第四十八話「この後の予定は」

 身支度を終えた俺は朝食に向かうことにする。

 因みに青は何処にいるのかと思ったら、部屋の窓際にある机で丸くなり気持ちよさそうに眠っていた。

 机の上にはクッションが引かれており、俺が暮らしている寮よりいい待遇で過ごしているみたいだ。

 ローラの案内で、部屋を出て階段を降りる。

 階下は玄関ホールとなっていた。

 玄関ホールに連なる扉の一つを開き、ローラが中に入るよう促し、俺は従う。

 そこはダイニングルームであった。

 中央には十人ほどが囲める大きなテーブルが置かれており、その一番奥に俺もよく知る人物がすでに着席していた。

 上座にはアニエスが座り、そわそわとした様子であったが、俺が部屋に姿を見せると同時にパッと笑顔の花を咲かせ、立ち上がり俺の方へと駆け寄ってきた。


「アリス! こっちよ」


 俺は手を引かれ、アニエスが座る席に一番近い脇に案内された。

 座った席の正面には、すでにラフィが座っていた。


「ラフィ、おはよう」

「ん」


 と短い言葉のみを発し、続きが念話により送られてきた。


『ナオキ、目を覚ましたんだ。無事でよかった』

『うん。ラフィも元気そう……ではないか』


 よく見ると若干ラフィもお疲れ気味の様子。


『流石にあれだけ魔術を行使したら、魔力が回復しきらない』

『俺は魔力使い切っても、一晩寝たら割とすっきりするんだが、今日はどうも調子が上がらんな。

 なんか身体が重い感覚が抜けん』


 ラフィがジト目で俺を見る。


『それは今までのナオキがおかしいだけ。

 魔力が枯渇するほどの魔術を行使したら普通、1週間くらいは疲れが残る』


 筋肉痛みたいなものか。


(でも、これまでこんな感覚なかったんだがな。あれか、今まではこの幼い身体ゆえに、回復が早かったとか?)


 一日で魔力が回復しきらないのは歳をとったということなのかもしれない。

 声に出しそうになった俺の思考を読んだかのようなラフィが発言する。


『……何か失礼なことを考えてない?』 

『いや、何も』


 歳をとったなんてうっかり発言をしていたらラフィの杖で叩かれていたに違いない。

 危ない危ない。

 まぁ、この身体とはまだ数か月の付き合いであるが、成長期に入ってもおかしくないのに、目線は一向に変わらず、成長は一向に感じられない。

 ご飯は程よく食べ、割とよく寝ているんだがな。


「さぁ、アリスも来たことですし、食事にしましょう!」


 アニエスの言葉を合図に、テーブルに食事が運ばれる。

 パンと野菜、それに果物とシンプルではあるが、パンは焼きたてのようで香ばしい香りが俺の鼻孔をくすぐった。

 口に運ぶと、想像以上に美味しかった。

 お腹が極度の空腹状態であったことに加え、隊商の生活では固いパンとしか縁がなかった為に、より美味しく感じたのかもしれない。

 丸パン一つをペロリと平らげ、すぐにもう一つを手に取ってしまった。

 美味しい食事を終え、食後のティータイム中、扉が開き新たな人物が現れた。

 俺の知らない人物だ。

 シルクハットを頭にのっけ、燕尾服、右手には杖をもつ男。

 鼻下の立派な髭が特徴的で、丹念に整えられ、横へピンっと綺麗に伸びている。

 男はシルクハットを脱ぎ、口を開く。


「アニエス様、今朝のお食事はいかがだったでしょうか?」

「エルドン伯爵、今朝も大変美味しいお食事でした。アリスも大変気に入ったようですよ」

「それはそれは。当家の料理人も喜びます」


 にこやかに受け応えするアニエス。

 普段、俺と会話する時には見られない口調だ。

 そんな風に感心してぼけーっと会話を眺めていたが俺の名前が出た辺りで意識を引き戻される。

 エルドン伯爵とよばれた人物、つまりこの屋敷の主人は俺の傍まで近づいてくる。


「当家へようこそ、私はエルドン・ヴェルバと申します。」


 手を差し出され、握手を求められた。

 俺は椅子を降り、エルドンと向き合う形で自己紹介をする。


「アリス・サザーランドです。えっと、朝食、とても美味しかったです」


 どのような応対が正解なのか、貴族の礼儀作法が全く分からない俺はぎこちない仕草でエルドンの手を握り返す。


「アリス様、いや剣聖殿とお呼びしたほうがよろしいですかな?」

「アリスの方でお願いします……」

「ハハハ、噂と違い随分お淑やかなのですな!」

「噂……?」


 一体今度はどんな噂が出回っているのか聞きたいような聞きたくないような……。

 俺は何とも言えない表情を浮かべていることだろう。


「アリスはローラから、何で私がここにいるのか聞いたかしら?」

「一応は」

「なら話が早いわ。エルドン伯爵は王国の外交官で、今回の交渉の為、私に同行してくださってるの」


 なるほど。

 滞在先の家を提供してくれた人、というだけではなかったわけだ。

 

「姫様、お食事がお済でしたら、本日は面会の約束がございますのでそろそろ準備を」

「そうだったわね」


 ローラがアニエスの横で告げる。


「そうだわ。エルドン伯爵、せっかくアリスも目を覚ましたことですし、アリスにも出席してもらうのはどうでしょう?」

「それはよい考えかと。面会の者も喜ぶことかと」


 エルドンは手で髭に触れながら言う。


(面会? 何の?)


 俺の疑問を余所に、話は進み、俺もよくわからないが面会とやらに顔を出す運びとなる。


「じゃあ、アリス行きましょう」

「はい?」


 ラフィは言葉を発せず、静かにお茶を飲んでいる。

 いや、食後のお茶と一緒に出された菓子を幸せそうに食べている。

 今は口の中の甘味に夢中で、話を聞いていなかったのだろう。

 一体何処に連れていかれるのか、助けをラフィに視線で投げかけたが気付いてもらえなかった。

 俺はアニエスに手を取られ、再び二階に。

 

「あの何を?」


 面会とやらは二階で行われるのだろうか。

 だが、話の流れから面会にはエルドンも出席するように思われた。

 そのエルドンは一階に残り、ラフィへと新たな菓子を勧め、接待している。

 答えはローラにより告げられる。

 

「アリス様にも面会の為、服を着替えて頂きます」

「……えっ、今の服でいいんですけど?」


 控え目の拒否。


「駄目よアリス! せっかくなんだからちゃんとおめかししないと!」

「他に服もないですし」


 嘘である。

 収納ボックスに服は全部詰め込んでいる。

 というかアニエスは一緒に生活しているので収納ボックスのことは知っており、すぐにわかる嘘だ。

 それにローラもいる。

 だが、俺の嘘など気にした様子もなく、アニエスは続ける。


「大丈夫! アリスに似合う服はちゃんと準備してあるから。

 ね、ローラ!」

「はい、姫様」


 なんで準備してあるんだ! などという言葉は無意味であろう。

 にこやかな二人組。

 とても、とても楽しそうだ。

 これは何を言っても駄目だと俺は察する。

 アニエスも着替えるはずだが、この流れ、完全に俺は着せ替え人形の流れ。

 こうして本日二回目のお着換えタイムと相成った。


 

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