第二十六話「ジン・タチバナ」
(やってしまった!)
俺は頭を抱える。
救出した少女が「父上」と呼ぶ相手は誰かなど、考えるまでもない。
先程まで対峙していた男は少女の父親ということになる。
つまり、人攫いとは無関係。
少女が攫われたことを知り、この場所まで追ってきた、寧ろ味方というべき存在であったことになる。
完全に早とちり。
(よく考えれば分かるだろ、俺の馬鹿!)
こちらの世界では珍しい黒髪を持つ少女に、そこに現れた黒髪を持つ男。
どうしてすぐ結び付けられなかったのかと、俺は後悔する。
味方であるはずの男に、先手で不意討ちを仕掛けたわけだ。
さらに冷静になって見てみれば、男の握られていた剣は真剣ではなく刃を潰されていたものであることに今更ながら気付く。
(俺は真剣で斬りかかってたわけか……)
ヌガーっと自己嫌悪に陥る。
そして二人はどちらも自然に剣を下ろしていた。
俺としても戦う理由はなくなったし、男の方も少女――娘の声で集中は途絶えており、とても再度対峙するような状況ではない。
さて、黒髪の少女は目覚めたばかりで、自分が置かれている状況はよくわかっていないようだ。
ただ、知った顔、少女の父親の顔を認めると嬉しそうに走り寄っていく。
「父上!」
「おーサチ、怪我はないか」
男は剣をしまうと、サチの頭をわしわしと撫でる。
「けが?」
男の問いの意味を少女は分からずオウム返し。
「大丈夫そうだな」
男はサチが怪我もなく元気であることを確認し、ホッとしたようだ。
改めて俺に向き直る。
「さて、色々順番が逆になったが、娘を助けてくれて感謝する」
男に礼を言われ、俺は少しばつが悪い。
過ぎた事は仕方ないと切り替え、行く当てのなくなった剣を仕舞い、男の下に歩み寄る。
「こちらこそ、いきなり襲い掛かってすみませんでした……」
「おう、俺じゃなかったら一撃だったぞ」
「ですよね」
「一応ちゃんと話は通じる相手みたいで安心したぜ」
「……どういう意味ですか」
「いや、戦闘狂のヤベエやつかと途中考えてたわ」
「どっちが……」
俺は男を白い目で見る。
確かに先に仕掛けたのは俺だが、それ以降積極的に仕掛けてきたのは、目の前の男の方だ。
「自己紹介をしておくか。
俺の名前はジン・タチバナ。
悪党でないことが分かっただろうし、嬢ちゃん名前を教えてくれないか?」
「アリス・サザーランドです」
男の名前を聞き、少し親近感がわいた。
(日本人みたいな名前、こっちにもあるんだな)
「アリス・サザーランドね。その名前憶えたぜ。
取り敢えず今回の勝負はお預けだな」
「そうですね。
というか、誤解だってもっと早く言ってくださいよ!」
「……なんか、戦ってた時とは大分口調が違って調子狂うな」
「気にしないで下さい」
「まあ、あれだ。サチも無事ってわかったからな。
ちっせえのにどんな腕前なのか気になったのと、好奇心が勝って俺も興が乗った。
想像以上のじゃじゃ馬で殺されるかと思ったが」
「すみませんでした……」
「しかし、アリスちゃんだっけ。
想像以上の剣の腕だった。
……だが、一つ剣の先人として言っておきたいことがある」
ジンは真剣な口調、俺の目を見つめて言う。
俺は剣の腕前を見る目に優れているわけではないが、素人目で判断してもジンの腕前は確かなものであると思えた。
その先人たるジンの言葉は素直に受け止めようと、俺はジンの言葉を待つ。
「スカートであんま跳び回ってるとパンツ丸見えだったぞ。
相手が俺じゃなかったら、あれで油断を誘えるだろうが。
一人娘もいる身としては年頃の娘がパンツを見せびらかすのは感心しないな」
ジンの予想外の言葉に、俺は最初何を言われたのか理解できなかったが。
言っていることを理解し、今更ながら恥ずかしく、顔が真っ赤になる。
「ご忠告感謝します!」
そう言い返すのがやっとであった。
「うんうん。ちゃんと忠告を聞けるのはいいことだ。
さて、さっき戦ってるときに――」
更にジンは何かを言いかけていたが、その前に別の声が割り込む。
「アリスちゃん?」
ぬっと俺の視界を黒髪黒目の少女が占める。
サチだ。
ジンと俺の間に割って入る。
並ぶと少し俺より背が高いであろうか。
じーっとサチは俺を見ると、突然抱き着く。
「アリスちゃん、可愛い! 父上、アリスちゃん!」
サチは目をキラキラと輝かせ、私が捕まえましたとでも主張するかのように俺を抱きしめると、ジンへと見せびらかす。
「私と同じ色!」
「うん、同じ色」
苦笑しながら、サチに付き合う。
更に新たな声が路地に響く。
「アリス!」
声の方へと目を向けると走り寄ってくる金髪の少女が映った。
アニエスだ。
後ろからはローラも付き従っていた。
傍まで駆け寄って来ると、サチと俺を交互に見る。
近付いてきたアニエスは少し慌てた様子に見えたが、あれ? という表情に変わる。
「あ、あれ。てっきり私、またアリスが変な厄介ごとに手を突っ込んでいるのかと思ったけど、本当に知り合いと会っているだけだった?」
俺は心外なと思うが。
「アニエス様、ご心配なく。
すでに厄介ごとに手を突っ込んだ後ですよ」
ジンは先程まで俺と接していた態度とは違い、アニエスに跪くと、そう答えた。
(こいつ……!)
涼し気な顔で告げ口をしたジンを俺は睨む。
「やっぱり! いきなりどっかに消えるからそんなことだろうと思った!」
ジンの答えを聞くや否や、アニエスは腰に手を当て、お説教モード。
後ろはサチに抱き着かれたままだ。
が、お説教が始まる前にアニエスはあることに気付く。
「あら? アリス、怪我をしてる。
誰にやられたの?」
俺はジンを無言で指さした。
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