第五十三話「謎再び」


 二人は黙々と図書館がある大塔を目印に歩き、やがて辿り着く。

 今の時間は授業中ということもあり、図書館の周囲は閑散としていた。

 真面目に授業を受けるようになってからというもの、訪れる頻度は下がっていたが、司書長のブルックナーに頼まれた魔術書の解析に、時たま力を貸している。

 入口の前でラフィは大塔を珍し気に見上げていた。


「大きい」

「ラフィの国にはこういった建物はないの?」 


 ふるふると首を振る。


「とりあえず、中に入ろう。

 外で立ってても仕方ないし」


 ラフィの手を取ると、ひんやりとした指の感覚が伝わってきた。


「さあ、行こう」

「……!」


 俺は中に入るとまず司書室に向かう。

 扉の前に立ち、ノックをするとすぐに「入れ」と声が返ってきた。

 本を読んでいたのか、入室すると白銀の髪がまず映り、顔を上げると眼鏡の奥に見える瞳が俺を捉える。

 ブルックナーは、眼鏡に手をやりながらにやりと微笑む。

 

「やはりアリス君だったか。久しぶりじゃないか」

「ご部沙汰しています。何で私だと?」

「学校は授業中。こんな時間に訪ねてくるのは君しかないない」


 随分と嫌な推測のされ方をしていたが、事実なので否定できない。

 

「そちらはお友達かい? 珍しい」


 ラフィは一歩前に進みでると、名乗りを上げる。


「ラフィ」


 一言、短い自己紹介を終える。

 だが、ブルックナーには十分であったようだ。


「ああ、君が勇者の仲間の一人であり最年少でユグドラシル魔術学園の教授まで上り詰めた天才か」

「ラフィって有名人なの?」


 すごい魔術の腕前ということは知っていたが、実は俺もラフィの詳しい素性を知らない。

 その質問にブルックナーは説明しようとしたが、どうも自身の話は気恥ずかしいのかラフィが声を上げ割り込む。


「それより本を見たい」


 肩を竦め、ブルックナーは説明を中断する。


「陛下から図書館の閲覧許可を出したというのは聞いてるよ。

 バッジはもってるかい?」


 ラフィはバッジを鞄から取り出し、頷く。


「なら、あとはアリス君に任せればいいか。

 僕は積極的に階段を昇りたくはないからね。

 アリス君もまた時間があるときに訪ねてきてくれ。

 相談したい魔術書がたまってるからね」



 ◇



 司書室を退出すると俺達は上の階を目指すことにした。

 一応、階層が上ほど閲覧制限が厳しくなり、珍しい本や禁書が増えるという説明をラフィに行った。


「何階に行きたい?」

「一番上」


 わかっていた答えが返ってきた。

 長い長い階段を思い浮かべ少し憂鬱になりながらも、切り替え、一定のペースを保ちながら黙々と昇っていく。

 先頭を俺が、後ろにラフィが続く。

 俺はたまに後方を振り返り、ラフィが付いてきていることを確認するが問題なく後を付いてきていた。

 黙々と歩を進めるのに耐えきれず、話を切り出す。


「ラフィってけっこう体力あるよね」

「そう?」

「うん。今も平気な顔で階段昇ってるし。

 思い出してみたら、ラフィがへばってる姿みたことないな……」


 失礼な話ではあるが、魔術師 = 体力がない という式が俺の中では存在していた。

 事実、学校の同級生を観察していると魔術分野が得意な生徒は護身術の授業で苦労している生徒が多い印象だ。


「多分、私は長いこと歩いて旅をしてるから。

 そのおかげ」

「へぇー、長いことって何年くらい?」

「……年齢の詮索は駄目」

「いや、そういう意図はなかったんだが……」


 相変わらずラフィの年齢に関しては触れない方が良さそうであったので、質問を変える。


「旅をしてたのは知識を満たすため?」

「そう。知識を求めて色々歩いて回ってた」

「いいなー。俺も色々旅したい」

「……そう。なら、今度一緒に行く?」

「行く行く!

 ラフィお勧めの場所に連れて行ってくれよ」

「考えとく」


 淡々とした口調ではあったが、ラフィの言葉にはどこか嬉しさがにじみ出ていた。

 ラフィが行った場所の話を聞きながら階段を昇り、ようやく最上階に辿り着く。

 最上階に辿り着くと、ラフィは手近な本棚へとすぐに手を伸ばし、貪るように本を漁り始めた。

 目は爛々と輝いており、この場所はラフィが求めていた知識の宝庫であったようだ。

 パラパラと本を捲る音だけが響く。

 俺はここに所蔵されている本から得られるスキルはあらかた習得済み。

 手持ち無沙汰の俺は読書の邪魔にならないようにゆっくりと歩きながら本棚に並ぶ背表紙を眺めていた。


(そういえば)


 ふと以前ブルックナーが見せてくれた謎の魔法陣の存在を思い出す。

 その時は何を示した魔法陣なのか、俺には皆目見当がつかなかった。

 しかし、魔術のエキスパートであるラフィが目の前にいる。

 折角の機会を生かしたいと考えた。


(ブルックナーさんは元の場所に戻しておくって言ってたけど……)


 残念ながら俺は詳しい場所を知らない。

 一枚の古ぼけた紙が限られた範囲とはいえ、探し出すのは困難に思われた。


(……一度下に降りて聞いてくるか)


 もう一度往復するのは億劫であったが、やることもないので行動に移そうとする。

 その時思わぬ助け舟が出された。


『マスターがイメージしてる紙でしたら場所はわかります。案内します』

(本当か!? 助かる)


 ヘルプの誘導に従い、本棚を探索すると、以前みた謎の魔法陣が描かれた紙が見つかった。

 紙を手に取ると、俺はラフィに声を掛ける。


「ラフィ、ちょっといい?」

「何?」


 読んでいた本からは目を離さずに、声だけラフィは返事をする。


「ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」


 そこで初めてラフィは顔を上げた。

 近づくと、手に持った紙を渡す。


「魔法陣?」

「うん。魔法陣みたいに見えるけど、何の魔法陣か俺にはさっぱりで。

 ラフィが見たら何かわかるかなって」

「ふーん」


 紙に興味をもったようで、読んでいた本を閉じ、俺から紙を受け取る。

 ラフィは睨みつけるように魔法陣を観察する。

 暫く静かに時間が経つが、やがてラフィが口を開く。


「これは魔法陣……?」


 訝し気に声を上がる。


「いや、魔法陣っぽく見えるだけで意味のない模様がラクガキされただけのものかもしれない。

 ただ、この場所に保管されていたのが気になってな」

「……魔法陣ではないと否定もできない。

 ここに描かれてる魔法陣は私の知る魔術とは違う法則を持って描かれているように見える。

 でも、この形を私はどこかで見た気が……」


 ラフィは宙に視線をやり、必死に記憶を漁るが、やがて溜息に変わる。


「ごめん、ナオキ。

 何か分かりそうな気がするけど、取っ掛かりがつかめない」

「いや、いいんだ。

 ただの好奇心と暇潰しに聞いてみただけだから」


 ラフィから紙を返され、受け取る。

 謎は謎のままであった。


「読書の邪魔して悪かったな。

 何かラフィの知識欲を充たせるものはあったか?」

「うん。ここはすごい。

 私の国にはない知識が詰まってる」

「それはなによりだ。

 一応、明日は例の作戦決行日だから、ここには日が落ちるまでな。

 あと一時間くらいしたら下に降りよう」

「わかった」


 返事をすると、ラフィは再び自分の世界へと没頭していく。

 俺も謎の魔法陣が描かれた紙を元の場所に戻した。

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