第二十六話「迫りくるもの」
俺はある存在に頭を悩ましていた。
その存在を中間テストという。
まさか異世界に来てまで中間テストという存在があるとは思わなかった。
つい先週、王立学校にもテストという存在があることを知った。
王立学校の一学年は全てのクラスで同じ科目のテストを受ける。
一年、二学期制であり中間、期末テストにより総合成績がきまる。
二学年からは希望の選択科目を受講することになるが、当然一学年の成績順に希望の科目へと振り分けられていく。
算術
基礎魔術
護身術
精霊語
薬草学
基礎治癒術
歴史学
以上のものが一学年の基礎科目となっている。
筆記試験が行われるのは護身術を除く六科目。
俺にとって、算術と精霊語は勉強をしなくてもある程度はどうにかなりそうであったが他の科目はそうもいかない。
例として基礎魔術はその名の通り、基礎の魔術の問題が出される。
魔術を行使するだけならば、俺にとっては非常に簡単な授業である。
しかし、見せてもらった過去問では、基礎魔術という教科書に載っている魔術の詠唱句やその詠唱句の意味を問われる問題が出されていた。
俺にとって魔術はそのスキル名さえ唱えれば発動する。
……無詠唱でも発動するが。
本来魔術を発動するのに必要な詠唱句など俺が憶えているわけがなかった。
何より神様が与えてくれた? 能力のおかげで一度見たスキルは俺の中ではスキル一覧として管理されている。
スキル名とその概要はスキル欄を盗み見すれば解決する。
残念なことに詠唱句は概要に書かれていない。
つまり、基礎魔術の詠唱句は地道に暗記するしかないわけだが……。
(やってられるか!!!!!)
前の世界の記憶がある俺にとっては厨二病全開な詠唱句。
そのような句で何百という数が試験範囲なのだ。
とても憶えられる気がしない。
英単語の方がまだましである。
しかし、今の俺の学校での存在は「十歳で入学した天才児」と皆が認識している。
その期待を裏切るのが怖かった。
試験まで一週間となった今、俺は必死に勉強をしていた。
(何だこの長ったらしい詠唱句は……。
基礎魔術のくせに生意気な!
ああ……薬草学の範囲全然終わってない。
歴史もまずい。
王国の歴史なんて知らないよ。
俺は純日本生まれなんだ。
カタカナみたいな単語を憶えれる気がしない……!)
休憩時間も真面目に開いてなかった教科書の内容を必死に覚えようとしていた。
割と余裕がなかった俺ではあるが、周りから見ると天才児である。
加えて、普段の授業では涼しい顔をして難題を解いている姿がクラスでは定着していた。
「アリスちゃん、ここわからないの!」
「アリスちゃん、ここの問題ってどうやって解くの!」
クラスメイトからやたらと頼りにされるのだ。
友人のエルサも頻度が多い。
……一応、エルサは賄賂として「シャフラート」のチョコを俺に渡していた。
甘いチョコで脳の疲労を回復させながら、学校では俺のわかる範囲でクラスメイトの助けとなっていた。
(図書館にひきこもりたい)
内心げっそりしながらも、本心は外にだせない。
頼まれると断れず、中々自分の勉強が進まない状況に陥っていた。
「?」
ふと、地面が揺れた気がした。
気のせいかと思いながらも顔をあげる。
「どうしたの?」
「いえ、なんか少し揺れた様な?」
アニエスが声を掛けてくれる。
教室では俺以外に揺れを感じたものはいないようだ。
普段通り雑談に皆興じている。
揺れを感じたのは俺の気のせいだったようだ。
アニエスも俺の言葉にクエスチョンマークを浮かべていた。
(うーん、疲れているのかな。
試験まで時間がないけど、今日は早めに寝よ……)
俺はチョコを口に入れながら、今日はせめて基礎魔術のテスト範囲は目を通そうと誓った。
◇
王都の騎士団団長であるエクトル・ベルリオーズは任務である王都の巡回を行っていた。
その日の担当する範囲は王都十六区。
十六区は住宅街が犇めく地区である。
喧噪とは無縁の地区であるが、その日どこからか悲鳴が聞こえてきた。
エクトルは部隊を率いてその悲鳴の地点へと急行した。
「何事か!」
そう発しようとしたが、言葉はいらなかった。
悲鳴の地点から逃げ惑う人々。
喧噪の原因。
そいつは中央にいた。
「総員、かかれ!」
代わりに出た言葉は号令。
牛の頭をもつ化け物。
その手にもつ巨大な斧を振り回し、周囲のものを目にはいるものから破壊している。
(魔物だと!?)
エクトルが見たこともない魔物である。
確かなことは、そいつを野放しにしてはならないということだ。
エクトルの部下の騎士が化け物に殺到する。
が、その巨大な斧により簡単に吹き飛ばされる。
エクトルも魔物へと剣を向ける。
敵の斬撃。
まともには受けない。
紙一重で回避し、魔物の懐へと詰める。
「!」
が、回避したと思った斧が迫る。
エクトルの予想を上回る速さで次の一撃が来た。
回避。
間に合わない。
剣で受ける。
塀まで吹き飛ばされる。
「がは!」
肺の空気が無理やり吐き出される。
狡猾な魔物だ。
怯んだエクトルに、即座に止めの一撃を振りかぶる。
身体を無理やり横へと逃がす。
エクトルがいた場所に斧が振り下ろされる。
間一髪で躱す。
呼吸が整わない。
部下の騎士が魔物の背後を襲う。
後ろに目がついているのか、即座に反応し、振り払われる。
貴重な時間。
その隙は見逃さない。
「穿突双破斬!!!!」
一閃。
エクトルの一撃は魔物の頭を吹き飛ばす。
油断なく、次の一撃にエクトルは備える。
が、頭を失った魔物の体はそのまま地面に崩れ落ちた。
剣を交えたのは一瞬。
だがエクトルの背中は嫌な汗で服が張り付いていた。
判断を少し誤れば目の前の魔物の得物の餌食となっていたのだ。
災厄の戦いへと赴いていないエクトルにとって初めて死が間近に迫る戦いだった。
配下の騎士も魔物を倒した実感よりも未だ何が起こっているのか理解できていないようであった。
そう、王都の中で魔物が現れたのである。
王都は城壁で囲まれており、過去に城内に魔物が出現したという話は聞いたことがない。
考えられるのは――
(何者かが王都内に魔物を持ち込んだのか?)
「このことは緘口令を敷く。
いいな」
エクトルは部下に指示を出していく。
運よく巡回していた近辺で魔物が暴れていたため、王国民への被害はない。
もし今回のようにエクトル達の部隊が近くにいなかった場合、被害は測り知れないものとなっていただろう。
(これで終わればいいが……)
頭部がなくなった魔物を見ながら、エクトルは願った。
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