第五十話「姫様のお願い」

 着せ替え人形という役に、半ば諦めた心境で従事しながら、俺はこの後行われる「面会」とは一体誰とのものなのかを想像する。

 因みにラフィはこの後の面会に参加しない。

 曰く「王国のことだから。私は無関係」

 結論わからない。

 ただ、王都を逃げ出すようにしてきた経緯から、自惚れではなく、事実として剣聖としてのアリス・サザーランドと会いたいものは多いということは理解できた。

 それなりに一緒の生活をしているアニエスからは剣聖としての俺を担ぎ上げようと言った魂胆は見えないが、エルドン伯爵にはそのような思惑があってもおかしくない。


(ひっそりと生きたいんだがな……)


 召喚され、功績により勇者勇者と持て囃されはしたものの、知らない人の前に出るという経験には乏しい。

 出たところで俺は特に何も出来ないとは思うが、アニエスとローラの強い推薦を拒否することは叶わず。 

 ラフィに忠告されたことは理解していても、俺には上手に立ち回る術がわからず、結局流れに身を任せるしかないのであった。

 アニエスとローラがああでもないこうでもないと相談しながら、ようやく本日の服が決まった。

 なお、アニエスの着替えの方はローラが手伝い数分で終わり、髪のセットもさほど時間がかからず終わった。

 髪のセットはローラではなく、久しぶりにアニエスの手により行われた。

 一国のお姫様に何をやらせているんだろう、という言葉は胸にしまっておく。

 すべての準備が整ったタイミングで、エルドン伯爵が入室する。


「準備はよろしいですかな?」

「はい。お待たせしました」


 何か段取りとか、そういったものを期待していたが、アニエスとの短いやりとりを終えると、エルドン伯爵に付き従い階段を降り、応接間へと向かうことになった。

 情報なし、ぶっつけ本番。

 チラリとローラを見るが、いつも通り微笑んでいるだけであった。

 まずは屋敷の主人であるエルドン伯爵が入室。


「本日はお忙しい中、こうして招待に応じてくれたこと、誠に感謝します」


 続いて俺。

 一体誰がいるのやら、ビックリ箱を開ける思いで、おっかなびっくりと中へと踏み入れる。

 中に入り、チラリと面会相手の顔を拝み、俺はほっと安堵した。

 面会相手が知っている人であったことと、そして無事であったことに。

 そんなことを考えていたせいか、部屋に入り、エルドン伯爵の隣に並び、俺は仕事を終えた気になっていた。

 つまり、終始無言。

 多分、いや間違いなく、ここで名乗るべきだったはず。


(あっやば)


 と思ったときには既に遅い。

 完全に口を開くタイミングを逃し、続いてアニエスが部屋に入ってきていた。

 俺に出来ることは、内心の焦りが伝わらぬよう、しれっと無表情を装うことくらいである。


「お初にお目にかかります。アルベール王国、第一王女、アニエス・アルベールと申します」


 知らないアニエスがそこにはいた。

 決して高圧的な声ではない、にもかかわらず場を支配する空気。

 先程まで俺の服がああでもないこうでもないと意見していた少女とは別人のようであった。

 アニエスの発言に、面会相手――隊商の面々は目を丸くする。

 反応からして、この場にアニエスが現れることは知らされていなかったのだろう。

 王国のお姫様が突然現れたのだ、心中を察する。

 エルドン伯爵はアニエスが名乗ると、即座に片膝をつき、忠誠を示す。

 遅れて隊商の面々も慌てて席を立ち、片膝をつく。


(なんて考えてる場合じゃない!)


 日本人らしく、俺も皆に倣い、同じ仕草をしようとしたタイミングで、


「楽にして下さい、無理をいって急遽私も同席させていただいたのですから」


 微笑み、着席するように勧めた。

 同時に、上座に置かれた椅子にアニエスは着席する。

 アニエスの横にはもう一つ席が用意されており、てっきりエルドン伯爵が座るものと考えていたが、


「ほら、アリスも座って」


 どうやら俺の席であるらしい。

 手招きし、アニエスの横の椅子をポンポンと叩き、着席を促される。


(そこに座っていいのか……?)


 と若干の疑問は残しつつも、お姫様のお言葉だ。

 その言葉に俺は大人しく従う。

 俺が座ったのを合図にしたかのように、隊商の面々もそれぞれ席に座り直した。


「さて、此度は皆様が直面した災難に関してわたくしも聞き及んでおります。まずは無事でなによりです」


 アニエスの言葉を受け、隊商を代表してテオが発言する。


「姫様の、望外なお心遣いを賜りありがとうございます」


 テオの言葉に、アニエスは頷き、言葉を続ける。


「王国としても、国の脅威となる存在を見過ごすことはできません。

 申し訳ありませんが、こうしてお時間を頂き、事の子細をお聞きする時間を設けさせていただきました。

 あとはエルドン伯爵、お願いしますね」

「承りました」


 その後はエルドン伯爵の進行により、各冒険者から話を聞いていく。

 ようやく俺は、この集まりが何の目的であったかを理解する。

 山中に出現した謎の脅威に関する情報収集だ。

 王国にとっては不死の王に始まり、王都での騒動、さらに今回の事件は頭が痛いことだろう。

 しかも今回の事件は根本的な解決が成されていない。

 一体あの魔物はどこから現れたのか?

 そして、今回の事件に関しては緘口令が敷かれていたことを俺は初めて知る。

 それも当然であろう。

 物理攻撃が通じない魔物が王国に出現する。

 この情報は「そんな魔物が出現するんだな」で終わるわけがない。

 例えば大きな商会は道中の魔物や賊対策に護衛を雇うが、多くは剣士職といった物理に頼った職。

 魔術師は希少なのだ。

 謎の魔物に備えるのであれば、魔術師を雇わざるを得ない。

 しかし、すべての商会が常に魔術師の数を揃えるのは困難。

 それに実力のある冒険者魔術師は、護衛任務を行うより迷宮に潜ったほうが稼ぎがいいのだ。

 となれば、多くの商会はこう考えるだろう。

 リスクのある王国との交易は控えようと。

 この情報が広まれば、王国への経済に影を落とすことになる。

 それに、今は転移陣も暫くは復旧できないため、王国を訪れる人の足にも影響がでる。

 ただ、いくら緘口令を敷いても人の口というものは案外軽いもの。

 そこに重しをつけるために同席しているのがアニエスという存在であろうと、政治に疎い俺でも何となくは察することができた。

 わざわざ王国のお姫様が同席し、控えめな「口外するな」との意図のお願いは、楔としての効果は十分であろう。

 テオが所属するフェレール商会は王国を拠点に活動しており、当然王国に対して悪い印象を持たれたくないのは当然。

 冒険者は王国に所属しているわけではないが、一個人として国に睨まれるのはデメリットでしかなく、こちらも積極的にお願いを反故にすることはないと思われた。

 ……もちろん、それでも100%皆が口を堅く閉ざす保証はどこにもないので、きっと暫くの間王国の監視の目がつくのも予想できる。

 俺が黙って見守る中、どのような魔物であったか、各冒険者が戦った所感が述べられていく。

 ここにいるのは一流の冒険者。

 今後もし、同じ魔物が出現した際に、王国にとっても有益な情報になるだろう。

 こうして隊商の面々との再会と、面会は俺が一言も発することなく無事終わった。

 

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