第二十五話「激突」


 背後からの奇襲は、目の前の男相手に無意味と判断し、俺は正面から仕掛ける。

 

「――!」

「ハァアア!」

 

 俺の剣は男の剣と真正面からぶつかる。

 刹那、次の一撃をすぐさま繰り出すが男もすぐさま合わせてくる。


「嬢ちゃん、どこで剣を習った。

 剣筋から見るにヴァーグナー派か?

 いや、どちらかというと騎士団で採用しているアイメリック派に近いか?」

「学校で習った基礎しかしらないから、流派とか知らないね」

「抜かせ。

 学校で習うようなお遊びでここまで剣の腕が伸びるものか」


 俺が正直に答えた本当のことを一笑される。


(本当なんだがな……)


 後は完全に我流。

 近づく、斬る。

 魔物相手はこの2工程しか必要なかった。

 しかし、単純な攻撃は男に通用しない。

 俺の見た目とは裏腹に、相当な威力が一太刀に込められているはずだが、男は剣の衝撃を巧みにいなしている。

 だが、全く効いていないわけではなさそうだ。

 一撃、また一撃斬り結ぶ度に男の顔が僅かにだが歪んでいるのが見て取れた。


(このまま手数で押し込む!)


 攻勢を緩めない。

 相手に防戦を強いらせなければ勝ち目がないと見ていた。

 しかし剣筋ばかり気にしており、俺は油断した。

 ニヤリと男の顔が歪む。


「剣ばかりで足元がお留守だぜ!」

「――!」


 俺が一歩踏み込んだタイミングでの一撃。

 下腹部に男の足が迫る。

 

(避けられない……!)


 男の蹴りが腹を直撃する。


「かふっ……!」


 まともに食らい強制的に身体の息が吐き出される。 

 こちらの世界に来て、初めて感じた痛覚。

 思わず目から涙がこぼれる。

 それでも、地面に叩きつけられる直前手を突き出し側転、すかさず追撃してくる男に対し、俺は片手で剣を一閃。


「ちっ! 嬢ちゃん本当に人間かよ!」


 闇雲に払われたかに思われる一撃であるが、俺の馬鹿みたいなステータスにより放たれた一撃。

 予想外に重い攻撃に男は顔をしかめる。

 

「ふぅ……!」


 着地し、息を吸い込むと下腹部からの痛みが俺を襲う。

 しかし、痛みを気にしている余裕はない。

 息を止め再び男へと接近する。

 上段からの一撃。

 俺の背丈からの攻撃では男の胸辺りで防がれるが。


「なに――!?」


 剣がぶつかった瞬間、タイミングよく跳躍。

 剣を支点にし、男へ一撃を加えるべく接近。


「ちっ――!」


 男はたまらず、両足に力を込め後退。

 鼻先を俺の回し蹴りがかすめる。

 避けられた俺にとっては致命的な隙。

 すかさず男の剣が襲う。

 剣を合わせ、衝撃を受け入れる。

 衝撃が襲う。

 だが、予想していた衝撃。

 吹き飛ばされた俺は何事もなかったように吹き飛ばされた先の壁に着地、反転。

 上段からの袈裟斬り。

 今度は男よりも上の位置から剣が襲う。

 間一髪で男は上体を反らしながら横へと避ける。

 視線が同じ高さで交錯し、俺はほくそ笑む。


「――っ!」

 

 男は何かを察し、さらに回避行動に移ろうとする。

 だがそれよりも早く。

 俺は空中に見えない足場を形成していた。

 足場を蹴り90度の方向転換、回し蹴り。

 

「かはっ……!」


 お返しとばかりに、今度は男の脇腹へと一撃を叩きこむ。

 小さい身体から繰り出されたとは思えない威力の衝撃が男を襲い、壁へと叩きつける。

 好機と見て、俺は男の首元へと剣を突きつけようとするが。

 それよりも早く、《残影》というスキルを男が発動した。

 霞を斬ると同時に背後から気配。

 振りかぶった体勢の俺は次の動作に移れない。

 しかし、男が使った《残影》というスキルを固有能力の『看破』により習得した。


(詳細は分からないが、回避系のものであるはず!)


 迷わずそのスキルを発動。

 

「馬鹿な……!?」


 男は驚愕する。

 今度こそ確実に捉えたと思われた一撃が回避されたからだ。

 それも自身が使ったスキルによって。

 

「おいおい、一体どこでそのスキルを憶えた?」


 事実を短く告げる。


「今」


 男は俺の回答にきょとんとしたが、やがて剣を下ろし豪快に笑い始めた。


「くくくっ、ははははは!」


 今なら隙だらけであるが、突然笑い始めた男に俺は困惑する。

 

(一撃いれていいのか? それともさっき壁に叩きつけた衝撃でどこかおかしくなった?)


「面白い、面白いぞ。おい嬢ちゃん、俺に負けたら、弟子にならないか?」


 俺は目を三角にし、心底嫌そうな顔をし、断る。


「話が見えてこないし、そもそも悪党の弟子なんて御免」

「まあ、そう言うなって。

 お嬢ちゃん、確かに腕は立つが、色々粗い。

 もったいない。

 俺が直々に教えてやろう」


(これって人攫いの常套文句か何かなのだろうか?)


 男は何かいい笑顔を浮かべながら話を進めているが、この状況で是非と答える人がいるのかは疑問に思う。

 

(だが待てよ?)


 俺はあることを思いつく。

 先程、回避する際に男はスキルを使ってみせた。

 それも俺が今まで見たことがないスキルだ。

 つまり、他にも俺が知らないスキルを目の前の男は習得している可能性がある。

 にやりと俺も悪い笑みを浮かべる。

 

「では、あなたが持つ自慢の技を私に見せてください。

 その一撃が私に届けば、あなたの弟子になってもいいです」

「二言はないな?」

「ええ」


 内心では「あとで衛兵に突き出すけど」と付け加える。


「ならば受けてみよ、我が秘奥義。

 ……死ぬなよ?」

「――!」


 男は剣を構え、目を閉じた。

 軽口を叩いていたが、息を呑む。


(あ、これはまずいかも)


 先程の言葉をさっそく後悔した。

 周囲のマナが男へと収束していくのをビリビリと感じる。

 男が使うスキルは剣術に分類されると思っていたが、今使おうとしている者は剣術という枠に収まらない。

 最早魔術。

 何が起こるか皆目見当がつかない。

 

「――行くぞ」


 男は目を開く。


(来る――っ) 


 俺は身構える。


「父上?」


 突然の第三者の声。


「えっ?」


 俺は驚き振り返ると、先程救出した一人、黒髪の少女が起き上がり声を上げていた。

 続いて、再度目の前の男に視線を向ける。


「父上?」


 今度は俺が首を傾げながら、男に問う。

 少女の一声で緊迫した空気は霧散し、男は苦笑いを浮かべていた。

 そして、ようやく俺が勘違いしていたことに気付くのであった。



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