第十六話「背中の上」


「……ぅんっ」


 小刻みな振動を感じ目を覚ます。

 まず目に飛び込んできたのは大きな背中。

 俺は誰かに背負われているようだ。

 しばらくぼんやり眺めていると、ふと疑問に思う。

 

(あれ、いつ寝たんだ)

『マスター、魔物との戦闘が終わった後、少ししてから突然眠り始めました』


 自分がどういう状況にいたのかを思い出す。

 しかし、ヘルプの回答に困惑した。

 以前、竜との戦いの後は魔力の枯渇で意識を失っていたが、今回は魔力の枯渇はしていなかった。

 まだ魔力には大分余力を残していたはずだ。

 

(なに、この身体に眠る呪いでも掛けられてるのか?)

『いえ、ただ疲れたから眠くなっただけだと思います』

(そんなすぐ意識がおちることがあるか?)


 そりゃ、疲れた後布団に入ればすぐ寝入る。

 いくら疲れとはいえ道端で寝るといった経験はしたことがない。


『……マスターの身体は子供のものなので、魔力の量に身体の成長が追い付いていないのだと推測されます』

(……そんなことあるの?)

『マスターの現在の年齢で、それだけの魔力を持つ例は私のデータベースには存在しないのであくまで推測です。

 ただ、生物は成長する過程で己の扱える魔力を少しずつ増やし、身体に慣らしていくのが普通です。

 マスターの場合は、かなり歪な状態であることは間違いないと思われます』

(なにそれ、怖い。突然、俺の身体が魔力に耐えれなくなってぱーんっと破裂したりしないだろうな?)

『流石にそういうことは起きないと思いますが。

 今回は周囲に人がいたのでよかったですが、一人の時はあまり魔術を連続して使い続けるのはよくないかもしれません』


 ちょっとヘルプが説教臭い言い方をする。

 

(でも、これまで魔力が枯渇するまで魔術を使う訓練とかしてたときも眠くなることはなかったよな?)

 

 最近はサボり気味だが、王城で世話になっていたときの日課として魔力を使い切っていた。


『魔力の量ではなく、魔術を行使する回数が影響しているものと推察します。

 マスターが魔術を使用する際に、我々精霊はマスターの魔力を対価として受け取ります。

 その魔力を何度も何度も渡すということを繰り返すと、負荷が重なっているのではないかと』

(なんとなく、今の俺の状態は理解できた。

 つまり、これって成長して身体が魔力の放出になれれば大丈夫になるの?)

『そうですね。

 成長と、あとは魔術を行使して鍛えるしかないです』


 魔力量は多くても、使用回数に限界があるというのは痛い。


(限界があるわけではないか)


 戦闘中に突然ぶっ倒れるというのはさすがに勘弁願いたい。


(この世界では最強かも、とか思ってたけど呪いのせいで少し制約がついちゃったな)


 トホホと。

 


 ◇



「おう、目を覚ましたか」


 目を覚まし、もぞもぞ動いていることにきづいた背中の主が声を掛ける。

 背中の主はゲルトだった。

 ヘルプとの脳内会話で俺の意識は完全に覚醒した。

 現状確認をすることにする。


「ここは?」

「まだ迷宮の中だ」


 俺の問いに、ゲルトが回答する。

 目に映る景色は一面ごつごつした岩肌に、ところどころ生えている青く発光する苔。

 今日一日散々見ている景色である。 

 前方に目を向けると、征北結社のメンバーが歩いていた。

 横をマリヤ、後ろにクロエ、ライムントとラグマックの一行が歩いている。

 どうやら、魔物との戦闘後も一緒に行動しているようだ。


「アリスちゃん、目が覚めたんだ」


 横をトテトテとマリヤが歩き、背中の俺を心配そうに覗き込む。

 手には俺の杖を握っていた。

 杖を持っててくれたようだ。


「身体は大丈夫? 私が見た感じただの疲れみたいだったけど。痛いところはない?」

「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」

「うんうん、何ともないなら良かった。アリスちゃんは十分活躍してくれたから、出口まではお姉さんたちに任せてゲルトの背中でゆっくりしてなさい」


 マリヤはあどけない表情を浮かべコロコロと笑う。


「出口までの道はわかるのですか?」

「征北結社の魔術師の中に風魔術が得意なやつがいるんだ。

 風の流れる方向を辿ることで、出口につながる道がわかるらしい」


 何のスキルだろう? と少し気になり、前方の魔術師らしき集団に目をやる。

 だがスキルを使っているような形跡は見られなかった。

 風の流れをよむっぽいスキルの取得はあきらめ、俺はゲルトに背中からおろしてもらうことにした。

 マリヤは背中でゆっくりしているようにいったが、いつまでも野郎の背中に担がれるのは、元男の俺にとっては、そう気分のいいものではないのだ。

 遠慮してるのかと思われ、マリヤに「大丈夫と思ってても、身体は大丈夫じゃないことが多いのよ?」とも言われたが。


「まだ迷宮内なので、魔物がいつ出てもおかしくありません。

 私を担いでいるとゲルトさんも一歩目が遅れますから。

 もう歩けますし、迷惑になるわけにはいきません」


 それに俺を担いでいるため、ゲルトは愛剣をライムントに預けていた。

 俺の説得にマリヤも折れ、ゲルトの背中から地面に降りた。


「ゲルトさん、ありがとうございました」


 礼を述べる。


「ゲルトでいいぞ。一緒に死線を潜り抜けた仲間だろ?」


 ニヤリとゲルトは笑う。

 孤児院でも子供たちの相手をよくしているのだろう。

 初対面で向けられた顔と違い、親しみのこもった笑顔であった。

 つい、つられて俺も笑顔になる。


「うん。ゲルト、ありがとう」

「アリスちゃん、私もマリヤでいいからね」

「うん、マリヤもありがとう」

「ほら、ゲルト。アリスちゃん落としたんなら返すぜ」

「おい、雑に扱うな!その剣高かったんだぞ!」

「へいへい、アリスちゃん俺のこともライムントって呼んでね」

「私もクロエでいいよ。ゲルト、迷宮から出たらラグマックにアリスちゃんを勧誘しよう!」

「クロエ、ナイスアイディア。私もアリスちゃんなら大歓迎よ」


 足取り軽やかに。

 迷宮の出口は近い。

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