第二十四話「対峙」
(まったく気づかなかった)
一応周囲を警戒していはずであるが、男が声を掛けるまで俺は気付かなかった。
しゃがんだ状態から油断なく男を捉える。
新たに現れた男が立っているのは、捕らえた男達が逃げ出そうとしてきた方向。
彼らが外で仲間が待っていると話をしてたことを思い出す。
(今日は黒髪に縁がある日だな)
現れた男の風貌でまず目につくのが黒髪。
無精ひげを生やし、服は軽装。
一般の人がたまたま俺がいる路地に迷い込んだという可能性もあるが、その考えを即座に否定する。
捕らえた男と違い腰には剣が吊るされており、武装していた。
俺はこの男が捕らえた男達の仲間であると断定する。
「やっと追いついたと思ったら、嬢ちゃんがやったのか?」
男は気楽な口調で話しながら、俺へと近づいてきた。
ゆっくりと立ち上がる。
(今なら油断してる)
狭い路地。
俺の得意な機動力を活かした戦いを行うには不利な場所だ。
魔術で先手を打つか悩むが、やはり人相手に使うには不安が残る。
青やヘルプに任せるにしても同じ理由で却下。
そもそも青は人を傷つけることに躊躇がなさそうだ。
結論としては、先の男と同じ対処。
油断している相手に接近し、一撃で仕留める。
「どうやら俺の――」
《縮地》。
何かを言い終わる前に俺はスキルを発動。
男の背後。
首元へと手刀を叩きこんだ。
「……!」
「あっぶね!」
が、寸前のところで男に回避される。
(後ろに目でも付いてるのか!?)
完全な不意打ちであったはずだが、悠々と男は回避してみせた。
俺は驚愕に目を見開く。
「とっとと、いきなりか。
いい一撃だ。小っちゃいなりだが、どっかの雇われか?」
バックステップ、男から距離をとる。
今の一撃を避けられたのは痛い。
軽い口調で俺に語りかけてはきているが、先程の弛緩した雰囲気から一転していた。
少女という見た目に、油断はもうしてくれなさそうだ。
男は獰猛な笑みを浮かべていた。
ぞくっと嫌な汗が背筋をつたう。
周囲の温度が下がったように感じた。
「嬢ちゃん、腰に吊るしてるのは剣だろ。
せっかくだ。相手をしてくれないか?」
慣れた動作で男は腰から剣を抜く。
(どうする……?)
剣舞祭の予選で使われていた刃を潰した剣と違い、俺の剣は真剣だ。
振るえば相手の命を奪う武器。
抜くことを躊躇する。
「来ないなら、今度はこちらから行くぞ!」
「――!」
耳に男の声が届くと同時。
剣が俺を襲う。
咄嗟に避けることが叶わない。
今度は躊躇うことなく俺は腰の剣を抜く。
間一髪で間に合う。
だが――。
「くっ!」
「ハハハツ!」
(重さが違う!)
ぶつかり合った剣。
筋力のステータスは俺の方がきっと高い。
しかし、本来の身体の重さが違う。
ステータスでは補えない。
鍔迫り合いを嫌い、男の剣から放たれた衝撃を受け入れる。
踏み込んでいた足の力を緩めると衝撃が俺を襲う。
(なんて力だ……!)
横一閃。
バットで弾き返された球の様に、路地横の建物へと吹き飛ばされる。
「くそっ……!」
空中で体勢を立て直し、建物へぶつかる直前で衝撃を緩和。
次の一手を考え――
「ふんっ!」
「……!」
間もなく男の一撃が襲い来る。
建物を蹴り、空中で一回転。
間一髪で男の斬撃を避ける。
(速い……! 縮地か!)
先程俺が使ったスキル。
男も使えるようだ。
体勢を整える時間を与えてくれない。
男が放つ剣の間合いから逃れようとするが振り切れない。
(しつこい!)
「逃げてばかりではつまらんぞ!」
「ただの少女相手に大人気ねえ!」
「ただの少女は死角から首元を狙って攻撃などしてこないだろう」
「うっ」
最初の一撃こそ剣を交えたが、俺は男の斬撃を回避することに徹していた。
狭い路地。
剣を大きく振りかぶれば壁に当たる程の空間しかない。
だが男は巧みに剣を振るう。
(こいつ強い……!)
剣舞祭の予選を観てきたが、目の前の男はかなりの腕だ。
そして男も全力ではないことが俺には分かった。
余裕の表情。
「お前、名は何という?」
剣による追撃は止まない。
そんな中、男は問いかけてくる。
その問いに返す。
「悪党に名乗る名前なんてない!」
「悪党って……」
俺の発言に少し男は傷付いたような表情を見せる。
「剣で戦いたいなら剣舞祭でやれよ!」
「そうだな!」
こんな剣の腕を持つのにどうして人攫いに加担しているのか疑問に持つ。
『マスター、支援しましょうか?』
(いらない!)
ヘルプの申し出を即座に断る。
「ははっ!」
俺の口からも思わず声が漏れる。
その声に男はニヤリと笑む。
「やっとやる気になったか?」
「ああ、そうだな」
俺の返事に追撃を繰り返していた男が少し距離をとり、剣を構える。
そう、ここ一週間剣舞祭の戦いを観戦し溢れ出す思いがあった。
つまり――俺も剣で戦ってみたいと。
魔物との戦闘とは違う人と人との戦闘。
学校の授業で演習として対峙することはあるが、あくまで剣の技を確かめるための対峙。
一手先を読みながら交える剣とは異なる。
望んだ願いは突然だが、思いがけない形で舞台は整った。
相手はやる気満々。
本気でかかってこいと目が訴えている。
今も剣を構え、本気で俺が向かってくることを望んでいる。
俺は興奮していた。
先程までは自身の剣で相手を傷付けることをどこか躊躇していたが、すんなりと思考を切り替えることができた。
目の前の男を倒す、今はそれだけに集中する。
もちろん剣で。
魔術を使えば楽に男を無力化することはできるだろうが、相手が悪党であろうとそんな無粋なことは今更できない。
剣技においては間違いなく格上の相手。
対人戦の経験は俺にはない。
そして男は明らかに対人に慣れている。
しかし、俺も剣を避けることはできた。
剣筋は見えている。
(せっかくの機会、剣技がどこまで通用するのか確かめさせてもらう)
二人の間に合図はいらない。
俺は獰猛な笑みを浮かべ、男へと走り出す。
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