第二十七話「公爵家の人々 3」

「挨拶はこれくらいにしておこう。荷物は、それだけか?」


 エドガーは俺が肩から掛けている鞄を指さしながら尋ねてくる。


「はい、そうです」


 大事なものは殆ど収納ボックスに入ってはいるが、手ぶらで出掛けるのは何とも落ち着かなかったので筆記用具と学校で使っている教科書は鞄に入れてきたのだ。

 何だかんだラフィの母であるエレナから貰った鞄にはお世話になっている。

「鞄は執事に運ばせよう。それと合わせて食事の前に部屋へ案内した方がいいか?」


 俺ではなくソフィアを見て尋ねる。


「お兄様、離れは少し距離があります。部屋への案内はお食事のあとでよいかと」

「それもそうだな」


 エドガーが机の上に置かれた鈴を鳴らすと、執事がすぐにやってくる。


「オルベルト、アリスの荷物を部屋に運んでくれ」

「かしこまりました」

「ではアリス、下に行くぞ」

「は、はい」


 部屋を出る前にオルベルトと呼ばれていた執事に荷物を預け、エドガー先導で屋敷の廊下を歩く。


「アリス、今日はずっと移動で疲れてないかしら?」


 隣を歩く、ソフィアが話しかけてくれる。


「いえ、私は馬車の中で殆ど寝ておりましたので……」


 ああ、そうだ、俺の為にソフィアが冒険者を護衛に雇ってくれていたことを思い出す。


「……お姉ちゃん、私の為に護衛の方を雇っていただきありがとうございました」

「ふふふ、このくらい可愛い妹の為ですもの。当然のことよ」


 簡単な言葉を交わしはしたが、その後の会話の続け方、加えて歩く廊下の厳粛な雰囲気から私語を慎むべきかと思ってしまい、その後は会話もなく静かに目的地にエドガーの後を歩く。

 そして目的地である食堂へ着く。

 食堂へと繋がる扉の前には当然のようにメイドが立っており、エドガーが入るタイミングに合わせて両サイドの扉が開かれる。

 予想はしていたが、一般的な家庭な食堂であるはずもなく、十数人が座れる長テーブルが置かれた部屋。

 すでに部屋には人がいた。

 エドガーの入室と同時に立ち上がる。


「先に紹介しておこう。妻と息子だ」

「妻のセシリアです。サザーランド家へようこそ、アリス」


 優雅に微笑みをを向けてくれる貴婦人。

 サザーランド家の特徴である白銀の髪がこちらも眩しい。

 あれ、と少し疑問に思う。

 妻であるならばサザーランド家に嫁いだ者であり血縁関係はないはずだ。

 こっちの世界ではよくある髪色かと納得しかけたが、そんなはずはないことに気付く。

 王都で道行く人を見ても、俺の黒髪同様、あまり見かけた記憶がない。

 そこで考えられるのは、彼女はサザーランド家の親戚筋にあたる出身ということだ。

 貴族社会では近い血筋との結婚は普通にあるのかもしれない。

 ……まぁ、そのことについて別に詳しく聞くことはないだろう。


「…………ライアン・サザーランドだ」


 そんなことを考えていると次の声が聞こえてきた。

 あからさまに不機嫌な声音。

 友好的な態度を見せるセシリアとは対照的に、こちらを睨みつけてくる。

 これが大人であったならば委縮したかもしれないが、相手はまだ声変わりしていない少年であったなら微笑ましいものだ。


「息子のライアンだ。君の一つ上にあたる。仲良くしてやってくれ」


 なるほど、俺よりは年上らしい。


「アリスと申します。よろしくお願いします」


 とは言え、実年齢であれば俺の方が上も上。

 余裕の笑みと共に、ライアンに挨拶する。


「……っ!」


 すぐに目を逸らされてしまった。


「アリスはこちらに座ってくれ。今日は君の歓迎も含めている。細かい礼儀は抜きにして、楽にしてくれ」


 俺に用意された席はちょうどライアンの対面。

 隣にはソフィアが座る。

 全員が着席したのを確認すると、オズベルトが合図し食事が始まった。



 ◇


「ふぅ……」

 

 食事は和やかな雰囲気で終わり、案内された部屋でようやく一息つくことができた。

 用意されたのは食事をした屋敷とは別の建物。

 それでも本邸と比べると少し小さいくらいで、庶民の目から見れば豪華な造りだ。

 ここではソフィアが居候として過ごしていると説明を受けた。


「早く、次の婚約者を見つけて出ていってくれ」

「お兄様、ひどいですわ。私はまだ気持ちの整理がついておりませんのに……」


 食事の一幕。

 そしてエドガーは四十歳という年齢対して、ソフィアは二十一歳ということを今日知り、そんな年の離れた妹に兄であるエドガーはどうやら甘々な様子であることも見て取れた。

 どうやら話を聞いていて、さらに驚きだったのは、エドガーの一番上の息子はソフィアよりも年が上ということだ。

 しかもすでに子供もいるみたいなのでソフィアをせっついてるように見えた。

 今日、俺の事を睨んでいたライアンはエドガーの三男坊だったみたいだ。

 サザーランド家の構成について付け加えるのであればリチャードの直系にはもう一人いるようで、今日は仕事の都合で間に合わなかったとか。

 座った椅子から振り返ると、天蓋付きベッドが置かれており、すでにシーツのど真ん中を青が丸くなり占拠していた。

 馬車から執事の手で部屋に移されたのか、自分で飛んできたのかは気になるところだ。

 俺が思うのは寝る時は、せめてシーツのど真ん中からはどいてくれということ。

 扉がコンコンとノックされる。


「はい」


 間髪入れずに返事をする。


「アリス、入るわよ」


 入ってきたのはソフィア、後ろにはメイドを従えていた。

 

「就寝前にお茶はどうかしら?」

「はい、頂きます」


 断る理由もないのでソフィアの言葉を肯定する。


「ありがとう。カリナ、お願い」

「はい! お任せください」


 俺が断るとはそもそも思っていなかったのだろう。

 よく見ると、メイドは台車を押してきており、上には茶器が準備されていた。

 そこで俺はあれ? と首を傾げる。

 ソフィアの指示に従い茶の準備を始めるメイドの姿を目で追う。


「どうかしたの?」


 不思議そうにしていた俺にソフィアが声を掛ける。


「カリナさんってお姉ちゃんが私に会いに来た時に、一緒だった御者の方と同じ名前ですよね?」

「そうよ。……ああ、アリスが何を疑問に思っているかわかったわ。メイドのカリナと御者のカリナは同一人物よ」

「え?」

「お久しぶりですね、アリス様」

「お久しぶりです……?」


 お茶をカップに注ぎながらニコニコと笑みを絶やさないカリナ。

 だが今のカリナと寮で会ったカリナは同一人物に思えない。

 まず、寮であったカリナの髪はもっと短かったと記憶している。

 今のカリナは女性としては短めかもしれないが、それでも男と見間違うことはない長さ。

 外に少し髪が跳ねているショート。

 そんな数日でここまで伸びることはないように思う。

 髪色も、王都でよく見かける茶系統ではあるが以前のカリナよりも今のカリナは髪色が明るく見える。

 それに以前会った時はもっと無表情、悪く言えば冷たい印象を抱いていたが、今日は常に笑みを絶やさずほんわかとした雰囲気を纏っている。


「ふふふ、カリナ。アリスが不思議がってるわよ。種明かしをしてあげれば?」

「はい、では」


 お茶を注ぎ終わったティーカップをソフィアと俺の前に置くとカリナはすっと背筋を伸ばした。


「我が現身を仮初の姿で包みたまえ、《幻惑イリュージョン》」


 魔術だ。

 その効果は『看破』で見るまでもなく明らかである。

 目の前のカリナの姿は以前見た御者のもの。

 ただ、姿が丸ごと変わるわけではなく服はメイド服のままであり、こうやって観察すると身長や容貌が変化したわけではないことがわかった。

 一部、髪色と長さだけが変化していた。

 それだけでも、こうも人というのは印象が変わるのかと感心する。


「剣聖であるアリス様を欺けるのであれば、私の魔術も捨てたものではないですね」

「全然わからなかったです。声も魔術で?」

「いいえ、これは魔術ではなく私の特技といいますか」


 コホンコホンと咳払いをカリナは行う。


「ある程度は真似することができます」


 今度は俺の声を真似しながら、カリナが答える。


「すごいですね……」


 カリナは魔術を解く。


「ふう、やっぱり真面目な顔は疲れます」


 カリナはそういいながらほっぺをもみほぐす。

 無表情は彼女にとっては中々難しく、今の表情が素ということか。


「私も本当は今のカリナの方が好きよ」

「ありがとうございます、お嬢様」


 そんな二人をチラリと伺いながら、情報を調べる。

 ソフィアはレベル二十二、横に立つカリナもレベル二十二。

 どちらも王都の一般的な騎士よりもレベルは上だ。

 公爵家の令嬢に仕えるカリナというメイドも非常に親しみやすそうではあるが、ただのメイドというわけではないのかもしれない。

 王城でも世話になったローラを思い出す。


(この世界のメイドはレベルがないとなれない上級ジョブか何かなのか?)


 もちろんそんな訳はなく、思い浮かべたローラと目の前で和やかに談笑をするカリナが別枠なのだろう。

 ただ、何か他にも実力を隠してませんか? などと面と向かって言えるわけもなく、俺は静かに注いで貰ったお茶を口に運ぶと同時に、現状はそういうものだと呑み込むしかなかった。

 

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