第四十九話「出頭という名の招待状」
「おーい、エリーヌ。そろそろ時間だぞ」
扉の外から呼ぶ声がする。
「も、もう少し待ってください!」
フェレール商会が手配してくれた宿は、いつもより少し豪勢で快適な時間を過ごせた。
安宿には設置されていない鏡も設置されている。
その鏡と私は現在睨めっこ。
……朝起きてからずっとだ。
服の確認、すぐにくるっとなる天然な髪の位置をああでもない、こうでもないと格闘していた。
「まだかー?」
扉の外からは甘味同盟のリーダであるベルンハルトの声が何度も聞こえてくる。
「もう少し!」
「ピー!」
チョコは頭上で今日もご機嫌に旋回している。
(うう、なんで横に跳ねるかな)
横へと自己主張をする髪をなんとか押さえつけようとする。
ドンっと扉を大きく放たれる音がした。
音に驚き鏡から目を離し入口へと目をやる。
「エリーヌ時間よ!」
「はい、連行」
元気よく乗り込んできたのは双子の姉妹、ミーシャとサーシャだ。
普段と変わらない革製の防具を身に纏っている。
一方の私は、今日は動きやすさ、そして見栄えを意識した服。
「もう少しだけ……」
双子が乗り込んできたということは、私が連行されるのも時間の問題、とわかっていながらも軽い抵抗。
慌てて鏡に目を戻し、髪を微調整していく。
すぐに私の予想通り、双子に両脇をロックされた。
「はい、エリーヌ行くよ」
「大丈夫。可愛い可愛い」
「もう少し~!」
「ピー!」
抵抗虚しく、ずるずると部屋の外に引きずり出された。
「はい、ハルト任務完了っ……ぶっ」
突然サーシャが噴き出す。
何だろうと思って、私も顔を上げ、ベルンハルトと目が合う。
そして私も思わず噴き出しそうになった。
何とか堪え、普段通りに挨拶を試みた。
「お、おはようございます」
「おう」
ベルンハルトは今まで見たことがない装いをしていた。
冒険者稼業、服は消耗品。
防具に金はかけるが、余程の稼ぎ、または好きでもない限りは服の選択は耐久性を重視。
今日のベルンハルトは精一杯おしゃれをした格好。
黒を基調とし、仕立て上げとわかる、皺ひとつない服である。
双子は笑いを堪えず、爆笑していた。
似合っていないというわけではない。
普段のがさつなベルンハルトの一面を知らなければ非常によく似合っている。
ただ、どうしても普段の付き合いが長い私達にとっては、見慣れない恰好であり、格好つけもここに極まったかと思い、つい笑みが零れてしまうのだ。
本人も自覚しているのか、やや気恥ずかしそうであった。
「馬車もすでに来てる。行くぞ」
「は、はい」
双子の笑い声は、私達が宿を出て、馬車に乗るまで続いた。
◇
「ああ、くっそ。あいつら思いっきり笑いやがって。
似合ってないのは自覚してるんだよ!」
馬車に揺られながら、ベルンハルトは愚痴る。
決して似合っていないわけではないというわけではないのだが、私は困ったような曖昧な笑みを浮かる。
現在、馬車には私とベルンハルトの二人だけ。
ミーシャとサーシャは宿で留守番。
普段はずっと一緒のチョコも双子に預かってもらっている。
勿論二人で私的なお出掛け、というわけではない。
冒険者の移動は自身の足。
馬車に私的に乗ることなどまずない。
そんなことを考えていると、何故私が今、馬車に乗っているのかという理由を思い出し、背筋が伸びる。
先程までは忘れていたのに。
何だかんだ、明るい双子の笑いで意識が逸れていた。
「うう、緊張してきました」
思わず声に漏れる。
面倒見のいいミーシャとサーシャのことだ。
今考えると意図的に、私の意識が逸れるように送り出してくれたのかもしれない。
「別に悪い事をして呼び出されたわけではないのだから、そう緊張すんな。
適当に立って、適当に相槌を打ってりゃ終わる」
「ハルトさんは過去に今回のような経験が」
「ない」
「そうですか……」
不安だ。
私達は何処に向かっているのか。
答えは単純。
貴族様のお屋敷に向かっている。
具体的には王国貴族、エルドン伯爵のお屋敷。
武勲を上げ、甘味同盟というチームの名がエルドン伯爵の耳にとまった……というわけではない。
それに呼ばれたのは私達、甘味同盟の面々だけではない。
王国から共和国にフェレール商会の護衛任務として参加してチームも一緒。
おとといのことだったか。
隊商のリーダであるテオドールより、エルドン伯爵からの招待状が届いたとの話があった。
ただのパーティへの招待なら少しは胸が躍ったかもしれない。
しかし、その話を聞いて、浮かれる者はだれ一人としていなかった。
皆、思い当たる節があったからだ。
それは共和国に向かう道中で起きた、霧の中の襲撃者。
英雄の一人であるラフィと、アリス――後に剣聖であったことを知ったが、二人の活躍により私達は難を逃れた。
その後、再び襲われる恐れがゼロではない為、交替しながら夜も休むことなく山を抜け、共和国の国境線でもあるミルナ川まで移動した。
ミルナ川を渡る橋には検問所があり、王国の騎士が常駐している。
テオドールが事情を説明する前に、山中で何が起きたのかをすでに騎士団は把握していた。
流石は国の情報網。
同時に、ラフィとアリスは無事であるということも知り、二人の安否が気がかりであった為ほっとした。
そして騎士団から隊商の面々には、山中で遭ったことに関して緘口令をしかれた。
共和国の首都に着いた後、詳しい事情を聴く機会を設けるというおまけ付きで。
だから、招待状が届いたとの話は、私達にとっては出頭命令と同義であったわけだ。
「各チーム代表者と、一名までの帯同を許すとのことだ。
申し訳ないが国からの招待、参加してもらいたい」
テオドールからの話を受け、私達、甘味同盟からは誰が行くかとの話になり、いつの間にか私が帯同することになっていた。
チームの代表であるベルンハルトは参加決定。
残りの一人。
双子は、
「服がない」
と拒否。
買えばいいのに。
フロストは、
「ふむ。男二人というのも華がないでしょう」
と拒否。
「……ハルトさん一人でもいいのでは?」
と私の意見は、
「駄目よ! こいつ一人じゃ心配!」
「ハルト一人じゃ甘味同盟の評判が落ちる」
「滅多にない機会ですし、よい経験になると思いますよ」
と、私が参加することになってしまった。
こうして今日に至る。
あれこれ考えているうちに馬車は目的の場所へと着いた。
執事の先導の元、敷居を跨ぎ、実家とは違う豪華な内装に圧倒されながら応接間へと案内された。
応接間には見知った人がすでに座っていた。
今回の隊商リーダであり、フェレール商会の次期会長と噂されるテオドール。
甘味同盟と同じくチームで護衛任務を引き受けた華月騎士団からはリーダのクララ、そして治癒術師の、名前は確かレーヴィナといったはずだ。
王国でも有名なチームなので、こういった貴族の呼び出しにも慣れているのだろう。
恰好も華がありつつ主張しすぎないものとなっていた。
そしてチームではなく単独で参加したレーレ。
こちらは自然体、防具などは身に着けていないだけで、普段から着ていると思われる格好。
貴族の呼び出しだからといっても特段おしゃれをするといったことはしていない。
果たしてそれが良いのか悪いのか、私には判断がつかないけど、私も中途半端におしゃれするくらいなら普段通りにすればよかったと後悔した。
もう遅いが。
執事に進められるがままに、応接間の一角の席に着席するよう促される。
(きっとこの一脚だけでも相当なお値段がするんだろうな……)
汚さないように、細心の注意を払いつつおっかなびっくりに着席した。
ベルンハルトは私と違い、積極的に他のチームの面々と会話を始めた。
(やっぱり私いなくてもいいと思うけどな……)
双子はベルンハルトのことを何故か信頼していないが、こと冒険者同士の交流について、うちのリーダは優秀であると私は思っている。
全員が揃ったことを確認し、執事が「間もなく主が参ります」と告げた。
程なくして扉より、燕尾服を身に纏った男性が入室する。
この人がエルドン伯爵なのだろう。
「本日はお忙しい中、こうして招待に応じてくれたこと、誠に感謝します」
貴族、というと上から目線で威圧的に物事を言い放ってくるかと偏見を抱いていたが、予想外に丁寧な口調で私達を歓迎すると挨拶する。
「さて、本題に入る前にもうお二方、同席して頂きたいと思います」
エルドン伯爵の言葉を合図にまず一人入室する。
それは私もよく知る人物であった。
(アリスちゃん!)
声に出しそうになったのを、慌てて口で押えた。
無事とは聞いていたが、姿を見て再度ほっとする。
隊商で過ごしていた時の恰好と異なる装い。
青を基調としたジャケットに白いスカート。
首元から胸元にかけて白いフリルが配置されている。
剣聖アリス・サザーランド。
幼くはあるが、この姿をみて王国最強の剣であることに疑いを抱く者はいないだろう。
一緒に会話していた時にはなかった凛とした空気を纏っていた。
住む世界の違う人。
それが少し寂しくも感じた。
アリスは無言で入室し、エルドン伯爵の横に立つ。
(アリスちゃんということは、もう一人はラフィ様かな)
何とはな無しにそう思った。
きっとこの場にいた隊商の面々は私と同じことを考えていただろう。
だが、違った。
次に入ってきたのは少女であった。
白いドレスを身に纏い、優雅な歩みで中へと入ってくる。
年齢はアリスよりは年上であろうが、まだ幼い。
一体誰なんだろう。
その疑問には少女の口から答えを告げられる。
「お初にお目にかかります。
アルベール王国、第一王女、アニエス・アルベールと申します」
そう挨拶すると、アニエスと名乗る少女は優雅に微笑んだ。
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