第五話「新任教師 5」
ザンドロと話していたらあっという間に時間が過ぎていた。
始業開始5分前の鐘の音が聞こえ、俺達は慌ててそれぞれの教室に戻る。
せっかく学校に早く登校したのに、授業に遅れては台無しだ。
よし、頑張るぞーと誓ったやる気は復帰最初の授業で脆くも崩れ去った。
(わからねえ……)
久しぶりに受ける「薬草学」の知識は俺にとって未知の領域に突入していた。
舐めていた。
「薬草学」の先、ポーション製作を森都でラフィのお母さん――エレナさんから教わっていたので、ポーション製作の基礎となる薬草知識はなんとかなるだろうと思っていたが。
知らない知識を勉強せず理解できるはずもなく。
(まずいまずいまずい)
あまり開いていなかった「薬草学」で使用している教科書をパラパラとめくる。
その中身は薬草の特徴やら、どこで採れるといった情報が書かれている植物図鑑のようなものだ。
俺が出席していた過去の授業では、教科書に載っている代表的な植物をピックアップして先生が解説してくれていた記憶がある。
中間テストは有名な薬草と、その薬効、採れる場所などを問われる内容を出題するといっていたはずだ(結局そのテストは受けていないが……)。
その延長線上で、期末テストにおいても植物名と特徴を紐づけて暗記していけばいいと思っていたのだが。
(薬草として使うための処理とか知らないよ……)
ちょうど先生が解説しているのはポーションの材料として有名な「月光草」に関するもの。
授業が進んでいくにつれ教科書に載っていない内容が板書にびっしり書かれていく。
カツカツとチョークで次々書かれる情報に「へ?」と変な声が漏れてしまう。
内容は「月光草」の採取の仕方から、薬として用いるための処理方法。
更に以前憶えたよりも多くの「月光草」の使い道の具体例。
目が回りそうだ。
(ヘルプ……、俺の代わりに憶えてテストで助けてくれ……)
『マスター、ずるは駄目です』
(ヘルプと俺って一心同体みたいなものだし? ずるではないんじゃないかな?)
『駄目です』
(……)
ヘルプの力は頼れない様子。
意外に厳しく、甘やかしてはくれないようだ。
……となると、真面目に覚えるしかないが、今日一日でもかなりの情報量であるが、俺が授業を休んでいる間も同じレベルの授業が繰り返されていたのだ。
頭を抱えていると、一限目の終了時間を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「では今日はここまでです。期末が近いので各自復習しておくように」
先生が出ていくと休憩時間。
教室内では皆授業が終わったことで仲の良い友達で集まったりと雑談に興じる音で満たされる。
(無理。ぜーったい無理!)
過去問でどうにかなるのか? 否だ。
俺は考えた。
だったらもうぶっちゃけちゃえばいいのだ。
頭いいキャラではないのだ。
正直に。
病気で休んでて、今の授業に全然ついていけないんですぅと先手を打っておこう。
『マスター、あざといです……』
(生きていくための処世術といってくれ!)
幸いな事にこれを俺の元の姿でやったら「なんだこいつ」と思われるかもしれないが、今の姿でならいける。
一番手頃な――隣の席に集まっている男子3名の集団をロックオン。
『マスターと会話すると親衛隊とやらが彼らを放っておかないのでは?』
(頼んでないし。知らない関係ない)
さっそく行動に移す。
席を立ちあがり、一番近くの子へ。
「ねえねえ」
「ひゃっ、はぁ、ひゃい!」
声を掛けた男子生徒は驚いた声を上げる。
ちょっと声を掛けただけだというのに、教室が一瞬で静寂に充ちる。
男子生徒と会話していた、その友達も、そして周囲もぎょっとした様子でこちらに注目している。
そんな反応をしなくとも……。
(何か珍獣にでもなった気分だ……)
「な、何でしょうか。け、剣聖様! ぼ、僕に何か用でしょうか?」
ついさっきまでは友達と和やかに会話していたその子は緊張した様子で声もすごく上擦っている。
確か何処かの子爵家の長男とかだった気がする。
(いや、男爵家だったか? そもそも次男?)
同級生の名前と顔、全然覚えていません。はい。
普段はアニエスバリアが発動しているので、中々クラスメイトと交流を持つことがなかったので仕方がないと言い訳をしておく。
さて、やたらと緊張しまくっている可哀そうな同級生に向けて、俺は口を開く。
「私、ここ一ヵ月授業をお休みしてまして……。今の授業に全然ついていけませんでした」
「そ、それは病気だったからね。し、仕方ないよ」
しゅんと項垂れる演技と共に。
ここに本来の俺をしっているアレクが居たら爆笑していたかもしれないが、ここにその姿を知る者はいない。
「それでわからないところが沢山あるんです、教えてはくれませんか?」
ウルウルと祈るような仕草でお願いしてみる。
丁度いいことに教室中が俺の会話に注目している。
これで俺が例え期末テストで悪い点を取ったとしても「病気で学校を休んでいたら仕方がない」と思われる完璧な作戦。
中でヘルプが溜息をついているような気もするが気にしたら負けだ。
その俺の願いに男子生徒は意を決したように口を開く。
「ぼ、僕でよければ力に――」
何かを言い終わる前に。
「アリスさん、駄目――!」
ずざっと男子生徒を突き飛ばすような形で人が割り込んできた。
あまり会話したことのないグループの女生徒達だ。
その集団のボスと思われる、クルクルにまわした如何にも「お嬢様」とでも表現すべき女生徒が眉を吊り上げ俺の前にずいっと顔を寄せ、口を開く。
ちょっと媚びすぎたか。
何だか怒られるような気配を察知する。
「アリスさん、駄目ですわ! あなたのような身分の女性が下々の男子生徒に軽々しく声を掛けるなんて!」
「あ、あれ……?」
何か身構えていたのと違う方向で怒られる。
取り巻きの女子達も、女生徒の言葉に口々に同意。
「そうですわ」「あなた、いつまでそこにいるの。どきないさい」
「お、おお……」
俺が声を掛けた男子生徒はあわれ、追い払われる。
すまんと心の中で謝罪。
「やはりアニエスさんがいないときも、アリスさんを守るべき者が近くにいないといけませんね」
俺が祈るような仕草をしていた手を両手で握られる。
「アリスさん、分からないところであれば私達がお教えします。お任せください」
「そ、それは助かります。学校を休んでいたもので全然わからなくて……」
何だか勢いに負けて取り敢えずお願いする。
男子生徒の方が話しやすいとも思ったが、正直教えてくれるのであれば誰でもいい。
「ええ、お任せください」
ニコリと微笑んむ女生徒。
相変わらず名前はわからないが使命感に燃えている様子だ。
その取り巻きも。
「私達にまかせて」「どこがわからない?」「要点であればお任せください」
そして、いつの間にひょっこりと俺の横をエルサが陣取っていた。
「いや~、アリスちゃんモテモテだね。これはアニエス拗ねそうだなー」
どこか楽しそうな口調で、そして他人事のように言うのであった。
◇
ちょっと軽い感じの作戦であったが、なんだか熱心に、そして親身にクラスメイトの女生徒の方々に教えてもらい、放課後お茶会という名の勉強会にも招待された。
流石に先程の流れでは断りにくく、参加を了承。
そして参加を了承したところで、次の授業の開始時間を知らせる鐘が聞こえてきたので、各々の席にもどった。
女生徒のリーダ格っぽい子の名前はメリッサ・ラーゼフォードという名前のようだ。
これはこっそりとエルサが教えてくれた情報。
「えーっと、お名前なんでしたっけ?」と聞けず困っていたので助かった。
(ありがとうエルサ……!)
さて、今から始まる授業はまたまた俺にとっての鬼門教科の一つ、「基礎魔術」だ。
ただ、先程のメリッサとの会話でどうやらこの授業、俺が学校を休んでいる間に先生が家の都合で急遽教師職を辞したとのことで現在は手が空いている先生が代わる代わる授業を行っているのだとか。
メリッサさんはその学校運営の姿に大層お怒りの様子で「王国の未来を私達が担うというのに、そのような適当な対応では納得いきませんわ!」と。
あと「基礎魔術」で習うような基本呪文は全部覚えており、時間の無駄。
早く2学年で行う実践形式の魔術授業を行いたいとボヤいており、「アリスさんもそうは思いませんこと?」同意を求められ、「はは、そうですね」と乾いた笑みと共に、主に後半にだけ同意した。
さて鐘が鳴り終わり、教室の扉が開かれる。
そこから現れた人物に教室では驚きの声が聞こえてきた。
入ってきたのは二人。
一人は皆が知っている人物、片眼鏡を掛けた赤髪の女性。
この学校の長であるハンナ・ルシャールだ。
その後ろを長身の男性が続く。
入ってきてから、教壇へと向かう中、あちらこちらでヒソヒソと会話が行き交う。
理由は彼が見知らぬ者であったからか。
きっとそれだけではないであろう。
何よりその人物は特徴的な耳をしていた。
長耳族の証。
そしてきっと目を惹くような美男子であったことも付け加えておくべきか。
だがそれらとは違う理由で俺も驚く。
その人物を俺は知っていたからだ。
「えっ、レイ? 何で?」
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