第二十六話「公爵家の人々 2」
最初こそ馬車の窓から外を眺めていたが、あまり変化のない景色、一定の間隔で刻まれる蹄の音と車輪の音、心地よい振動の揺れによりいつの間にやら寝ていた。
ずっと続いていた馬車の揺れが止まったことで意識が浮上。
目を開け、外をみると空が茜色に染まりつつあった。
王都からサザーランド家が直轄する街へは、道中魔物に遭遇や盗賊に襲われるなどといったトラブルもなく、予定通りに、到着したようだ。
街は王都と同じように周囲を壁で囲われており、中に入るための門を通る必要がある。
街中へと入る手続きをするための商人や冒険者が並ぶ列を横に、門を警備する兵と何やらやり取りを交わし、馬車は特別待遇で門をくぐる。
サザーランド領、直轄するお膝元の街は非常に賑わっていた。
中央国家へと向かう幹線でもあり、王都へ最も近い立地ということもあり、街へ寄る者も多いようだ。
王都とはまた違った喧噪が馬車の中まで聞こえてくる。
そんな外の様子を窓に顔をへばりつける勢いで眺めていたら、馬車が停まる。
到着したかな? と早合点し、特に躊躇することなく馬車の扉を開け外に出る。
「うーん」
久々の外。
凝り固まった体に酸素を取り込むために大きく伸びをする。
いくら快適に乗るために作られた馬車とは言え、半日も体を動かせないのはやはりきつい。
伸びをして、さて、ここがサザーランド家のお屋敷かなと思って周囲を見るとやたらと注目されていることに気付く。
(え、なに……?)
改めて馬車が到着した建物を見る。
その建物には、「冒険者ギルド」と書かれた看板が立っていた。
ああ、ここは冒険者ギルド サザーランド領支部といったところかなどと考えていたら、馬車を操っていた御者の人が慌てた様子で近づいてきた。
「あ、アリス様、勝手に降りられては困ります」
「なんで冒険者ギルド?」
御者の言葉に疑問を投げ返す。
「そ、それは本日護衛をしていただいた冒険者の方々の依頼完了を手続きをするためでして」
もう一度周囲を見ると、なるほど、理解した。
俺に注目していたのは皆背中や手に自分たちの
王都を出てからここまで、俺が馬車の中ですやすやと寝ている間も、徒歩で周囲を警戒してくれていた冒険者たちだ。
「あれがアリス様……」
「とても剣を極めているとは思えないが」
「ああ。世間を知らない令嬢にしか見えん」
「バカ、聞こえてたらどうするんだ」
「にしても可愛いな……」
「お前、まさか……?」
「いや、ち、違うぞ。単に子供として、愛でる対象として可愛いという意味でな。他意はない……!」
なんてひそひそ話が耳に入ってくる。
御者の人は丁寧な口調で接してくれてはいるものの、心の中で、はよ馬車に戻れと思っていることがひしひしと伝わってくる。
「あ、えーと」
ここで無言で馬車の中に引き返すのも如何なものかと思った俺はニコリ、となれないつくり笑いを浮かべながら。
「本日は護衛をして頂きありがとうございました」
一礼し、優雅な足取り、余裕のある振る舞いを意識しながら、実のところ脱兎のごとく逃げ出す思いで馬車の中に戻った。
「やらかした……」
青の羽に顔を埋め、青に若干うっとうしそうにされた。
◇
冒険者ギルドでの手続きが終わった馬車は動き出し、再び停まる。
「アリス様、到着しました」
「はい……」
御者が扉を開けてくれるのをまってから、今度は外に出た。
同じ間違いを繰り返しはしない。
冒険者ギルドの場所と違い、周囲に行きかう人々はいない。
恥ずかしさで顔を見られぬよう、もたれかかるように馬車で座っていたため外の景色を見ていなかったが、どうやらここはサザーランド家の私有地の中のようだ。
……もっとも街全体がサザーランド家の私有地のようなものなのかもしれないが。
馬車を降りると、目の前にはお屋敷。
その入り口へと連なる両脇にはお屋敷で仕えていると思われるメイド・執事が並び、一礼。
「アリス様、お待ちしておりました。お疲れのところ申し訳ありませんが、当主からお呼びするように仰せつかっております」
「はい。案内よろしくお願いします」
案内され屋敷の中を無言でついて行く。
目的の部屋に着くと、執事は扉をノックする。
「当主様、アリス様をお連れしました」
「入れ」
返ってきた低い声に応じ、執事が扉を開く。
「お前は下がれ」
「はい、失礼いたします」
部屋の主は執事を下がらせる。
それと入れ替わるように、部屋へと入室する。
実は若干緊張していたが、部屋の隅で見知った人物が笑顔で迎えてくれた者がいたので少し緊張感が和らいだ。
笑顔の主は義姉であるソフィア。
そして部屋の主と対面する。
エドガー・サザーランド。
俺の師であるリチャードの長男であり現サザーランド家の当主、そして義兄にあたる人物だ。
オールバックに整えられた銀髪、眼鏡をかけた奥から見える瞳は見定めるように鋭い。
友好的とは思えない視線を浴びせられ、背中から冷や汗が止まらない。
「お兄様、そのような目つきでアリスを見るのはおやめください。怯えているではありませんか」
「……怯える?」
ソフィアの助け舟で、鋭い視線は外され、エドガーは言っている意味がわからんと首を傾げる。
「ソフィア。このような見た目であはあるが、彼女は我が王国の剣の最高位の使い手だ。
子供ではないのだぞ?」
「はぁ。お兄様、アリスは確かに剣聖という名誉ある称号を持つ者ではありますが、この通り年相応の女の子でしかありません。そのような子に他貴族を相手にするような目で接するのはおやめください」
「そうか……それはすまないことをした」
ソフィアの言葉にやや思案したが、すぐにエドガーは納得し、先程よりも少し和らいだ視線を投げられる。
「改めて、いや、初めましてというべきか。サザーランド家、現当主エドガー・サザーランドだ」
「お、お初にお目にかかります。アリスと申します」
慣れない場。
若干緊張しながら、失礼のないように慣れない挨拶を返す。
「父上に目をつけられるとは災難だったな。歳は離れているが、新たにできた妹を歓迎する」
苦労が刻まれた目尻の皺を和らげながらエドガーは告げるのであった。
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