう一つ。ちょっとばかし気になることがあっての。その確認を兼ねてじゃ」

「気になることですか……?」

「そうじゃ」


 そう言うと、女王はジーっとこちらの瞳を暫く見つめてくる。

 見つめられた俺は思わず、ごくりと唾を飲み込む。

 やがて口を開く。


「お主は違うな」

「はぁ……?」


 マイペースな女王の会話に俺は全くついていけない。


「まぁ、時間を割いて会ってみた価値は十分にあったと言えよう」


 何かを確認したのだろうか。

 だが、女王の口からは具体的な説明はされず、再び女王は好きな茶を口に運び満足気。


(何か俺に対して疑っていたけど、それは杞憂だったてことか……?) 


 何を確認したのか尋ねてみてよいものか思案していると、再度女王が口を開く。


「お主、その身体に精霊を宿しておるな」

「……!?」


 ポーカフェイスを得意としない俺の今の表情は、驚き目を見開いていることだろう。

 緊迫した状況の中での会話であれば、もう少しうまく表情を取り繕えたかもしれないが、全くの不意討ちの発言に、思ったままの事が表情に出てしまった。

 しまったと思ったが、すでに手遅れ。

 今更否定もできない。

 だが考え直す。

 身体に宿す精霊――ヘルプという存在に関して、積極的に喧伝したことはないものの、災厄に立ち向かった仲間内では皆知っている事実ではある。

 もし、女王が俺の情報を本気で調べ、同郷のラフィにでも聞けば知ることができない情報ではない。


「……どうしてそれを?」


 ただ、他人にヘルプの存在を指摘されたことはこれまでなかった。

 どうしてヘルプの存在を知ったのか。

 俺の疑問に女王は軽い感じで肩を竦めながら続ける。


「まぁ簡単な話じゃ。わしも精霊だからじゃ」

「え?」


 失礼と知りながら、その発言に、女王をまじまじと見ずにはいられなかった。

 見たところ女王は人にしか見えず、間違っても魔術を使う際に手を貸してくれる良き隣人である精霊という存在には見えない。


「驚くことはあるまい。お主も、わしが千に届く期間この国に君臨してることくらい、知っておろう。ただの人がそう長きにわたり生きれるわけがなかろう」


 いや、確かに女王の言うことは最もだと思う。

 思うのだが。


「それを、私は知ってもよかったのですか……?」

 

 さらっと女王の口から出た発言ではあるが、森国の割と重要な秘密の一つに思える。


「なに、民の間で、わしの正体が精霊であると噂されておるから大した問題ではなかろう」


 本人に口から告げられた事実と噂では全然違うと思うのだが。

 顔が引き攣らずにはいられなかった。

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