第四話「新任教師 4」
「いいかい、君はもう少し自身の立場を理解すべきだ」
「はい……」
ちょっと知っている顔を見つけ、そういえば剣舞祭のお礼を言っていなかったことを思い出し、声を掛けたザンドロに俺は説教を受けていた。
滔々と、今や王国の話題の人物が僕みたいな一生徒に婚約も結んでいない女性がむやみに男性に話しかけてはならないと。
「アリスの一挙手一投足を誰もが注目している。そこで僕のような生徒に声を掛けたらどう思われると思う?」
「……学校中の噂になると思います」
「その通りだ。それは僕も君も本意ではないだろう?」
ザンドロの言わんとすることはわからなくはない。
あることないことを噂されるのは気持ちいいものではないが、周囲の目を気にして俺自身の行動が制約されるのは、それはそれで腹立たしい。
「まぁ、私は勝手に周囲に言わせておけばいいと思いますけどね」
結論、言わせておけばいい。
「それは僕が困るのだが……」
「何に困るんですか」
「……多分だけど、アリスは自身の人気に無自覚だよね?」
首を傾げる。
自身に人気があるという言葉に疑問を持ったわけではない。
ザンドロの言っている意味を理解しており、無自覚といことはないという意味だ。
流石の俺も、剣聖になった直後に登校した時の記憶はまだ新しい。
今まで話したこともない生徒が次から次へと押し寄せて来た。
自惚れではなく、確かに自身の今の立ち位置は学校の――自分で言うのも恥ずかしいが――人気者と見てよいだろう。
「そんなことはないですよ。剣聖になったことで周囲の見る目が変わったこと、一応これでも公爵家の養女ですから。結婚相手としても私が人気あることはちゃんと理解してますよ」
そのくらい分かっているとザンドロに言ってやるが、それを聞いたザンドロは「やっぱりわかっていない……」と肩をガックシ落とす。
(あ、あれ……?)
予想外の反応に戸惑う。
何か間違っただろうか。
「いいかいアリス。君はその――容姿も優れていて、その、僕から見ても端的に言って……」
「端的に言って?」
途中までは先輩らしい威厳のある様子であったのに、途端にしどろもどろな発言。
ザンドロの頬はやや紅潮していた。
「か、可愛いと思うから……!」
「ほぉ」
男に可愛いと思われても何も嬉しくないが、先程まで立場が逆転したのが少し面白いと思ってしまい、ザンドロの様子を俺はニヤニヤと見てしまう。
「ともかく! アリスは学校で身分関係なく人気があるんだ! 君が休んでいる間に親衛隊みたいなのができて、アリスが療養から戻ってきた時に近づく輩がいたら容赦なく天誅を下すと息巻いているんだ!」
それに巻き込まれるのはごめんこうむりたいと必死な表情のザンドロ。
一方の俺はザンドロの言葉で、今日何故か様々な生徒に避けられているのかを理解した。
「……なに、その迷惑な集団?」
頼んでない。
「彼らからしたら君の為を思ってやっているつもりなんだろうけどね。アリスは周囲にどんな子と思われているか知っているかい?」
「……参考までに。私は周囲からどう思われているのですか?」
「病弱のお姫様」
「…………」
病弱は校長の適当な理由のせい。
俺もいいように、病弱設定を利用させてもらっているから周囲にそういった認識をされるのは致し方ない。
「でも実際のアリスを見ていると、とても病気を患ってるようには見えないけどね」
「いえいえ……」
「そんな子は学校をサボって街中を歩き回ったりしないよ。今回も療養というのは嘘で、どこかに出掛けていたんじゃないかな?」
「違います」
「……」
ザンドロの疑問を間髪入れず否定。
完璧な嘘回答、と改心の出来だと我ながら思う。
しかし、先程若干からかったことに対する意匠返しのつもりか、俺の答えを聞いたザンドロは笑みを浮かべ、視線は俺を捕えて放さない。
視線を外すことが許されず。
つい、その視線に耐え切れなくなり、すっと俺は視線を外してしまう。
「アリスは嘘が苦手だね」
ザンドロには学校をサボっていたことなどお見通しのようであった。
開き直ることにする。
(ああ、そうだ。別に俺はこの学校でいい子ちゃんに見られたいわけではないしな)
だがザンドロにそのことを責める様子は見られない。
俺の様子を笑いながら見ていた。
「ええ、そうですよ。思っていた以上に色んな人がわーっとくるものなのでほとぼりが冷めるまで休んでいただけです。この通り身体は健康そのもの。何なら今からダンジョンにだって潜れますよ」
「そんなとこだろうと思ったよ。あぁ、安心してくれ。アリスがただ学校をサボっているだけだなんて誰にも言わないから。まぁ、僕も今日ここで話すまではもうちょっとお淑やかな女の子かと思っていたよ」
「見ての通りの性格なので。幻滅しましたか?」
「うーん、思ったよりも親しみやすくて驚いてる。僕は本来、女性と話すのが苦手な性格なんだけど、何故だかアリスとは普通に話せるね」
「先輩、私を口説いてます?」
「まさか。僕は卒業するまで平穏な学校生活を送りたいんだ。勘弁してくれ」
少しからかってみたが、先程のように顔を赤くするといったリアクションは見れず。
本当にお断りといった様子であった。
さて、俺も実を言うと、同学年の人と比べてもザンドロとはすごく話やすい。
……同学年とは言え、実年齢は俺よりも下、現在の姿では年上ということもあり距離感を掴みにくいのだ。
それと比較してザンドロには俺の本性も既にバレており、加えて実際の年齢と近いこともあり話やすいのだ。
まぁ、でもここでザンドロに話し掛けて正解だったと思う。
何も分からないまま、色々な生徒に避けられているのは辛いものがある。
モヤモヤしたものが一つ解決。
「あ、そういえば先輩」
「何だい?」
ここで俺はもう一つのモヤモヤを解消するべき交渉を開始する。
「期末テストの過去問持っていませんか!? 貸してください」
手を合わせてお願いする。
もうサボリ魔アリスということがばれているのだ。
今更、恥も外聞もない。
「学校さぼってて、全然テストができるきがしないんです!」
「アリス……、テストは日頃の勉強の成果を確認する機会なんだ。過去問をやるのはいいことだが、最初からそれに頼るのはよくないよ?」
真面目ちゃんが、と心の中で呟きながらも。
「時間がもうないんです! 次はちゃんと勉強しますから! お願いします!」
「……何だか今日一日でアリスのイメージ像が崩れていくよ」
「お願いします、先輩!」
こっちも必死なのだ。
簡単にうん、と頷いてくれない先輩に俺は。
「じゃあ、先輩の教室に毎日押しかけます」
ザンドロの顔が引き攣る。
今の言葉は相当効いたようだ。
「それはやめてくれ……っ!」
こうして俺は過去問を貰う約束をザンドロと交わした。
いい先輩に出会えたことを神様に感謝しよう。
『マスター、悪女ですね』
(大丈夫、俺は男だから。悪女にはなれない)
ヘルプのやや冷たい言葉を聞きながらも俺は心の中でガッツポーズを決めるのであった。
……まぁ、過去問を手に入れてもここから必死に勉強しないといけないんだけどね。
トホホ。
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