第四十五話「人と精霊と」
「まぁ、わしは精霊であるといっても、この身体は元々人のものであったがな」
何気ない女王の一言。
探るように正面のエメラルド色の瞳を見つめ返す。
「それはどういう意味でしょうか?」
「そのまんまの意味じゃ。元の持ち主からわしが身体を乗っ取ったというわけじゃ」
ニヤリと女王は笑みを深めながら続ける。
「お主もいつか同じ目に合うかもしれんのお」
『そんなことはしません!』
女王の言葉にヘルプが声を荒げながら抗議する。
ヘルプの言葉は女王にも届いていたようだ。
「ふむ。やはり、ただの精霊と違い、自我をもった相当高位の精霊を身に宿しておるようじゃな。ちなみに精霊の名は何と言うのじゃ?」
「……ヘルプと言います。今の話は本当なのですか?」
慎重に、女王の真意を探るように言葉を選ぶ。
今の話は本当なのか、はたまた俺の中にいる精霊という存在がどのようなものであるのかを確かめるための虚言だったのか。
独特の雰囲気を纏う女王であるが、先程から終始女王のペースで会話は握られており、こちらの情報は一方的に上手く引き出されていることは理解していた。
俺をただ暇潰しの相手にしているわけではないのだ。
「ヘルプと言うのか。知らない名じゃな……。怒らせたようならすまんかった。さて、わしがこの身体の元の持ち主から奪ったという話は本当のことじゃ。まぁ正しくは、間借りさせてもろうておうた身体の持ち主の精神が先に朽ちたというのが正しいがのぉ」
女王はテーブル中央にあるティーポットを再び手に取り、自身のティーカップの茶を注ぐ。
こちらにも注ごうかとのアイコンタクトを送ってくるが、未だに俺のティーカップには茶が残っているので丁重に辞退する。
気を悪くした様子はなく、持っていたティーポットは元あった場所に置き直し、女王は続ける。
「お主の精霊を怒らせたお詫びとして、少し昔話をしようか。なに、何ともない話じゃ」
昔々ある所に一人の少女がいました。
その子は生まれながら精霊と心を通わせることができました。
少女はある日、一人の精霊に出会います。
精霊は"自我"を持ったばかりの存在でした。
精霊といってもよほど高位な存在でもなければ人に認知してもらうことも、ましてや会話をすることなどできません。
まだ弱い存在の精霊にとって、少女と会話して過ごす時間は貴重で、とても楽しい時間でした。
ただ、それだけの時間を過ごすだけでも幸せだったのに、精霊はさらに願ってしまいます。
もっとたくさんの人とお話をしてみたい。
その願いを叶えるために、なんと少女は自らの身体を精霊に貸してくれたのです。
少女の身体を通すことで、精霊は人々と交流を持つことが出来ました。
たった一度、少女の身体を通して、様々な人々と交流しただけで満足でしたが、精霊はそれからも頻繁に少女の身体を貸りていくことになりました。
「こうやって、わしと元の主とでちょくちょく入れ替わっておったのじゃ。そうやっていつしか森国という国の上を率いる立場になり、ずっと一緒に国を見守っていくものと思っておったのじゃがな」
言葉が途切れる。
演技には見えない、女王は哀愁を帯びた表情でティーカップを持ったまま、その液面を見つめていた。
身体を乗っ取った、などという言い方をしたが、本意ではなかったことがありありと伝わってくる。
目の前には置いて行かれ途方に暮れる、ただの一人の少女に見えた。
「少ししんみりした雰囲気になってしもうたのお。やはり、ワインでも置いといて貰うべきじゃったな。お主もそっちの方が良かったであろう」
場を和ませるような発言。
「まだ、成人していないので」
苦笑しながら言葉を返す。
「ふむ。それは残念じゃな」
俺も少し冷めた茶を口に含む。
女王の昔話を聞きながら一つ驚いたことがあった。
持っていたティーカップを机に置き、尋ねる。
「精霊は人と会話できないのですか?」
てっきりヘルプと青が普通に会話しているので、普段ヘルプが話さないだけで、勝手に念話のようなものを使って誰とでも会話できると思っていた。
思い返してみれば、俺を除くとヘルプは青以外の存在と言葉を交わしているのを見た覚えがない。
なら何で青とは会話できるのかとも思うが、身体を一度捨て、精神体として疑似精霊のような存在であった青だから可能であったとも解釈できなくもない。
「高位の精霊、それも自身で世界に顕現できるような存在であればその括りではないがのお。わしみたいな名のない精霊にはとても無理なことじゃ」
女王の言葉で浮かぶもう一つの可能性。
それはヘルプが高位な精霊であるという可能性。
女王の話を聞きながらそんなことを考える。
「そういう意味でもお主は貴重な存在じゃな。わしの昔話を聞いた事じゃし、お主とヘルプはどうやって知り合ったか、その馴れ初めを話してはくれんか?」
「私とヘルプとの馴れ初めですか……」
ヘルプについて考えていたら、女王の質問が飛んできた。
こっちの世界に召喚された時に一緒に身に宿っていた、と正直に答えていいものか悩む。
いや、絶対にダメだ。
その話をしてしまえば、回り回って、俺が勇者であるという話までしないといけない気がする。
流石に勇者であるという情報は、目の前の女王に提供するべきことでないという判断はできた。
普通の者であれば「冗談をいうな」と言われるかもしれないが、何となく、目の前の女王は俺の言葉を真実として判断できる気がした。
だが助かることに、俺が何か言う前にヘルプが女王の言葉に回答してくれた。
『私は気付いたらマスターの中に居ました』
「ほう。それはまた。てっきりわしのように自我が芽生えたばかりの時にアリスと知り合ったか、はたまた元々この世界に顕現しておった精霊が、交渉で力を貸すことになったかのどちらかと思っておった」
珍しいと、女王は言う。
「まさに神に愛されし子というわけじゃな。剣術、魔術に優れ、生まれながら精霊を身に宿すか」
ヘルプの言葉に女王は納得したようで、足りないヘルプの言葉は勝手に解釈してくれた。
「愛された……ですか」
苦笑するしかない。
愛されたというか巻き込まれたという表現の方がしっくりくるが、第三者の立場で今の境遇を整理してみれば、女王の言う通り、まさに神に愛されし子としか言いようがない。
「ちなみに精霊とお主が会話できると知っておる者はどれくらいおるんじゃ?」
「この話をしたのは、女王様が初めてですかね」
そんな貴重な能力であるという自覚がなかった。
というか、神様から与えられた精霊であるヘルプと会話できるだけで、他の精霊とも同じように会話できるというわけではないと否定するべきであったか。
女王の元の身体の少女は、精霊と心を通わせ会話できたというが、俺には精霊と心を通わせるような能力はもっていない。
だが、時すでに遅しである。
「なら、今の話はわしとアリスの胸の内に秘めておこう。もちろんわしもレイにもこのことは話さん」
「……精霊と会話できるというのは公言しない方がよいとのことでしょうか?」
「そうじゃ」
女王は重々しく俺の言葉に頷く。
「ちなみにこのことが知れ渡ったらどうなるのですか?」
「どうこうなるかは分からんが、まぁ碌な結果にならんことは確かじゃ。お主も面倒事はいやじゃろう?」
「それは、はい」
「うむ。面倒事はなるべく減らすようにせねば、先々しんどいぞ」
女王は実感のこもった重い溜息を吐くのであった。
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次回更新予定 6/3(月)
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