第三十五話「食事会と提案」

 結論から述べてしまえばレイから教わった、初級魔術の応用とでもいう技を俺はうまく扱うことが出来なかった。

 言うは易く行うは難し、という訳だ。

 純粋な魔力を変形させる経験は、空中を浮遊する際に足場形成と同じ要領でやればできると、根拠のない自信を持っていたのだが、その自信は見事に砕け散った。

 球体をなんとなく変形させることは出来るのだが、その先が全然上手くいかない。

 イメージしているつもりであるのだが、現実に反映されない。

 ましてや複数同時に操ることなど、まだまだ先の話になりそうだ。

 魔力の制御が苦手であると自覚していたし、今回レイから教わった魔術を実行するのに俺のチートともとれる固有能力ギフトは全く意味をなさなかったという点も大きい。

 俺の元いた世界には魔力などを扱う経験がなかったのだから、一年とちょっとではそこまで器用に扱えないのは何も不思議ではないだろう。

 というわけで、レイの前では悪戦苦闘している姿を見せることになり、特に能力を隠すことなどせずとも、自分の不器用さを久しぶりに自覚する結果となった。

 因みに杖があるとイメージをより具現化しやすくなるとのことで、杖なしに簡単にやってのけたレイは噂に違わず化物じみた能力の持ち主と見なしていいだろう。

 魔力が枯渇するといった話とは無縁であったが、集中していると時間はすぐに過ぎる。


「今日はこの辺りにしておこう」


 レイの言葉でお開き。

 別に俺が上手く出来ないから見切りをつけた、というわけではない。

 練兵場にエマが来て、アニエス一行が屋敷に戻ったことと、昼食の準備が出来たことを伝えに来てくれたからだ。

 そういうわけで、俺達は屋敷に戻ることになった。

 何度も言うようだが決して俺が不器用というわけではない、うん。

 レイからも呆れる様子は見られず、常時魔術を維持し続けたことを褒められたくらいだ。

 屋敷に戻ると、食卓にはすでにアニエス、ラフィが席に座っていた。

 アニエスが座る椅子の横には、当然のようにいつも通りの微笑みを浮かべたローラが立っている。

 エマは俺達を呼びに来てくれた後は、俺にレイの案内係を任せ、調理場の方へと向かっていった。

 レイが部屋に入ると、アニエスが立ち上がり挨拶する。


「ようこそ、おいで下さいました、レイ様」

「突然お邪魔して申し訳ありません」


 レイは涼し気な笑みを浮かべて一礼。


(ほんと絵になるな……)


 一緒に歩いて来た都合上、レイの横に立っており、何だかこれでは俺がレイの従者のようであった。

 立っているとラフィと目が合う。


 面倒ごとを起こしてないでしょうね?


 と目で訴えてきたので、コクコクと頷いておく。

 そうしている間に、アニエスとレイの簡単な挨拶が終わり一緒に食事をする運びとなる。


(俺はどこに行けばいいのだろう?)

 

 どうしたものかと周囲を見てると、ローラがその様子に気付いた。


「アリスはこちらに」

「はい」


 ローラの横へと移動し、レイも食卓の席につく。

 当然であるが、現在この屋敷で俺の立場はメイドのため、一緒に食卓の席に座るわけにはいかない。

 シンディとフィオナによって並べられていく料理を無心で眺める。

 これが思った以上に苦痛の時間となった。

 先程までは空腹というものを忘れていたのだが、目の前に美味しそうな料理が並ぶとどうしてもお腹が鳴きそうになるのだ。

 配膳が終わり、食事の時間となる。

 会話は和やかに。

 ただレイとラフィの会話は再会を喜ぶ当たり障りのない会話で終わっていた。


(それもそうか。ここにはアニエス姉さんもいるし)


 レイはラフィを訪ねて来たとは言っていたが、お姫様のいる場所で、個人的な話を自由にできるはずもない。

 もし、アニエスとレイだけであれば、王国と森国の今後の話といった外交関連のものになっていたが、今度はラフィが部外者となってしまう。

 簡単な挨拶交じりの世間話が終わると、話題は限られてくる。

 つまり全員の共通になる話題。

 俺だ。

 

「そういえば、レイ様にアリスがお世話になっていたようですけど」

「こちらこそ、勝手にアニエス様のメイドをお借りして申し訳ありません」

「いえいえ。魔術における権威であるレイ様に指導して頂けるなんて、とても名誉なことだと思います。

 ただ、アリスはメイドとして仕えて日が浅く、何か失礼はなかったでしょうか?」


 日が浅くもなにも就職一日目のド新人である。

 アニエスは王国の姫としてより、俺の姉として気にかけている様子であった。


「失礼も何も。幼いのによくできた子ですね。魔術もラフィが弟子にとるのも頷ける才覚の持ち主で、私も彼女の今後の成長が楽しみだ」

「まあ」


 アニエスはレイの言葉に我が事のように喜び、満面の笑みを浮かべる。


「それはよかったですわね、アリス」

 

 席の横に立つ俺へも笑いかけてくれる。

 それを引き金に王国で俺とアニエスが王立学校で同級生であり、同じ寮で過ごしている話。

 俺が魔術だけでなく学業全般で優秀であるというオレ自慢が始まる。

 ただ、その会話の中でも俺が剣聖である話は巧に避けていた。

 ついでに言えば、サザーランドという家名も会話で伏せていたことから、レイに対する自己紹介の時に名乗らなかったのは正解だったようだ。

 そんな妹自慢にレイは嫌な顔一つすることなく耳を傾けており、これが紳士の態度かと、俺も関心して見ていた。

 話が一区切りしたところで食事も一段落した。

 さらにアニエスはいいことを思いついたとばかりに、俺の方を見てくる。


「そうだ。せっかくだからレイ様もアリスの料理を食べてみませんか?」


 と提案したのであった。

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