第六十六話「アニエスの褒美」

 俺は目を覚まし、身体を起こすと大きく腕を伸ばした。


「うーん」


 よく寝た。

 昨夜、久しぶりに魔力がすっからかんになるまで魔術を行使したが、疲労はすっかり抜けている。

 俺に自覚はなかったが、青が毎晩魔力をちょろまかしていも気付かなかったくらいなので回復するのが当然ではあったが。


「やぁ、よく寝れたかい」


 机の上に丸まっていた青い生物が俺が起きたことに気付き、声を掛ける。

 身体と同じくらいの大きさがある翼を展開し、バサバサと俺の胸元に飛んできた。

 抱きしめる。

 ふわふわとした抱き心地だ。

 それは青だったものとでも言うべきか。

 青も昨晩の戦いで魔力を使い尽くし、巨大な身体を維持出来なくなった。

 その成れの果て。

 俺がすっぽりと抱きしめられるくらいのぬいぐるみサイズになってしまった。

 本人曰く、


「あの身体は燃費が悪いし、この世界では目立ちすぎる。

 普段はこっちのほうが気楽だし、アリスの側にいられるからね」


 とのことであった。

 陛下から下賜された剣は青が出ていったことにより、しゃべらぬただの剣となった。

 ただの剣と表現するのは失礼か。

 剣を器にし、俺に力を貸してくれる契約。

 これで青との契約は終了。

 少し寂しくなるな、なんて思っていた。

 だが、どうも青は俺が死ぬまで力を貸してくれる様子だ。

 忠犬ならぬ忠竜である。


(触り心地もいいし)


 もふもふと、暫く感触を確かめる。

 なお、青は肉体を再び手に入れたことで俺が思っていることは伝わらなくなった。

 青はもふもふ感を堪能している俺の行動に首を傾げていた。


「ふぁ、おはようアリス」


 と、そんなことを暫くしていると隣で寝ていたアニエスが瞼をこすりながら起き上がる。


「おはようございます、アニエス姉さん」


 青から手を手を放すと、両翼を広げ宙に浮く。

 その姿を見ても既に昨晩青を見て、俺も青がどういった存在かを知らせているためアニエスは特に驚かない。

 少し青に視線をやるが、すぐに俺へと向きなおる。

 起き上がったアニエスは四つん這いになりながら俺に近づく。

 近い。

 睫が長い、吸い込まれるような碧い瞳だなんてことを一瞬考えたが照れくさくなり、俺は少しだけ顔の位置を後退させる。


「体調はどう? 万全?

 どこか痛いところとかはない?」

「はい。一晩寝て、すっかり快復しました」

「そう……。それならよかった」


 アニエスはほっと胸を撫でおろした。

 その問いと反応に、何だか違和感を感じたが今は疑問を置いておき、俺は約束した褒美の催促をすることにした。


「さぁ、アニエス姉さん。

 約束通り剣舞祭最終日までに厄介事を片付けました。

 ご褒美を所望します!」

「そうね。

 アリスは頑張ったものね。

 なんとなく想像は出来ているみたいだけど、私からのご褒美はアリスを剣舞祭そのフィナーレ、剣聖との試合にご招待します!」

「おお……!」


 予期していた答えではあるが、改めてアニエスの口から聞き、俺は歓喜に震える。

 ずっと観たい観たいと思っていた剣舞祭の試合。

 王都での厄介ごとに首を突っ込んでしまったことで、本戦の試合を未だに観れていない。

 だが、大一番を観れるのであれば些細な事。


「ありがとうございます、アニエス姉さん!」


 見た目通りの年齢らしく、アニエスの両手を掴みベッドの上でぴょんぴょん跳ねる。

 その様子をアニエスは苦笑しながら眺め、少し申し訳なさそうな表情をみせながら口を開く。


「アリスを招待する席は私達王族や、その関係者のための席なの。

 多くの国民の目につく場所。

 だから上に立つ者として、それなりにおめかしをする必要があるわ。

 アリスはそういったことが苦手かもしれないけれど、駄目かな?」


 上目遣いで、アニエスは問う。

 俺は目をぱちぱちさせながら、その質問の意味を少し考える。


(まぁ、女性の服を着るのに抵抗はあったが今はもうな……。

 慣れって怖い。

 それに剣舞祭が観れるのであればどんな格好だって受け入れるさ)

 

 答えは決まっていた。


「大丈夫です。

 剣聖との試合が観られるのであれば何だってします!

 ……でも私、そういった場所に相応しい服は持っていませんよ?」

「それなら大丈夫。

 この前、王城に行った時採寸してもらったでしょう?

 そういった服も今回仕立てて貰ってるから。

 私も着替えるために王城に今から行くの。

 ローラがもうすぐ迎えに来てくれるはずだから、一緒に行きましょう」

「はい、わかりました」


 俺は快く答えるのであった。



 ◇



 二人は、これから着替えるということもあり動きやすく脱ぎやすい王立学校の制服を身に着けた。

 着替えを終えた直後。

 どこかで俺達を監視しているのかと疑う絶妙なタイミングでローラは訪れ、促されるまま馬車に乗り込み王城へと向かう。

 王城に到着するとローラを先導に、広間へと案内された。

「アリス、また後でね」

 ここまで一緒だったアニエスは、複数の侍女に囲まれ部屋を後にする。

 ローラはこの場に残った。

 てっきりアニエスの教育係であるローラはアニエスの世話をすると思っていたの意外だ。

 よくよく考えてみると、王城で俺の着替えを担当していたのはローラだけであり他の侍女の世話になったことがない。

(今更知らない人に世話されるのも恥ずかしいし、ローラさんがいてくれて助かった……)

 俺としても、女の子になり暫く過ごし、それなりに身支度はできるようになったが完璧とは言い難い。

 諸々の事情を知っているローラがいるのは心強い。

「さて、アリス様はこちらに」

 ここで着替えるわけではないようだ。

 ローラの先導で再び廊下を進む。

 二人だけであれば、俺のことを「勇者様」と呼ぶが今は他にも侍女がいるため「アリス様」呼び。

 アニエス同様、俺の後ろを二人の侍女が付き従っていた。

 やがて目的の部屋に着いたのか、ローラが扉を開け、中に入るように促す。

 中に入ると、続いて二人の侍女も続き、最後にローラが扉を閉める。

  

「それじゃあ始めましょうか」


 楽しそうにローラが微笑んだ。

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