第三話「誕生王都迷宮」


 俺と国王との面会は滞りなく終わった。

 といっても、国王が感謝の言葉を述べ、俺はそれに軽く返事をするだけであったが。

 最後に国王より俺に剣が下賜された。

 この剣を下賜するという話になった時、静寂に満ちていた部屋にざわめきが起こった。

 俺のはどうしてざわめきが起きたのかは分からなかった。

 受け取り方の作法もわからないが、俺はなるべく恭しく剣を受け取る。

 国王はその様子を満足げに見ると、俺は玉座の間からの退室が許された。

 


 ◇



 玉座の間を退出し、大扉が閉ざされる。

 一人の騎士が俺に近づく。


「アリス殿、こちらに」


 王城内を歩き一室に案内される。

 そうして、案内された一室で俺は一人ちょこんと座っていた。


(落ち着かない)


 先ほどの玉座の間と比べれば気は楽だが、元々庶民感覚の俺にとって今いる部屋も十分な広さを持つ。

 中央の大きな机。

 五脚の椅子が両側に並び、上座には一際豪華な椅子が鎮座している。

 隅の椅子に腰かけていたが、興味本位で上座の椅子に近づく。

 座る。


(おお、これはなんともいい座り心地)


 小さい俺が乗ると包み込むような柔らかい感触がお尻、背中に感じられた。

 体を預ける。

 足をぶらぶらさせ、鼻歌を口ずさむ。

 少し緊張が和らいだ。

 暫くそうしていたのだろう。

 入ってきた扉が開かれ、その様子が見られていることに気付かなかった。


「これは、可愛らしい王様がいたものだ」


 声に反応し俺は初めて扉が開かれ、見られていたことに気付く。

 油の切れた人形のように首をゆっくり動かし、声の方へ目を向ける。

 声の主は先程玉座の間で面会していた国王セザール・アルベール、その人であった。

 俺は硬直する。

 セザールは愉快気に笑い、部屋へと入る。

 その後ろから騎士団団長エクトル、王立学校校長ルシャールが続く。

 最後にルシャールが部屋の扉を閉める。

 椅子の上から様子を見ていた俺は、はっと気づく。

 今俺が腰かけている席が国王が座る席であることは明らかだ。

 慌てて起立する。


「よい。気に入ったようなら座ってて良いぞ。

 わしも自慢の椅子だ。

 玉座の間の椅子は見た目を重視しすぎて、固くてのお。

 ここの部屋の椅子は長時間座っていても快適なよう、わしが指示を出して特注したものだ」


 セザールは俺に声を掛けながら、手前の椅子へと腰かける。


「ここに座るのは初めてじゃな」


 セザールの対面にエクトルとルシャールも座る。

 その様子を見る俺は非常に気まずい。

 

「さて、アリス殿。いや、ナオキ殿と呼ぶべきかな?」


 そこで初めて今部屋にいる人物は俺が勇者ナオキであることを知るものしかいないことに気付いた。


「今はアリスで暮らしております。アリスとお呼びください」

「ではアリス殿。改めて感謝を。

 災厄の際も直接礼を言えてなかったな。

 我が息子ガエルと共に戦い、災厄を打ち払ったことに感謝を。

 そして此度の騒動。

 エクトルから竜退治だけでなく、魔物の発生に関しても早期に警鐘を鳴らし、お主自身も前線で戦ってくれたと聞いておる」


 セザールは先程俺に下賜し、今は腰に吊るされている剣に目をやる。


「剣一本ではとてもお主の功績には見合わんかもしれんが王国に代々伝わる剣だ。

 宝物庫に長い間眠っていたが、その力、存分に奮ってやってくれ」


 エクトルが何か口に出そうとしていたがセザールは手でそれを制する。

 俺は一つ疑問に思ったことがあった。

 確かに魔物との戦闘では剣をメインに戦っていたが、サザーランドの弟子でもある俺の認知はどちらかといえば魔術師だ。


「何故剣を? 勇者ナオキであったときは確かに剣を武器に戦っていることが多かったですが。

 今の俺はサザーランドの弟子として、魔術師として広く知られているはずですが?」

「杖でもよかったが……。すでにリチャードがお主に杖を渡しておるじゃろ。

 あの杖に匹敵するものはさすがのわしも用意できん」


 最近部屋のオブジェクトとなっている杖を思い出す。


(あの杖そんなすごいものだったのか!)


 今度からもう少し大事に扱おうと誓う。


「それともなんじゃ。剣よりも別のものがよかったか?

 可愛い一人娘ではあるがお主にならアニエスをやるのもやぶさかではない。

 ……いや、今のお主ならガエルのほうがいいのか?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、セザールは提案してくる。

 

「……一応、俺はまだ男に戻るつもりなのでガエルはいらないです」

「ふむ。ならついでじゃから、アニエスと同室で暮らしていることについての説明をしてもらおうか?」


 ギロっとセザールに俺は睨まれる。


(ひぃいいいいいいいい)


 嫌な汗が背中を流れる。

 というか同室で暮らしていることを何故知っている!? と俺は尋ねたいところだが。

 何て言い訳をしようかと俺は必死に考える。

 が、セザールは目元を緩め、穏やかな表情に戻る。


「ふぉふぉふぉ、冗談じゃよ。寧ろアニエスの傍に強力な護衛がついておると思えばわしも安心できる。

 それにお主にアニエスをやってもよいというのは冗談じゃない。

 権威欲しさの糞貴族共にやるには惜しい娘じゃからな」


 セザールは嘆息する。

 そして再び俺の方へと向く。


「そうじゃ、忘れておった。これも渡しておこう」


 セザールは左手から指輪を一つ外し、俺へと渡す。

 簡素なシルバーリングだ。


「宝物庫の指輪と呼ばれるマジックアイテムじゃ。

 その指輪をつけておれば魔力を消費するが道具などをある程度異次元で保管できる。

 試してみるとよい」


 恐る恐る受け取り、左手の人差し指へと着ける。

 使い方がわからない。


「軽く魔力を流し込むといい」


 ルシャールが助言する。

 軽く魔力を流し込んでみると、傍に小さな空間を感じることができた。

 そこに先程貰った剣を入れてみる。

 剣は空間に飲み込まれ消えた。

 空間から剣をイメージしてみると空間からにょきっと剣が再び現れる。

 便利だ。

 

「さて、先程の玉座の間での面会は貴族共に王家とお主の繋がりを明確にするための茶番であったが。

 ここからが本題じゃ」


 空気が変わる。

 セザールの碧い瞳が俺を捉える。


「今はいち学生としての身分しか持たぬお主が、なぜ事前に魔物の出現を予知できた?」

「それは……」


 答えに困窮する。

 ただ嘘を言っても仕方ないと判断した。

 信じてもらえるかはセザールの判断に任せ、神イオナから夢で助けを求められたことを正直に話すことにした。

 もちろん地下に後六体竜がいることも包み隠さず話す。


「なんと……。王都の地下にそのような存在が」


 セザールは驚愕する。

 俺の言葉を素直に信じてもらえたようだ。


「今は俺と対峙した竜が地下に魔物を押さえ込んでくれていますが、同族である竜には効果がないでしょう」


 俺は竜との戦いで王都に張られていた魔法陣を利用した。

 当然使用した魔法陣は消え、王都の地下を押さえていた力を失っている。

 巨大な魔力が残留している地下は魔物が再現なく生まれているだろう。

 今は一区の地下と地上の繋がりだけはあえて残し、騎士団が厳重に入口を警備していた。

 王都の広大な敷地内のどこかに魔物が出現するよりは、予め穴をあけて置いたほうがいいとの判断だ。

 竜も魔物が絶対に地上へ出てこないとは言い切れないと、俺に忠告していた。

 絶対の強者である竜が睨みを利かせていることを理解できる魔物ばかりではない。

 これ以上問題が起きる前に早いところ、残りの竜と対話を試みなければと思っている。

 だが問題があり、地下は相当奥深くまで広がっているということだ。

 また魔物の数、質ともに恐ろしいとエクトルは言う。

 内部を調査するために騎士団を派遣してみたが、即座に撤退したらしい。


「できれば入口に近いところの魔物は討伐しておきたいのだが、それさえも困難であった」


 元々地上の警備の人員も不足している騎士団である。

 そこに加えて地下の魔物の巣窟。

 エクトルは疲労の声を強くにじませていた。

 

 そうだ、と俺はあることを思いつく。

 

「冒険者ギルドを利用すれば?」


 思ったことが口からぽろっと出てしまった。


「と言うと?」

「冒険者には迷宮ダンジョン探索を生業とする者もいると聞きます。

 王都の地下を地下迷宮とし、冒険者に開放してしまえば、勝手に降りていくものがでてくるでしょう。

 他の迷宮と違い、王都の真下。

 物資の補給も簡単です。

 更に強い魔物がいるということは、素材もいいものがとれるはず。

 冒険者にしてみれば宝の山では?」


 なるほどとエクトルは頷く。

 セザールもその案を即座に採用することにした。

 そして、俺はこれを好機と見た。


「陛下、一つ俺からお願いしたいことがあります」

「ふむ。わしが叶えられることであれば、聞こうではないか」


 息を吸う。


「俺を特例で冒険者ギルドに登録させて下さい!」

 

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