第三十五話「裏技 1」

  三日に一度のレイとの定時連絡を終え、王都から戻ってきた俺は街を散策することにした。

 一応、サザーランドのお屋敷周辺を散歩していることになっているが、そもそものお屋敷の敷地内だけでも相当広く、俺が外に出ていようがばれないだろうと、行動範囲が段々と広がっていくのは仕方がないことだろう。 

 ……そもそも転移を使って頻繁に王都へ行っているわけなのだから今更な気もする。

 そういえば、サザーランド公が統治する領のその中心地に発展した街の名前を「ウォーレス」ということを、つい最近知った。

 何でもサザーランド家初代の名前からとられた名前だとかいうことを、嫌々ながらも夏休みの課題を消化している王国の歴史を学んでいる最中に見つけたわけだ。 

 課題を自己評価では相当がんばって取り組んでいると思っているのが、今回の課題を提出したところ、レイにはしかめっつらで苦言を呈されながら、なんとかギリギリ及第点というありがたい評価を頂いた。

 ……こっちの世界に来てから一年そこそこのぺーぺーなので、実感のわかない地名やら歴史、魔術形態の課題が如何に俺にとっては難しいかを力説したいところだ。

 なんだか、いつの間にかレイが俺の家庭教師みたいなポジションに収まっている。

 森都のNo.2に直接指導してもらっていると言葉を変えれば、大変名誉なことのようにも聞こえる。

 人によってはお金を払ってでも教えを請いたいと思う者もいるかもしれない。

 俺としては豚に真珠というか、あまりにも初歩的なことにレイを付き合わせているのは少々申し訳ないので、遠回しに「別に付き合ってもらわなくてもいいですよ?」とも言っているのだが、本人曰く「たいしたことではない」と涼しい顔で断られる。

 たいしたことではないのなら、毎回眉間に皺を寄せながら課題の添削をするのを止めて頂きたい限りである。

 そもそもレイが王都に来た目的である、転移陣の復旧作業の方はどうなっているのかと聞いてはみたが、転移陣の構築に必要な素材を輸送するのに時間がかかり、まだ動けないとの回答を得た。

 俺がぱぱっと転移して輸送しようかとも提案してみたが、あまりにも不自然な物資の動きは控えた方がいいと窘められた。

 転移陣構築のお手伝いはまだまだ先になりそうである。

 そんなわけで次のありがたい課題を与えられた俺は、今日くらいは羽を伸ばそうと街に繰り出したわけである。

 街を散策するにあたりちょっとばかし格好は工夫した。

 王都の街で以前アニエスとお揃いの服を買ったお店でお願いして仕立てた服だ。

 ローラから貰った服はひらひらが多いのと、あとどうしてもすぐに育ちのいいとこの子とわかる立派な仕立てばかりで、街の中、今の少女の姿で一人で行動するのはさすがに目立ちすぎる。

 加えて王都の街だけでなく、ここウォーレスでも剣聖アリスの名は伝わっているようで、そのような服を着て堂々と街中を闊歩していれば、どのような状況に陥るかわかったものではない。

 そこで剣聖アリスとばれでもしたら、直近の問題として、無断で屋敷の敷地を勝手に出ていたことがばれ、昼の時間の自由時間にも監視の目が付きかねない。

 そんなわけで今の俺は、まず少女とわからぬよう長い髪をまとめて帽子の中に隠し、仕立て屋には「男の子が着ている服を一着お願いします!」とオーダした服を身に纏っている。

 試みは成功したようで、先程から街をぶらぶらしていても特に注目されることもなく非常に快適だ。

 ウォーレスの街は王都ほどではないが日中賑わっていた。

 道は商人が操る荷馬車が行き来し、軒先に目をやれば商談をしている姿、また商人の傍には雇われ冒険者と思われる姿もちらほら見られた。

 ただ、全体的に見ればやはり冒険者の数は王都に比べれば大分少ない。

 最近の王都の冒険者数が異常なのかもしれないが。

 そんな姿を観察し、どうしても気になってしまい、やってきたのは冒険者ギルド。

 扉を開き中に入る。

 入口付近の冒険者の集団は一瞬こちらを見るが、すぐに興味を失ったようで、視線は外される。

 これがいつもの服装、いつもの姿であれば大変な注目を浴びていたかもしれない。

 冒険者ギルドは様々な依頼を受け入れており、魔物退治や護衛依頼だけでなく、掃除洗濯、ペット探しなんてものもあるのだ。

 そんな依頼を持ってくるのが子供ということは少なくないので、俺もそんな一人と見られたのだろう。

 特に注目を浴びることなく、キョロキョロと周囲を見回し目的の場所を見つける。

 依頼書が張られている壁だ。

 遠目から見ても、昼時も過ぎた時間であるが、まだ多くの依頼書が残っていた。

 王都の依頼書は迷宮特需とでもいうべきか、朝の早い時間に行かないとあらかたの依頼書ははけてしまい、残っているのは旨味の少ない依頼ばかりになってしまう。

 その日暮らしの冒険者にとっては死活問題だ。

 ただ、ここはそうでもないようで、近寄り依頼書の中身を読んでいくと、まだまだ条件の良い依頼が残っているようだ。


(折角だしなんか依頼受けてみようかな)

『……そんなことをしていたら目立ちますよ?』


 軽く吟味しながら、そんなことを考えていたら、最近小姑化しつつあるヘルプに窘められる。


(討伐依頼なら一人で行って、一人で帰ってくるだけだから大丈夫でしょ。おっ、これなんてどうだろう。街から近いし、推奨ランクE)

『はぁ。知りませんよ……』


 やってられるかー!と内心叫びながら行っている夏休みの課題であるが、課題をやっていたおかげで王国内の地名が多少は理解できるようになったおかげで、依頼書に書かれていた地域名から、だいたいどのくらいの位置にあるのかを理解できるようになっていた。

 案外役に立つものである。

 見つけた依頼は魔物の討伐依頼。

 ホーンウルフの群れを村の近くで見かけたので討伐してほしいという内容。

 そして決め手はウォーレスの街近郊ということ。

 依頼料の相場はよくわからないが、冒険者ギルドを通しており適性相場から大きくかけ離れていることはまずない。

 それに今回は稼ぎ目的というわけでもない。

 であれば、暇つぶしに悪くない依頼だ。


(たまには知らない土地へのピクニックも悪くないだろう)

『ピクニック行くには少々、出発時間が遅い気もしますが……、マスターがお決めになったのであれば好きになさればいいでしょう』

(んじゃ決まり)

『同意はしていないのですが……』


 そうと決まれば即行動。

 壁に貼られた依頼書を剥がし、依頼を受注するために受付へと持っていくのであった。

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