第十五話「脅し」


 《樹界拘束プラントレストレイン


 発動した魔術が顕現。

 索敵範囲内に存在する魔物を全て拘束。

 俺はこの戦いを終わらせることを決意した。

 前方の拘束した魔物を瞬時に燃やす。

 石像が接敵した敵も俺の索敵範囲に含まれることが分かったのは収穫だった。

 突入した石像からの情報により、俺が向いている前方の通路の残敵はもういないことを確認済みだ。

 召喚していた石像を土に還す。

 後ろを振り返る。

 

(レベルは大したことないな)


 レベル30前後の魔物ばかりだ。

 目の前の相手をしながら状況を判断するのはなかなか骨が折れたので、途中からヘルプに状況を逐一報告するようにお願いした。

 今回襲ってきた魔物は皆リザードマンとのことだ。

 右から八、左から八、合計十六匹。

 先程より数は少ない。

 レベルもとびぬけた個体はいない、楽勝かなと俺は考えていた。

 

『マスター、リザードマンが魔術を抵抗レジストしました』

『マスター、ゲルトが、あー、避けて、斬りました』

『マスター、ライムントが矢を、何かがんばって弾いてます』


 ……ヘルプの実況は下手だった。

 なんとか、後ろが押され気味であることは把握した。

 驚くことにヘルプの妨害魔術も防御されていたようだ。

 さらに興味深いことに魔物が巧みに連携していたということも。

 

『マスター、危険』


 途中、ヘルプの一言。

 シンプルな警告に俺は即座に反応し、魔物を拘束したわけだ。

 そして今に至る。

 俺はマリヤに襲い掛かっていたリザードマンに近寄る。

 リザードマンは己を拘束した樹木をはがそうともがいている。


(けっこうでかいな)


 近くで見ると、迫力があった。

 苦しそうにもがくリザードマンから見える歯は、俺を食いちぎる十分な威力を秘めている。

 何故俺がリザードマンに近づいてのか。

 連携してきたということは、知性体なのではと予想していた。

 竜と同じで会話ができるのでは?

 俺は『念話』を使い、対話できないか試みたかったのだ。


『どうだ、聞こえるか?』


 ……。

 …………。


 目の前のリザードマンは未だもがいている。

 何度か試みるが、どうやら声は届いてなさそうだ。


『魔物との会話は無理か? そもそも言語が違うから?』


 首を傾げる。

 でも、竜と試みた時は言語はわからずとも意味がわかり、意思疎通ができた。


(竜が特別なのか?)


 リザードマンの前でうんうん、うなっていると後ろから声を掛けられた。


「あ、アリスちゃん、ありがとう」


 マリヤだ。

 つい先刻、命の危機に瀕していたのだ。

 足は未だ震えている。


「うん。マリヤさん、ケガはない?」

 

 振り返り、俺はマリヤに問いかけた。


「なんとか、もうだめかと思ったよ」


 ちょっと涙目であった。今はほっと胸を撫でおろしている。

 マリヤの視線が俺の上、縛りあげているリザードマンに移る。


「とどめ、ささないの?」


 控え目に、マリヤが問う。

 敵意を持っている魔物だ。

 マリヤや、ラグマックのメンバーも一歩間違えれば殺されていた可能性もある。

 温厚そうなマリヤだが、その目は「早く殺せ」と言っているようであった。

 しかし、俺は少し躊躇する。

 近くでリザードマンを見ると、もがきながら、人と同じように震えていることに気付いてしまった。


(改めて、とどめをさすのは気がひけるな……)


 うーん、と悩む。

 やがて思いついた。

 土砂で塞がった通路の方を向く。

 皆俺の動きをかたずをのんで見守っていたが、今から何をするのか予想できなかった。

 唐突に口を開く。


「《爆発エクスプローション》」


 一言。 

 轟音。

 耳をつんざくような音が鳴り響く。

 地面を穿ち、粉塵が舞い上がる。

 俺の詠唱により顕現する圧倒的暴力。

 それを見せつけ。


「うん、よし」


 一同なにがよしだ!と叫びたくなる。

 ただ声に出すものはいない。

 もがいていたリザードマンも、あまりの威力に絶句し、止まっていた。

 俺はリザードマンを拘束していた魔術を解除した。

 マリヤを襲ったリザードマンも恐る恐る、拘束していた樹木から解放され地面に足を突く。

 リザードマンと視線が合う。

 俺はにやりと不敵に微笑む。


「やるならかかっておいで」


 言葉は通じてないだろうが、意味は理解したようだ。

 長い首をぐわんぐわんと横に振り、一緒に解放された仲間の方に一目散に走り去っていく。

 そのまま魔物の集団は遁走した。


「一匹くらい拘束して連れ帰ってみてもよかったかな」

「お、恐ろしいこと考えるのね」


 俺の呟きにマリヤが反応する。

 マリヤの顔はひきつっていた。


「とりあえず一段落。でも、帰り道はまだ遠そう……。

 適当に魔術を放ってみたけど、ここの空間、魔術で補強されているのか、攻撃の通りが悪い」


 俺が放った魔術はリザードマンの脅しの意味もあったが、もう一つは通路を塞いでいる土砂を爆発で吹き飛ばせないかという意図もあった。

 結果は駄目だった。

 威力としては申し分ないはずだが、土砂の一部を削り取り、それ以上は魔術が効果を表していなかった。

 繰り返せば開通させることもできそうだが、相当な試行回数を重ねる必要があった。

 考えをめぐらせていると、俺の頭が乱暴になでられた。


「助かったよ、アリス」


 ゲルトだ。

 俺はゲルトの手から逃れる。

 ……長い髪はぐちゃぐちゃにされると直すのが大変なのだ。


「ゲルト、女の子の頭を気軽になでちゃだめ!」

「え、なんでだ。孤児院の子はよろこぶぞ」


 そんな不躾なゲルトの振舞いに、マリヤの説教が始まっていた。 


「アリスちゃん、今度魔術教えて」

「ちっちゃいのにすごかった! どこで魔術教わったんだよ」


 クロエとライムントだ。

 二人は満身創痍に近い状態だろう。

 クロエは魔力枯渇寸前、ライムントは服のあちこちが切り裂かれ、肌にも傷がにじんでいた。

 やがて征北結社のメンバーもアリスの周囲に集まってき、もみくちゃにされる。

 

 一息つき、今後の方針をゲルトとミハエルが話し始めたのを俺は遠くから見ていたときだった。

 突然のことだった。

 急速に体が重くなり。

 視界が暗転した。

 

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