第二十四話「謎の魔法陣」
朝日が昇り始めた。
俺の両隣でアニエスとエルサは穏やかな寝息を立てている。
起床時間にはまだ少し早い。
二人を起こさないようにそっとベッドを抜け出す。
先に制服に着替え、少し外の空気を吸うことにした。
日中は少し汗ばむ暖かさになってきたが、朝はまだひんやりとしている。
寝不足の俺にはちょうどいい冷たさであった。
(うーん、今更眠気が)
大きな欠伸をしながら、寮の玄関でいっちにいっちにと軽い体操をする。
ふと、寮の塀際に掃除用具が仕舞ってあるのが見えた。
そこから箒を取り出して、跨ってみた。
(魔女が空を飛ぶのが定番だよなー)
適当に飛べー飛べーと念じてみたが、反応はなし。
こっちの世界で空を飛んでる人は見たことがない。
紙とかを浮かせて移動させる魔術はあるが、人が飛ぶのは難しいみたいだ。
(飛ぶ魔術はやっぱり風系統になるのか?)
跨ってた箒を地面に置き、魔術で適当に浮くのをイメージしてみる。
箒は簡単に浮いた。
(箒を浮かすのをイメージして、その上に跨れば飛ぶことができるか?)
浮かした状態の箒に跨り、箒をさらに上に持ち上げていくイメージをする。
が、力加減を誤った。
「いたッ!」
箒の先端だけ浮き上がり俺のおでこを直撃した。
試行錯誤してみたが箒のバランスを操作するのが難しい。
(別に箒に乗る必要はないか……)
試しに魔力にものをいわせ、空気を圧縮し、台のようなものをイメージする。
その上に飛び乗ってみる。
なんとも安定感がないが、透明な台にのることができた。
この台の場所を浮かしながら動かすのははさすがに怖い。
小さな台を空中に生成し、その上を飛び乗ってみることにした。
上手くいった。
鼻歌を交えながら螺旋階段状に台を生成し、その上を歩いていく。
二階あたりの高さを闊歩してると、エルサが外に出ており手を振ってくれた。
下から声を掛けられる。
「アリスちゃん、パンツみえてるよ!」
エルサの有難い警告に、俺は赤面しながら地上に降りた。
「おはようございます、エルサ」
「うん、おはようアリスちゃん。
今の空を飛んでたの魔術?」
「うーん、空を飛んでたよりは、見えない台を作ってその上を歩いてただけですね」
「へー。
私から見たら朝から天使が空を飛んでるように見えたよ!
でもその魔術を使う時は下に気を付けないと駄目だよ、女の子なんだから!」
「はい……。気を付けます」
エルサと会話していると身支度を終えたアニエスも玄関に出てきた。
三人は学校の食堂で朝食をとり、教室へと向かった。
◇
学校での一日、油断すればすぐに下がってくる瞼と戦いながらなんとか放課後を迎えた。
前の世界であれば、眠気に負けて居眠りしていた自信がある。
今の俺はいい意味でも悪い意味でも注目されている。
授業を抜け出して塔の上で惰眠を貪る計画もしたが隣の席のアニエスに連れ戻されそうだったので諦めた。
授業後、アニエスは用事があるとのことで教室で別れた。
教室でアニエスの用事が終わるのを待っててもよかったのだが、俺のもとに次々と人が訪れるので「今日は私もこの辺で失礼します!」と言い残し、教室を後にした。
すぐに寮に帰って寝るという選択肢もあったが、二日ぶりに図書館に顔を出すことにした。
「おや、なんだか久しぶりだね」
司書室を訪ねるとブルックナーが歓迎してくれた。
「塔の上で授業をサボっているところを見つかり、授業に出席してました……」
「そういえば君はまだ学生だったな。
今から上の階に行くのかい?」
「いえ、今日はやめときます」
十一階まで昇るのは割と骨が折れるのだ。
(エレベータを誰かこの世界に……!)
俺は本気で願っていた。
「そうか、まあ気が向いたときにいつでも来るといい」
せっかく図書館に来たのでブルックナーに空を飛ぶ魔術はないのか尋ねてみることにした。
今朝試した魔術は、がんばれば空を飛んでるようにみえるかもしれないが、如何せん魔力にものをいわせた力業である。
基本、俺が創造した魔術は力業であり効率が悪いのだ。
先人の知恵の魔術をスキルとして使えるにこしたことがない。
「空を飛ぶ魔術は難題の一つとされていて実現されているものはないな。
それを研究した論文ならいくつか心当たりがあるが、それでもいいか?」
「お願いします」
「また明日来るといい。
それまでに探しておこう」
「ありがとうございます」
知りたい知識に関する本をお願いすると次の日にはどんぴしゃな本を揃えてくれるブルックナーの存在は俺にとって非常にありがたかった。
この莫大な量の本の中から欲しい情報を探すのは至難の業である。
もちろん俺も対価としてブルックナーの相談に乗っている。
「ところでアリス君。
ちょっとこれを見てもらっていいかな?」
ブルックナーは古ぼけた一枚の紙を見せる。
魔法陣が描かれている。
「魔法陣ですか……。
ぱっとみた感じは何かの生成陣に見えますが」
「そうなんだ。
ただ精霊文字が一切書かれていないんだ」
確かに、その魔法陣は文字らしきものが一切見えず、複雑な図形の組み合わせで描かれていた。
はて? 俺にも一体何を目的とした魔法陣なのか皆目見当がつかない。
「この紙はどこで見つけたのですか?」
「本を整理していた時に見つけてな。
……ただこいつがあったのは十一階だ」
「うわぁ。ろくでもない魔法陣である可能性もあるわけですね」
「そうだ。
まぁ内容が分からない方が幸せなのかもしれん。
これは元の場所に戻しておく。
何か気づいたらまた教えてくれ」
「わかりました」
その後、俺はブルックナーと魔術談義に花を咲かせ寮に戻った。
今日もアニエスと一緒ではあったが、俺はベッドに入るとすぐに心地よい眠気に襲われ、二日ぶりの睡眠を堪能することができた。
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