第六十五話「蒼」


「そうか、青も魔術を行使できたか!」


 今更、俺は青が魔力を行使できたことを思い出すが。


「期待させといて悪いけど、今の僕の状態でアリスみたいな魔術は行使できないよ。

 軽く地面を抉るくらいならできるけど、この器では制約があって厳しいね」

「でも、何か策があるってことだろ?」

「まあね。

 本当はこの手はまだ使いたくなかったんだけどね。

 土竜もぐらが案外と不甲斐なくて残念だ」

『……貴様、主の庇護下にいるのをいいことに、言いたい放題いいおって』


 赤の怒気が伝わってくる。

 そんなことはお構いなく、青は飄々とした様子。


「時間がないし、俺には策が何も思いつかない。

 青の策に頼るしかない。

 その策は?」

「簡単なことだよ。

 僕を制約してるのはこの器。

 つまりは、この器から僕が解放されればいいわけだ」

「……なるほど理解した。

 つまりは、俺が青と契約したことを破棄すればいいのか?」

「違うよ。

 あくまでこの剣を器にしているのは僕の意思であって、契約とはなんら関係ない。

 だいたいアリスに力を貸しているのは僕の意思であって、強制されているものではないからね」


 青と契約した時のことを思い出す。

 あの時の青は「精霊らしく契約はしてもらおうか」と言っていたが、あくまで形だけ。

 魔術を行使する時のように、どれくらいの魔力を対価に払うといった厳密な契約が交わされたわけではなかった。

 

(つまり、なんだかんだここまで俺に無償で付き合ってくれていたわけか)


 苦笑しながら俺は思う。

 が、それをヘルプが否定する。


『いいえ、マスター。

 彼はきっちりと対価を受け取っていましたよ』

「どういうこと?」


 ヘルプの言葉に首を傾げる。

 何か特別に対価を払った覚えが全くないからだ。


『青は、マスターが寝た後にこっそり、魔力を根こそぎ奪ってましたよ』

「……どういうこと?」


 青が入っている剣を見つめながら真顔で問う。


「……あははは、違うよ。

 僕はアリスの魔力を鍛える特訓をね、手伝ってあげていただけだよ。

 ほら、最近魔力がまた一段と増えたって疑問に思ったでしょう?

 あれは僕のお陰でもあるわけだよ!」


 確かに、俺は最近魔力を増やす鍛錬を怠っていたにもかかわらず魔力が増えていた。

 まさか身近な存在に魔力を吸われていたとは。


(というか、それって呪いの装備じゃないか!)

 

 ジト目で剣を見つめながら、俺は問う。


「もし、寝た後に緊急の事態が起きらどうする気だったの?」

「あはは、その点は大丈夫だよ。

 魔力がすっからかんになったアリスが起きれる可能性なんてゼロだもん!

 ……、まって。

 なけなしの魔力で剣を溶かそうとしないで!

 ごめんなさい!

 勝手に魔力をとっていたことは謝ります!」

「はぁ……。

 でも、何で魔力を?」

「バレちゃったし、言ってもいいか。

 理由は簡単。

 アリスが死んだ後に、僕が自由に動けるための準備をしていたからさ」

「……え、何。

 俺、寝首をかかれそうになってたの?」

「違う違う。

 アリスが寿命で死んだ後ね。

 悪いけど、僕はアリスに義理は感じるけど、他のことはどうでもいいんだ。

 いつまでもこの剣に留まっておく理由がない。

 一人になったあとは適当にこの世界を旅するつもり。

 でも、精神体になった僕には自分で魔力を供給する術がないから、膨大な魔力を貯めこんでおく必要があったのさ」

「一応、納得はしておく。

 ……でも待てよ。

 魔力を供給する手段を持たないのに今から青は魔術を行使するわけだよね?」

「そうなるね」

「精神体となった青が貯めこんでいた魔力を吐き出すわけだ。

 魔力を失った精神体は……どうなるんだ?」

「きっと消滅するね」


 さらりと青は言ってのける。

 

「それは……」

「あくまでそれは全ての魔力を失った場合。

 ちゃんと手段は考えてる。

 自己犠牲の精神をあいにく、僕は持ち合わせていないんだ。

 本当は今から言う方法はとりたくなかったけど、仕方がない」

「なら良かった。

 で、その方法は?」

「簡単だよ。

 何故僕が膨大な魔力を必要としたか。

 それは新たな身体を零から構築しようとしたからだ。

 つまり、僕の死骸を使えば少ない魔力で事足りる。

 ……本当は凄く嫌だけど」


 青が散々と自身の身体を醜いといっていたのを思い出す。

 本当に嫌そうだ。

 だが、青が肉体を取り戻せば俺からかすめ取っていた魔力と合わさり、非常に強力な魔術を行使できることは疑いようがない。

 この策しかない。

 時間もないし、俺は青の決意が鈍らないうちにさっさと話を進めることにする。


「俺は、ここに青の死骸を出せばいい?」

「うん。お願い」


 他の冒険者に青の死骸が見つかるのを防ぐため、全て収納ボックスにしまっていた。

 死蔵されていた、それを赤の横に引っ張り出す。

 

「あとはどうすればいい?」

「ありがとう。

 あとは見守っててくれ」


 言うや否や、青の死骸を光が包み込む。

 同時に、腰の剣から、何かが出ていくのを感じた。

 光は次の瞬間には、死骸を卵くらいの大きさまで圧縮した。

 再び光は徐々に大きくなる。

 やがてそこから、四肢が、翼が、尻尾が、最後に頭が生えてくるように形作られていく。

 元の青の肉体とは、姿が大きく異なっていた。

 やがて包まれていた光が弾けた。

 両翼を広げ、全身が月光に照らされる。

 鮮やかな空のように蒼い姿であった。


『どうだい?』


 頭上から得意気な青の声が響く。


「うん、凄くきれいだ」


 俺の言葉を満足気に聞き、青はふわりと宙に舞った。


『《荒嵐爆発ストームバースト》!』


 青が選択した魔術は、桁違いの威力を発揮した。

 赤と俺が穿った穴に暴風が吹き荒れる。


「――!」


 その余波で俺は吹き飛ばされるが、赤が翼を広げて受け止めてくれた。 

 暴力的な音が響く。

 地面を抉り、空間を引き裂く音。

 そしてついに。


『切れた! 魔力ラインが切れた!

 ナオキ、成功だよ!』


 ラフィの歓喜の声が届く。


『どうだい?』

『ブゲっ』


 青がふんすと、首下に生える鳩胸とでも呼ぶような部位を膨らませながら赤の真上に舞い降りた。

 赤は潰され、うめき声をもらす。

 青の魔術によってか、俺は風により、赤の翼から青の頭の上へと運ばれた。

 見た目通り、青の上は羽毛のようにふわふわであった。

 ぺしぺしと、その上を撫でる様にしながら。


「よくやった」


 掛け値なしに褒める。

 青によって魔力ラインが断たれたからか。

 行き場を無くした魔力が光の粒のように穴からふわふわと溢れてくる。

 とても幻想的な光景だが。


『ナオキ、まずい……!』


 歓喜の声とはうって変わり、慌てたラフィの声が届く。

 まだ何かあるのか?と訝し気に耳を傾ける。

 

『魔力ラインを絶った後のことを考えてなかった。

 行き場を無くした魔力が溢れ出てる!』

「それは……何かまずいのか?」

『とてもまずい!

 説明は後!

 ナオキ、その辺の魔力を吸収して!』

「吸収って俺はそんなのしたことないぞ!?

 青―青ー、魔力吸収できる?」

『いや、限度があるよ。

 ここに溢れてる魔力は……ちょっと僕だけの力ではどうにもならないよ』

「ラフィ、無理っぽい」

『……! どうしよう……!』


 慌てるラフィ。

 だが、不思議なことに光の粒が突然霧散した。


「何だ……?」


 少し怪訝そうに、ラフィが言う。


『理由はわからないけど、魔力が消えた?

 でも助かった。

 うん、大丈夫そう。

 この辺り一帯に流れてた魔力は霧散した』


 なんとか作戦は成功し、魔力ラインを絶てたようだ。

 これで王都に仕掛けられた魔法陣を発動させることは不可能。


「取り敢えず、これで一件落着かな……」


 青の頭の上で思いっきり身体を伸ばす。

 音が止んだのを見計らいエクトル率いる騎士団が事後処理のために続々と到着するのを俺は眺めるのであった。



 ◇



 王都を囲む外周の壁。

 その上。

 担当する地区を兵士が二人組で警邏していた。

 普段であれば。

 本来の警邏担当の兵士はすでに事切れていた。

 

「さて、そろそろ時間かな」


 王都の外壁に腰を掛け、楽しそうに王都を眺める男がいた。

 恰好は王都の兵士が身に着ける装備で固めている。

 だが、兵士であるならば、警戒するべきは外。

 内周を警戒する必要はない。

 だが、そのことを指摘できる者はこの場にいなかった。

 男は知っていた。

 この王都でこれから何が起きるのかを。

 そして、この外壁部分は王都の様子を観察できる絶好の位置でありながら、安全圏であることを知っていた。

 やがて王都の一角で光の柱があがる。

 始まったか、とほくそ笑む。

 が、次第に困惑の表情を浮かべる。

 光の柱はすぐに消えて見えなくなった。

 その後も何か起こる気配がない。


「妙だな。

 計画では既に始まっているはずだが?」


 男は独り言をこぼし、時間を確認するために月の位置を見た。

 王都に仕掛けた魔法陣が発動するのに必要な魔力が十分に充填されていい時間だ。

 

「お前たちの計画は失敗したぞ」

「――!」


 突然男の背後から掛けられた声に、男は驚き飛び退く。

 声を掛けられるまで全く気配に気づかなかったのだ。

 訝し気に男は声の主を見る。

 気楽な様子で立っていた。

 燃えるような赤い髪と赤い瞳を持つ青年だ。


「何者だ!?

 ここは一般人の立ち入りは禁止されている!」


 俺は職務を全うしている兵士、不審者は赤髪の青年であるとでもいうように

 男は兵士らしい振舞を行うが。


「おうおう、王都の警備ご苦労さん……、何て言い訳がきかないってことはわかってるよな?」

「……!」


 周囲の雰囲気が一変した。

 男は息苦しさを感じる。

 

「俺様の国で色々とやってくれたみたいだな。

 誰がお前たちに入れ知恵をして、俺様が仕掛けた魔法陣を改変したのやら。

 確かに俺様の陣は反魂の術に利用するにはうってつけだったか。

 ……まぁ、国を放棄した俺様も偉いことは言えないが、取り敢えず死ね」

「まさか……!?」


 男はその正体に心当たりがあった。

 しかし、それ以上言葉がでてくることはなかった。

 赤髪の青年が死ねと命じた瞬間に、男はこの世から消失した。


「危うかったが、間に合ったか」


 赤髪の青年は王都を見下ろす。

 先程、光の柱が上がった一角から、今度は膨大な魔力が行き場を無くし溢れ出しているのが見えた。

 このまま放置すれば、行き場を無くした魔力は文字通り弾け、王都に甚大な被害をもたらすことだろう。

 

「最後の尻拭いくらいはしてやるか。

 こんなことで俺様の野望を邪魔されたら敵わんからな」


 すっと手をかざし、その膨大な魔力を取り込む。

 距離など関係がなかった。

 残った魔力も霧散していくことを確認する。

 

「しかし、あれが今代の剣聖。

 ククク……人の身を捨て、ここまで待ったかいがあったというもの……!

 楽しみだ!

 ああ、楽しみだ……!」


 高笑いが響く。

 風が舞い、次の瞬間にはその場には誰もいなくなっていた。

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