第四話「招待状」
ガルネリ工房を後にした俺は、ラフィの忠告通り、暫く王都を離れることを誰かに話しておこうと思う。
誰に伝えるか少し悩んだが、無難に王立学校の校長であるルシャールに伝えることにした。
以前ルシャールから王国は俺をこの国に暫くは唾りつけておきたいのだろうと語ってくれたことがあったため、「王都を離れる」という話をすれば難色を示されるかと思ったが。
「うん、いいんじゃないか。存分に楽しみ、違う国を学んでくると良い」
寧ろ俺が王都を離れ、他国に行くことに関して、非常に肯定的であった。
「旅に出るのはいいことだ。
それに学校の騒動を見ていると、とてもゆっくりと勉学に励めれるような状況ではないだろう。
ゆっくりしてくるといい。教師陣には私から適当に説明しておこう。
ただ、年内には戻ってきてくれよ?」
「引き留めなくていいのですか?」
ルシャールに関して、詳しくは知らないが、俺が勇者であることを知る数少ない一人であり、また国王陛下とも直接謁見できる立場にいる人物だ。
王立学校校長という立場だけではなく、王国の
俺の疑問に対して、ルシャールは肩を竦めながら答える。
「あいにくと私は、その様な役目は担っていないのでね」
結局、ルシャールとの面会はあっさりとした形で終わった。
◇
寮に戻ると、一階の応接間にあるソファーにダイブ。
王族であるアニエスも住む寮の調度品。
座り心地も抜群であるが、横になるにも、もってこいの品であった。
誰も見てないのをいいことに行儀悪く、スカートが捲れるのも気にせず、小さい身体でソファーをごろごろする。
そんな時。
ふと気になり、腕を鼻にもっていく。
すんすんと袖口の臭いを嗅ぐと、ツンとした酒の臭いが服に染みついてしまっていることに今更ながら気付き顔をしかめた。
(これはキツイ……! 髪にまで染みついてそうだ)
たまらず《浄化》の魔術を使用するが、効果は出ず。
身体を綺麗にする術ではあるが、服の臭いをとる効果はなかったようだ……。
あきらめてお風呂に入り服を着替えようと、浴場へと向かおうと思ったときであった。
寮の正面扉が開く。
頭をすっぽり覆う大きな帽子を被ったラフィが入ってくるのが目に入った。
ソファーから体を起こし、ひらひらと手を振る。
「おかえりー、いや、いらっしゃい?」
「ん。戻った」
帽子で影になっていた顔を上げ、俺の方に目をやると、とてとてと応接間まで歩いてくる。
が、ソファーの前まで来るとラフィは顔をしかめた。
「……ナオキ、酒臭い」
「そ、そこまでか」
「うん」
ルシャールは何も言わなかったが、今の俺は思っていた以上に酒臭いようであった。
俺を避けるように、多少迂回してから正面のソファーへとラフィは移動し、腰をおろす。
被っていた大きな帽子を脱ぐと、綺麗な青髪が露わになった。
その髪から長耳族の特徴でもある人族のものより長く尖った耳がちょこんと覗いている。
ラフィは脱いだ帽子を膝の上に載せると口を開いた。
「で、ナオキは剣のお礼はしてきたの? ……まさか酒場で遊んでたの?」
疑わしいと、目を細めラフィが尋ねる。
「この見た目で、酒場に入れるわけないだろう。
ちゃんと工房に顔を出してお礼を言って来たよ。
ただ、ガルネリさん達が昼間から酒を飲むせいで、服にも臭いがこびりついちまったが……」
トホホと。
美味しそうにガルネリとストラドは飲んでいたが、今冷静に臭いを嗅ぐと、とても美味しそうに思えない。
あれは場が楽しそうだから美味しそうに見えるのだろうか。
「ならよし。王都から出ることは?」
「それも校長に言って来たよ。ラフィの方は?」
「うん。だいたい終わった」
さすが旅に慣れている。
行くと決めてから半日も経っておらず、すごい手際のよさだ。
目的の場所に行くための荷馬車をどうやって見つけるのか、そしてどうやって交渉するのか。
俺には皆目見当がつかない。
(こっちの世界で生きていくなら、いずれ自分でできるようにしないといけないかもしれないが……)
これも年の功かと、感心する。
もちろん口には出さないが(口に出したら杖で頭を叩かれる)。
「出発はいつ?」
「三日後の朝。運よく、顔見知りの商人がこの街に居たから交渉は簡単だった」
「さすがラフィ」
「ただ――」
ラフィは肩から掛けている鞄から一枚の便箋を取り出すと、俺に差し出した。
「ナオキというより、アリスに対しての招待状」
その言葉を聞き、俺は露骨に顔をしかめる。
ナオキではなくアリス。
この意味するところは、剣聖アリスに対する招待状といったところか。
ここ最近、今まで貰ったことがない量の招待状を俺は受け取った。
受け取ったというか、一方的に渡された。
内容は総じて『武勇誉れ高き剣聖アリス・サザーランド殿、是非我が家が主催するパーティにご列席賜りたく(以下略)』のようなものである。
美味しいものがただで食べれる、だけであれば俺は喜んで参加するであろうが、それで終わるわけがないことを、この世界の知識に乏しい俺でも想像できた。
それに知らない人ばかりのパーティーに積極的に参加したいと思うであろうか。
俺には無理だ。
だから全部適当な理由をつけ丁重に辞退してきた。
ラフィが差し出した招待状も例に漏れず、そういったものだろう。
だがラフィは俺が今の状況、様々なパーティーから逃げてることは知っているはずであり、加えて今回の旅の為、荷馬車を手配するための交換条件として俺を差し出すような方法は採らない人物であることは明らか。
ゆえにどういった経緯でラフィが招待状を預かり、俺に渡す運びとなったのか不思議であった。
そもそも、ラフィと俺との繋がりを知っている人物こそ、それこそ限られてくる。
「こういう催しが苦手なのはわかっていたんだけど、つい……渡すだけ渡すと約束しちゃったの」
ラフィも若干気まずそうであった。
招待状を受け取るだけ受け取ることにする。
渋々と封蝋を砕き開封し、中を読む。
中身は想像通り。
「どういった経緯でこれを?」
単刀直入に聞くことにした。
「実は――」
話は単純であった。
ラフィは荷馬車に載せてもらう交渉に、当然俺の名前は一切だしていない。
連れ一人、二人載せて欲しいとの交渉。
そもそも、俺の名前を出せば話は余計にややこしくなる。
時間もかからず、商人とは長年の付き合いもあり二つ返事で了承してもらえた。
あとはお茶を飲みながらの雑談。
そこでラフィは商人の悩みを聞いた。
内容は「お礼を言いたい人物がいるが、会う手段もなく、連絡をとる手段もない」とのこと。
その人物は最近王都で話題の人物。
百年ぶりに現れた剣聖であり、初代剣聖さえも倒した人物。
つまり俺のことだ。
何の礼かと思えば、実は先日人攫い事件の潜入作戦で助け出した少女の一人が商人の娘であったとのことだ。
縁とは不思議なものである。
「それで、私に任せて、言っちゃったわけか」
話終えたラフィはこくこくと頷く。
「……私の役目は招待状を渡すだけ。
こういう催しが苦手なのはわかってるから、断っても大丈夫よ。
渡す約束はしたけど、ナオキがこういったものが苦手ということは伝えてあるから」
少し悩んでから、答えを口にする。
「うーん、まぁ、せっかくの招待だし顔を出すか」
「本当? 私の知人だからって気を遣わなくもいいよ?」
俺の言葉に何故かラフィは目を丸くする。
「この主人に顔を合わせるだけ。
パーティーは遠慮したいかな。マナーとかわからないし」
俺は肩を竦める。
「というか、こっちの世界の人間は何でも盛大にパーティーを開かないと気がすまないのか?」
「貴重な社交の場」
「……ラフィもこういった催しからよく逃げてるだろう」
「……反論はできない」
ラフィの言葉に苦笑しながら、俺は招待状を収納ボックスにしまった。
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