第五十四話「作戦開始」


 作戦の決行日が来た。

 一度、冒険者ギルドに集まり最終確認を行った後、俺は単独で視線をキョロキョロさせながら五区を歩いていた。


「おおー」


 王都の南東の内周に位置する地区。

 冒険者街がある十四区や鍛冶区である四区に近い位置ではあるが、初めて訪れた地区。

 この場所は他の地区と違い、そのまま「五区」と呼ばれることが多い。

 五区を訪れる人の目的はだいたい二分される。

 「劇場」と「闘技場」だ。

 王都の人々にとって五区に行くと言えば、すぐに劇場か闘技場を思い浮かべるであろう。

 だが今日はいつもと違い往来する人々の目的は一つ、闘技場であった。

 人ごみの中、俺は小さい身体を滑り込ませながら歩く。

 今日の俺はマリヤとクロエによってコーディネートされた服を身に纏っていた。

 程よくおめかしされた、目立たない恰好。

 加えて、今日は剣を腰にぶら下げていない。

 剣舞祭目当てで観光に来た一人の少女にしか見えないだろう。

 歩いていると人々の関心ごと、剣舞祭決勝の話題がすぐ耳に入る。


「おい、どっちに賭ける?」

「そりゃ前回優勝者のジンにきまってんだろ!

 ここまで苦戦らしい苦戦をしてないんだぜ。

 で、お前は?」

「俺もジンだな。ありゃ別格だ」

「賭けにならないじゃないか!」


 俺も話題に興味があった。


(ジンさんは順調に決勝まで勝ち上がったのか。

 さすが)


 、周囲を見回す仕草を忘れないようにしながら耳を澄ます。

 俺が歩く場所は普段馬車が行き交う大通りであるが、今は歩行者に開放されている。

 本来の歩行者が歩く場所には椅子と机が並べられ、臨時の野外酒場があちこちで営業していた。

 まだ昼時に入ったばかりではあるが、席は満杯。

 顔を赤くした人々が、陽気な声があちこちで上げていた。 


「お前らジンに賭けるんだな。

 俺はザンドロに賭けさせてもらうぜ」

「おー、強気じゃねえか」

「やれやれ、お前たちは目先の情報しか見えてないから踊らされるんだよ」

「言うじゃねえか」


 ガハハッと笑いながら、酒が入ったジョッキーを呷っている。

 それを横目に見ながら人の流れに身を任せて歩いていく。

 会話から決勝のカードがジン対ザンドロであることを知った。


(そっかザンドロ先輩とジンさんが闘うのか。

 見たい。すごく見たい)


 まだ距離はあるが、それでも大通りの先にはこの区の象徴的な建物の一つ、闘技場が見えた。

 剣舞祭が行われている会場。

 頭を振り、なんとか気持ちを切り替える。

 それに俺は一つの期待をしていた。


(アニエス姉さんはご褒美の内容は教えてくれなかったけど……)


 発言からある程度の中身は予想することができた。

 アニエスは明日の剣舞祭、最終日までには事件を片付けておいてと言った。

 口にはしていないが、ご褒美とは間違いなく剣舞祭の最後、剣聖との試合を観戦させてくれることと見ていいだろう。

 しかも、第一王女であるアニエスの権限をもってすれば、さぞかしいい席で試合を観戦できるのでは、と俺の期待も膨らむ。

 ザンドロがくれた入場券もあるが、印字には本戦優先入場券となっており、明日の試合は本戦の一部と見ていいのか、怪しいものである。

 どちらにせよ、俺が今日成すべきことは一刻も早く人攫いの事件を解決すること、それに尽きた。

 俺は溜息をつき、再び足を止める。

 周囲をキョロキョロと見回す。

 その行為自体に意味はない。

 だが――


『かかったぞ』


 どこか近くで俺の周囲を観察していたアレクからの念話が届く。

 

『二人組だ。後方からナオキの後ろをつけてる』

『了解っと』


 何となくもう一度周囲を見回し、俺もアレクが言う二人組の姿を探し、見つけた。

 楽しい雰囲気ではなく、何かに警戒するように周囲を見回している男。

 剣舞祭を楽しみにきたただの観光客であるはずがない。

 獲物を見つけた肉食獣のように、時折こちらを見ている。

 わざわざ説明するまでもないが、今回アレクが提案した作戦は実にシンプル。

 俺を囮に人攫いの本拠地を掴む。

 囮としての俺はまさにこれ以上にない適役であった。

 幼い見た目、整った顔立ち、加えて珍しい黒髪。

 商品価値としても完璧。

 そんな少女が親とはぐれたのか、一人不安げに歩いていたら。

 人攫いにとっては格好の獲物である。

 頃合いを見て、俺は大通りから外れる。

 徐々に人が少ない路地へと。

 ゆっくりと、不安そうに。

 二人組の男もゆっくりと俺との距離を詰めてくる。

 やがて人気のない路地に曲がると、男達は声を掛けてきた。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?

 親とはぐれたかい?」

「えっ……?」


 驚いたように、初めて後ろを振りかえる。

 一応まだ、俺を付けてきた男達がただのいい人で、良心から声を掛けてくれた可能性は否定できなかったが。

 改めて目にした男の顔は、どう見ても俺のことを心配して声を掛けたわけではないと確信できた。

 声を掛けていない男は見張りか。

 俺には目をくれず、後ろを警戒している。

 スッと目を一瞬細めるが、気付かれぬようすぐ演技に戻る。

 

「気づいたら、お母さんがいなくて……」


 ポツリと下を向きながら声を出す。


「そりゃ災難だったな――、《安らぎの風よ》」


 男は慣れた手つきで、上着のポケットから巻物を取り出すと、魔術を発動した。

 俺は『神の加護』という固有能力ギフトを有しており、状態異常系の魔術は効かない。

 だが、詠唱を聞き、脱力したよう脚の力を抜き地面へと倒れる。

 演技だ。


「は! 相変わらず便利な道具だ。

 一言唱えるだけでぐっすりよ。

 雇い主さまさまだな!」

「おい、眠らせたならとっとと移動するぞ」

「そうだったな。

 この旨い話も明日までだからな。

 袋を貸せ」

「ほら」


 倒れた側に袋が投げられた音がした。

 目を瞑った状態であるため音でしか情報を得れない。

 雑な扱いで男は俺を袋に詰める。

 地味に痛い。

 

『こいつら……』

『今は我慢してくれ』

 

 袋の口が縛られる音。

 詰められた俺は目を開けるが、視界は闇にそまっていた。

 やがて身体を浮遊感が襲う。

 どうやら担ぎ上げらたようだ。


『移動を開始したみたいだ。青は俺の場所を探知できる?』


 俺の質問に少し間を空け、答えが返ってくる。


『大丈夫みたいだ』

『そうか、あとは俺が大人しく運ばれてればいいんだ』

『そうだ。頼んだぞ、ナオキ』

『任せておけ』


 この作戦の問題は人攫いが俺を狙うかは一か八かの賭けに近かったこと。

 一応アレクが昨日、行方不明になった子供はどこの地区が多いかを洗い直し、やはり一番人の往来が激しい五区で実行するのがいいとの結論を出していた。

 作戦の最初は見事に成功。

 

(さて、このまま俺を本拠地に運んでくれよ)

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