第二十五話「王都の休日」
王立学校の授業は五日間行われた後、二日間の休日がある。
生徒の休日の過ごし方はまちまちだ。
寮から出ず英気を養うものもいれば、図書館に籠り勉強をしているものもいる。
また、学校では自主的な研究を推奨しており研究会などに所属している者は休日も活動しているようであった。
エルサもどちからといえば休日は家でのんびりしたい派である。
ただ今日は出掛けることにした。
完全寮制であるが、休日の外出は禁止されていない。
むしろ多くの生徒は学校の外に繰り出している。
学区のお隣である十二区は商業区として有名であり、様々な店が軒を連ねており、生徒にとっては近場によい場所があるのだ。
エルサ一人ではなく、アニエスとアリスも一緒だ。
昨日、授業が終わった後アニエスとアリスの会話が耳に入った。
どうやら明日の休日、アニエスがアリスを外に遊びに行こうと誘っているみたいだ。
「私、あまり王城の外に出たことがなくて、王都のことはわからないんですけど大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ、お姉ちゃんに任せなさい!」
エルサは苦笑した。
学校に入るまでエルサがアニエスと話をする機会はどこかの貴族のパーティーかお茶会くらいであった。
アニエスは常に穏やかな微笑みながら色々な人の話に相槌を打っていた。
エルサは王族というかたはただお茶を飲むだけでも絵になり、気品が溢れていると思ったものだ。
それがどうだろう。
入学式の日にエルサはアニエスに声を掛けられた時驚き、緊張した。
ただ話してるうちにエルサと変らないただの女の子であることがわかった。
一週間前、アリスが訪れてからはさらに大変だ。
アニエスはただの姉馬鹿になっていた。
会話のほとんどがアリスについてだ。
ただアリスについて話をするアニエスのきらきら輝く目がエルサは好きだった。
エルサも喜んでその話に付き合うのであった。
ただ、エルサは先程の会話はまずいと思っていた。
アニエスがアリスにお姉ちゃんとしていいところを見せたいのはわかる。
アニエスはこの王国の王女様である。
一人で王都を出歩いたことはないはずだ。
エルサには二人そろって迷子になる姿が目に見えた。
(アニエスには悪いけど、心配だし、私も混ぜてもらおう)
そんな経緯でエルサは二人と一緒に出掛けることになった。
エルサ達は学校の東門で待ち合わせをした。
最も十二区に近い門であり、エルサと同じように待ち合わせをしているであろう生徒の姿があちらこちらで見られる。
程なくして二人も合流した。
「お二人さんおはようー」
「おはようございます!」
「おはようございます」
今日のアニエスとアリスはお揃いの髪型であった。
後ろをハーフアップし、色違いのリボンで結んでいた。
髪の色は違うが仲睦まじい様子は本当の姉妹のようであった。
加えて二人とも美少女である。
妬くより、同性であるエルサでも見惚れてしまう。
「揃ったことだし、さっそく行きますかー」
エルサは声を掛け、一行は学校の外へと出た。
◇
「おぉ」
「おぉ」
アニエスとアリスの驚嘆が同時に漏れる。
商業区に着くとアニエスとアリスは目を輝かせ、辺りを見回していた。
(二人の子供の面倒を見てるみたいだ……)
二人は目を離すとすぐに気になるお店にふらふらと近寄っていく。
商業区は人通りも多い。
一度見失うと探し出すのは困難なのだ。
エルサの心配を余所に二人は思う存分楽しんでいた。
学校を出た後、アニエスはエルサにこっそり「アリスにあんなこと言っちゃったけど、私も王都なんて出歩いたことないの!エルサ頼りにしてるから!」と言われた。
エルサとしては予想通りだったわけだ。
(まあ楽しそうだからいいけど)
突然アリスがはっと何かに気づいたようで、エルサとアニエスに話しかける。
「今更ですけど、アニエス姉さんが街の中を歩いてたら騒ぎになりませんか?」
「え? 何で?」
「アリスちゃんは王女様が街中にいたら騒ぎになるんじゃない?っていいたいのよね」
エルサの発言にアリスがこくこくと首肯する。
「あはは、それなら大丈夫よ。
私の顔を憶えてる人なんて王城にいる偉い人か付き合いのある貴族くらいよ」
「一般公開されてる式典も、普通の人から観える位置だと顔なんてわからないしね」
「そうそう。
だからこうやって気軽に羽を伸ばせるわけ」
話しながら歩いていると一際人だかりのできている店が見えてきた。
看板には「シャフラート」。
王都で今最も有名な菓子店だ。
エルサが以前、アニエスに噂を確かめてもらうために報酬として提示したお店でもある。
「ここがあのシャフラートなのね!」
甘いものが大好きなアニエスは目を輝かせた。
「すごい人だかりですね」
「貴族のお茶会でも大人気だからね。
買い付け役の人は大変だよ」
「この前エルサは私にここのお菓子くれたけど、どうやって手に入れたの?」
エルサはにやりと、実は実家であるルシャール家から出店時に資金を援助していた繋がりがあり、ここのお菓子は親にお願いすれば並ばず手に入るのだと告白する。
「え、なにそれずるい!
王家にも変なコネなんかいらないからそういうつながりが欲しいわ!」
「また、実家に催促してみるよ」
「絶対よ!」
「はいはい、お姫様」
アリスが小さい身体を活かし中を覗きみていた。
戻ってくると真顔で、
「アニエス姉さん、チョコ一粒で魔術書が買えます……」
と呟いていた。
甘いものは高いのだ。
お店に気ままに立ち寄りながら散策していると、お腹が空いてきた。
エルサは一応、いくつかアニエスも気に入ってくれそうな店に目を付けていた。
「私、屋台というお店で食べてみたいわ」
アニエスの一言で方針を変更することにした。
エルサも実は屋台の食べ物は食べたことがない。
(まぁ、何事も経験よね)
エルサ達一行は屋台が多くある通りに入っていく。
通りに入るとそこかしらから食欲を誘う、いい匂いが漂ってきた。
肉などが目の前で焼かれている。
食事時ということもあり、大いに賑わっていた。
エルサが二人に何を食べようかと、声を掛けようとしたが、すでに肉のお店の前に移動していた。
「アリス、これにしましょう!」
「がはは。ほれ、試しに少し食ってみな!」
お店の人は焼かれている肉の一部をそぎ、それを串に刺したものを二人に渡す。
二人は串を口に入れる。
「「おいしい」」
「そうだろ、そうだろ! 一本銅貨三枚だ!」
「三本下さい」
「まいど!かわいい嬢ちゃんにはもう一本サービスだ」
アニエスとアリスは串を貰い、エルサのもとに帰ってきた。
「エルサ、このお肉すごくおいしいわよ!」
エルサはアニエスが何の肉かもわからないものを躊躇なく食べることに驚いた。
(うん、私はやっぱりまだアニエスのことをどこかお姫様はこうあるべきと見ているんだろうなー)
正直、屋台といった庶民の場所にアニエスを連れてくるのをエルサは遠慮していた。
でも嬉しそうにアリスと肉を頬張るアニエスの姿がエルサは好きだった。
「私にも一本ちょうだい!」
エルサもその輪に入る。
こんな素敵な人と友達になれて、王立学校に入学して本当によかったと心から思えた。
◇
その後も、屋台で気になるものを食べ歩いた。
お腹が一杯になると屋台通りを抜け、また色々な店を回った。
途中、アニエスが気に入った服屋さんでアリスを着せ替え人形にして楽しんだ。
アリスは顔を真っ赤にして「服は普段制服しか着ないから間に合ってます!」と主張していたがアニエスの魔の手からは逃れなかった。
エルサも途中から楽しくなってきた。
さらにお店の店員さんもアリスのことが気に入り、あれもこれもと試着させていった。
店員さんのご厚意でアリスには三着ほど服が贈られた。
お店を出るともう夕暮れ時になっていた。
三人はそのまま学校へ戻った。
東門で別れ、アニエスとアリスが寮の方へ消えていくのと見送ると、エルサも自分の寮へと戻っていた。
(また行きたいな……)
エルサにとっても久々に充実した、楽しい一日であった。
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