第四十七話「情報交換」
俺は鏡の前に座らされていた。
背後に立つローラが俺の髪を丁寧に梳かしていく。
「で、どうしてローラさん達がマキナ共和国に来てるの?」
目を覚まして、まっさきに浮かんだ疑問を俺は口にする。
どうしてアニエスが王都を出てマキナ共和国に向かっているのか?
俺を追って来た、という可能性もなくはないが、アニエスの王国のお姫様という立場では私的な理由で王都を出るのは非常に難しいと思える。
「というか、どうして下の道に?」
加えて、俺は大蛇との戦闘において一般人が通りかかる危険が低いとの判断で山を降りることを選択した。
何故なら下の道はバジリスクが現れたとのことで、討伐されるまで閉鎖されていたはずであるからだ。
俺がお邪魔していた隊商も、それが理由で予定を変更し、山道ルートを通ることになった。
アニエスの話によると馬車で移動中に俺の戦闘を目撃した、即ち下の道を移動していたことになる。
大蛇は巨大であったため山道で目撃した可能性もあるが、山道を移動していたならば俺を助け出すのは相当厳しい。
全ての道を把握しているわけではないが、地図上に山道と下の道を繋ぐものはなかった。
移動中もそれらしきものは見ていない。
樹々が生い茂っており、馬車で無理やり山下りを決行するのは難しいだろう。
となると答えは一つ。
アニエス達は下の道を移動していたという結論に至る。
「そうですね。では、最初の質問からお答えさせて頂きます。
姫様がどうして共和国に来ているか、それは王族としての公務のためでございます」
「公務?」
「はい。ガエル殿下が王都に居ましたらよかったのですが、ご存知の通りガエル殿下は現在、帝国の復興指揮を務めており不在。
陛下も、立て続けに王都で起きている事件、そもそも災厄からの復興を優先しなければならず国内からは出れません。
そういった事情もありまして王族として動けるのは姫様のみ。
姫様はまだ成人しておりませんので、こういった仕事はまだ二、三年くらい先から務めるはずでしたが、今回は緊急を要しましたので」
「それでアニエス姉さんが共和国に来ていたのか」
俺が王都を出る前、アニエスが頻繁に王城へと出向いていたのを思い出す。
あれはその公務とやらの打ち合わせをしていたのだろう。
「あくまで共和国は通過点に過ぎませんけどね。私達の目的地も勇者様と同じで森都でございます」
「……俺達の目的地も把握済みなのか」
「姫様に宛てた手紙に書かれていたのでは? 私は姫様から聞いたので知っていただけです」
「ああ、なるほど」
ローラの言葉で、書置きを残していたことを思い出す。
「森都へ向かう目的ですが、王都で起きているとある問題に関して協力を要請するためです」
「とある問題?」
「はい。
「……」
「災厄が終わったかと思えば次から次へと起きる事件に陛下も頭を悩まされております」
「……それは災難ですね」
鏡からつつーッと視線を逸らす。
はい、理由があったとはいえ実行犯はここに座っている俺です。
ローラも口にこそ出さないが、ばっちり、その辺りの事情も把握していることだろう。
にこにことローラは変らぬ様子で俺の髪を梳かしながら、言葉を続ける。
「中央諸国から少し離れた王国では転移陣は移動手段として非常に重宝されています。
災厄により王都は人手が足りておらず、特に周辺地域の魔物討伐は冒険者に頼らざるを得ないのが実情。
幸い、王都迷宮の噂は徐々に広まり、多くの冒険者が王都を訪れ、そのついでに周辺地域の討伐依頼もこなして下さっていたのですが……」
「転移陣が復旧しないと、人の流れが途絶える。そして、今の人数の冒険者では魔物討伐が追い付いていないということか」
「その通りです。もちろん冒険者以外にも様々な影響はありますが、今最も重要な問題はそこですね」
「転移陣の復旧が急務なのはわかりました。でも、なんで森都なのですか? 確か転移陣って教会が管理してたような」
転移陣を使用する際は教会にお金を寄付する必要がある。
ラフィから転移陣は研究されつくした魔法陣と聞いていたので、てっきり復旧も教会主導で行われるものと思っていた。
それがどうしてアニエスが動く必要があるのか、はたまた森都まで赴く必要があるのか。
俺の何気なしの質問に、ローラの眼が一瞬鋭くなるのがわかった。
見た目は微笑んだまま。
多分、ローラを知らない人からすれば気付かないような変化。
だが、俺の勘違いではないことを証明するかのようにローラがスキルを発動した。
《探知》。
同じスキルでも使用者によって効果に幅はあるようだが、総じて周囲の状況などを調べるために使う。
「盗聴はないとは思いますが一応念の為に」
「……なんかやばそうな話なら俺、聞きたくないんだけど。というか、教えてくれなくていいです」
「いえ、一応勇者様も当事者なので知る権利はあるかと」
控え目な「聞きたくない」という俺の拒否権は軽く無視され、ローラが話を進めていく。
「王国の上層部は、教会に不信感を抱いております。
更に言うならば母体であるイオナ教、その総本山であるイルミダス教皇国に対してですが」
ローラの発言に、俺は思い当たる節がある。
確か、王都の地下で凶行に走った神父はローラの発言にも出てきたイルミダス教皇国から派遣された人物であったはずだ。
「勇者様のおっしゃる通り、本来であれば教会、それに連なる教皇国に支援を要請すべきなのですが、そういった事情を考慮し、陛下は元々転移陣を敷設されたと言われている一族――
「なるほどね……」
俺も王都で起きた事件は、多くの子供が犠牲になっていることもあり、大事件であるとの認識はもっていたが、まさか国と国との信頼関係が崩れかねない問題になっているとは思いもしなかった。
想像していた以上の大事になっているようだ。
「ご理解いただけたようで何よりです。今の話は内密にお願いします。
陛下も徒に教皇国と事を構えるつもりはありませんので。
さて、二つ目の質問ですが理由は簡単です。
勇者様はこう言いたかったのですよね、『閉鎖されている道をどうして通っていたのか?』。
答えは、閉鎖された理由が嘘だったからですよ」
「へ? 嘘?」
「はい。バジリスクが出現したというのは嘘です。
今回は姫様がやむを得ず国外に出ることになりましたが、陛下は姫様が道中、命を狙われていることを危惧されております」
「どういうことだ?」
静かな口調で問い返したが、アニエスの命が狙われという発言を聞いた俺は、心臓の音が一段上がるのを自覚した。
「先程の話にも繋がりますが、今はあくまで憶測、そして警戒の域ではありますが教皇国は王国を滅ぼしたいのではと疑っております。
……ガエル殿下も中央諸国、その代表国である教皇国の要請により帝国の復興支援指揮に行きましたが、現在無法地帯ともいえる帝国周辺で不慮の事故があったとしてもおかしくはない。
幸い勇者様の義父であり宮廷魔術師でもあるサザーランド殿も同行しているので万が一は早々起きないとは思いたいですが、今回の一件でより一層警戒しなければならないと陛下は思われています。
そうなると陛下自身の周辺もそうですが、王位継承権を持つ姫様だけが安全なはずがございません。
正統な王位継承者がいなくなれば、それだけで王国は再び混乱の渦に巻き込まれますから」
ただの妄想、まさかと俺は思うが、何もかもを否定することはできない。
万が一が起きてからでは遅いのだから、警戒するのは当然だ。
「そういった事情もあり、姫様が共和国に向かう道中は可能な限り閉鎖しました。
通行止めの道を、真っ当な理由で行く人はいないでしょうから、護衛する側も楽に対処できますので」
「それで下の道を堂々と馬車で移動していたわけね」
「はい。大蛇が突如前方に見えた時は、さすがに私どもも肝を冷やしましたが。
運よく勇者様がいて助かりました」
「……あの大蛇についてローラさんは何か知っているの?」
「私は何も知りません。せいぜいラフィ様に聞いた情報程度」
「今の話と繋げて、あの大蛇も教皇国に関係している可能性はあると思う?」
「ないとは思いますが、否定もできません」
一応俺はローラに、山の中で出会った仮面野郎について話しておくことにした。
ローラに話しておけば王国の上層部にも伝わるだろう。
俺の話を聞いたローラは誰にとは言わずも「伝えておきます」との返事。
ローラが持っていた櫛を置き、両手の指に俺の髪を入れて、流れを確認し終えると、出来栄えに満足したようで、
「さて、アリス様。姫様もお待ちでしょうし、朝食に向かいましょう」
情報交換という名の会話を終える。
「ありがとうございます」
礼を述べ鏡の前を立ち、ローラへと振り返る。
にこやかに微笑むメイドの瞳を真っ直ぐ見つめながら、俺は問う。
「ローラさんって一体何者なの?」
「ただの姫様付きメイドですよ」
相変わらずの答え。
だが俺は一つ確信した。
ローラはアニエスのお世話係というだけでなく、アニエスの護衛役も兼ねているのだと。
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