第五十一話「眠り姫健在」
面会という名の事情聴取は、一段落つき、エルドン伯爵の一言でお開きとなる。
「本日は色々と予定があったとはありますが、こうやってお集まり頂きありがとうございました。
心ばかりではありますが、菓子を用意しましたので、どうぞ皆様で召し上がってください」
「私の方からもお礼を。本日は貴重なお時間をありがとうございました。
私が居ては落ち着かないでしょうから、この辺りで失礼させていただきますね
ゆっくりくつろいで行ってくださいませ」
エルドン伯爵の言葉に続き、アニエスは立ち上がり言う。
これは俺も退出する流れと思っていが、立ち上がろうとしたタイミングで、
「アリスもゆっくりしていくといいわ。隊商でお世話になったのでしょう?」
微笑みながら告げられる。
結局、アニエスの言葉で、俺はこの場に残ることになり、アニエスはエルドン伯爵と共に退出していった。
さて、残されたはいいが、正直気まずい。
だってそうだろう。
隊商ではただのアリスとして過ごしていたが、実際は剣聖であり、あまり自覚はないが俺自身も一応貴族。
正体を隠していたという後ろめたさが気まずさに拍車をかける。
アニエス達が退出するのと入れ替わりで、屋敷のメイド達が部屋に入ってき、各人にお菓子とお茶を手際よく配膳していく。
俺の目の前にも置かれる。
一先ず配膳されたお茶を一口含んでいると、
「アリス様、ご無事でなによりです。そして、隊商を代表して感謝を。
貴女様がいたおかげでこうして皆無事、共和国に着くことができました」
元々俺の正体を知っていたテオが真っ先に俺の側に歩み寄り、話しかけてくれた。
「いえいえ、お世話になってばかりだったので、災難ではありましたが、お役に立ててよかったです。
ミシェルちゃんも怪我なく?」
「ええ、元気ですよ。アリス様のことは大層心配しておりましたが、今日お会いできたことを伝えれば喜ぶでしょう」
「突然別れちゃったから、ミシェルちゃんには時間が合えば会いにいこうかな……」
「ははは、ただ今アリス様がミシェル様に会いますと、質問攻めにあうでしょうな」
「……違いない」
「まぁ、私どもは比較的時間に融通が利きますがアリス様はあまり時間がないでしょうし、また王都に帰られたらミシェル様を訪ねてやってください」
はて。
テオの言葉に俺は少し疑問を抱く。
「時間がない?」
俺の言葉に対して、テオは「おや?」という表情。
「てっきりラフィ様と共に森都へ行くものと思っていましたが?」
「はい、その通りですが。でも、転移陣が使える日まで、まだ日にちがあるので」
「その転移陣が起動するのがあさってですよ?」
「はい?」
目を二度、三度瞬き、テオの発言を吟味する。
あさって、つまり二日後。
ラフィの最初の計画では、共和国に着いてから十日ほど余裕があったはずだ。
途中、下道を戻るという計画通りにいかない場面はあったが、巻き戻しを含めても一週間ほどは到着してから共和国を観光する時間があると思っていた。
となると答えは単純。
相も変わらず、魔力が枯渇した俺はぐっすりどころか、長いこと眠っていたというわけだ。
てっきり、一日くらいと思っていた。
よくよく考えてみたらそんなはずはないのだ。
俺が大蛇と戦った場所から、急いでも共和国まで一週間はかかる。
つまり最低でも一週間は眠っていたことになる。
(因みにどれくらい眠っていたんだ?)
『マスターは十五日間ほど眠っておりました』
「……」
ヘルプの答えに絶句する。
つまり半月も眠っていたわけだ。
異世界に転生してからよく眠るものだ、と自分でもびっくりする。
昔、世界のいろいろなビックリ出来事を紹介する番組で、睡眠障害の病気――確かクライン・レビン症候群といった、一度眠ると何か月も眠り続けるという病気が紹介されていたのを思い出す。
もしかして、その病気にでもなったのかと思わずにはいられない。
(……いたって健康。こっちの世界に来て、呪いを受けるまでは眠り続けるなんてことはなかったんだがな)
それに、こちらの常識では、魔力が枯渇したら何日も眠り続けるものなのだろうか?
何だか未だに俺が気付いていないだけで、
あとは、今回召喚した獅子炎帝イフリートに原因があるという可能性。
初めて意識のある状態で召喚に成功し、そのすごさを目のあたりにした。
俺の保有する魔力量のほとんどを代価に要求するだけのことはある。
ただ、それ以外にも何か色々と俺から奪っているのでは。
ゲーム脳思考ではあるが、強力な召喚、だけどデメリット効果ありという可能性。
などと思考を巡らせてしまい、会話が途切れていた。
そんな俺の様子を見たテオは、一瞬目を細め、小声で言う。
「なるほど……。アリス様が病弱という噂も嘘ではないということですか」
日数の感覚が噛みあっていないことから、俺が共和国に来てから寝込んでいたとでも推測したのか、テオは何やら納得顔。
いや違うんだが、と微妙な表情になってしまう。
「御安心ください、このことは私の胸に納めておきますので」
真剣な眼差しで告げられた俺は、否定もせず、適当に微笑み、もう一口お茶を含むのであった。
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補足
今回、隊商が共和国の首都到着までにかかった日数:19日
王都~ハーバー砦 4日
ハーバー砦~下道引き返し~ハーバー砦 6日
ハーバー砦~霧の襲撃者出現地点 3日
霧の襲撃者出現地点~王国と共和国の国境(ミルナ川)1日
王国と共和国の国境~共和国首都 5日
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