第三十四話「初級魔術応用編」

 両手で自身の魔力で染め上げた杖を持ちながらレイの話を聞く。


「アリスは杖の役割を知っているかい?」


 ゲームなどでは杖を装備すれば攻撃力が上がるイメージ。


「魔力を増幅するとかですか?」

「惜しいな。確かに魔力を増幅してくれる杖もあるが、それは特別な杖になるね。正解は少ない魔力で魔術が発動するように手助けをしてくれるのが大きな役割だ。杖の中には、火属性だけに特化した杖といった、ある一つの属性にだけ特化したものも存在する」

「杖を媒介に魔力を通すことで、精霊好みに魔力を変化させるということでしょうか?」

「そうだな。その考えで正しい。さて、魔術を教えると言ったが、限られた時間で教えれることは限られる。さっそく始めよう」


 言いながらレイは顎に手をやり考える仕草。


「しかし、詠唱や魔法陣の構成は一朝一夕でものになるものでもないし、何を教えたものか……。とはいえ、ラフィの指導方針に反するのもあまり良くないだろう。参考までにアリスは今、ラフィからどのような指導を受けているか教えて貰っていいかい?」

「そうですね……」


 ラフィから教えてもらったのは一日だけだが、その時やったことを話す。


「ランタンのような魔道具を使って、流す魔力量を制御する訓練をしていました」

「ふむ」


 俺の言葉を聞いたレイはまたもや考える仕草。


「ラフィはけっこう厳しいのだな」

「そう……なのですか?」

「ああ。アリスくらいの年齢であればあまり必要のない訓練だな。まずは多くの魔力を扱う感覚を身に着け、次にいかに無駄なく効率よく魔力を扱うかという話になっていくのだが。……いや、違うな。先程の杖を破裂させたのを見れば、魔力量は十分。鍛えるべきは制御と思うのも当然か」


 後半は独り言のようにレイはブツブツと。


「では私も魔力制御について教えよう」


 方針が決まったようだ。


「参考までに、アリスの得意属性を教えてもらってもいいかい? 別に言いたくなければ言わなくても良い。ラフィからも聞いてるかもしれないが、得意な属性というものは扱える武器と同義。魔術師としては秘匿しといた方が良い情報でもある」


 これも初耳。

 ラフィから得意な属性を秘匿した方がいいとのアドバイスを貰った覚えはない。


(……結局どの属性も扱えるから俺が誰かに得意属性の話をしても問題ないと思ったのかな)


 忠告を貰わなければ何も悩むことなく、レイの質問に答えていたことだろう。


「……そこまで話して下さるのに、どうして私の得意属性を知りたいのですか?」


 こう思うのは当然であろう。

 ただ、レイの裏の意図を読み取るという意味よりは、属性によって教えてくれる内容が違う、そういった意図があるのかとの確認をこめての質問だ。

 だが、レイからの回答は予想外のものであった。


「なに。単なる私の好奇心だ。だから言わなくても良い」


 探るようにレイの顔を窺うが、その表情から他に意図があるのかを読み取るような特技があるはずもなく、言葉の裏に他の意図があるのかの真偽を確かめる術はない。

 結論として、先程からの短い付き合いであるが、俺はレイに対する警戒心といったものは薄れており、好奇心を充たすくらいの協力を惜しむつもりはなかった。


「得意なのは光です」


 なのであっさりと得意属性を告げる。


「珍しいな」

「そうなのですか?」

「ああ、ちょっと言葉の綾はあるが。魔術師としては光を得意とする者は珍しい。光に適性があるものは神官や治癒術師を志す者が多いからな」

「魔術師には向いていないのでしょうか?」

「いや、そんなことはない。単純に神官は光に適性がないとなれず、治癒術師も光か水に適性がないとなれないため、光属性が得意なものは重宝されるという意味だ」

「そうなのですね」


 今日だけでまた一つ賢くなった。


「因みに私は風、火、水、土に適性がある」

「四属性も! すごいですね」

「聞こえはいいが、実際は器用貧乏なんだがね。私からすれば純度の高い者が羨ましいよ」


 レイは肩を竦めて言う。


「さて、話してばかりでは限られた時間がすぐに終わってしまう。さっそく授業といこうか」

「はい」

「教えるのは簡単な魔力を制御する訓練だ」


 見た方が早いだろう、とレイは右手の上に火球を出現させる。

 

「アリスは初級魔術は?」

「使えます」

「なら、同じように、アリスの場合は光属性の球を生成してくれ」

「はい」


 レイの指示に従い、杖に軽く魔力を流し、光球を目の前に創り出す。


「よろしい。では、よく見ててくれ」


 そう言うと球体だったものが剣の形に変わった。


「別の魔術ですか?」

「いいや、違う。単純にイメージしたものに形を変化させただけだ。より緻密なイメージをハッキリと持つことが出来ればこのようなことも可能だ。ちょっと離れていてくれ」


 レイの言葉に従い二歩、三歩と後退する。

 それを確認すると、先程までは曖昧な剣としての形をしただけであった火剣がより精巧な剣を模る。

 と思うと、新たな火剣が出現。

 二本の剣が出現したかと思うと、右手を離れ、レイの周囲を踊るように展開され、その剣はいつの間にか四本になっていた。

 さらに四本は先程まで火属性のものであったはずなのに、赤、青、茶、緑のものに。

 それぞれの属性、火、水、土、風のものを顕現させたのだろう。

 レイの周囲をくるくると乱舞する。


「おぉ……!」


 幻想的な光景に思わず見入ってしまう。


「気に入ってくれたようで何よりだ。慣れてくれば数も増やせる」


 次の瞬間には無数の剣が頭上に浮かび上がる。


「精巧な剣をイメージする必要はないように思われるが、曖昧なものより明確な存在を知覚させることができるモノのほうが世界に干渉できると私は考えている」


 指揮者のように宙に浮く一本を手に取ると、周囲の剣は幻想であったかのように砕け散る。

 手に取った一本を俺によく見えるように見せてくれる。

 一色で染めあげられていることを除けば、本物の剣と見間違うほどだ。


「これは初級魔術のちょっとした応用であり、明確なイメージ、そしてイメージに沿った適切な魔力量を制御できなければ出来ない技だ。魔力制御の訓練にはうってつけであろう?」


 レイの言葉に鼻息荒く頷き、俺も早速見せてもらった、その現象を再現しようと杖に魔力を込めるのであった。

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