第十五話「お祭り日和」
「おお!」
商業区の街がお祭り騒ぎの様相となっていることに驚き思わず声を上げる。
剣舞祭の予選が開催されると聞き、俺が想像していたのは参加する人々が粛々と試合を行っていく様子であったのだが、街は二日前に訪れた時とは違う賑わいを見せていた。
荷馬車が行き交う道には溢れんばかりの人が歩き、縁石に沿い普段は大通りを少し外れた場所にしか出ていない露店や屋台が並んでいた。
通りを歩きながらそれらの店を見て回る。
並ぶ大多数は食べ物を取り扱っており、通りに食欲をそそる臭いを辺に放っていた。
通行人も気になる店の前で足を止め購入し、食べ歩きを興じている姿も多く見られる。
そんな中で俺の興味を惹いたのが、ぽつぽつと並ぶ露店だ。
多種多様の露店。
怪しげな壺を売っている店。
実用性が皆無の装飾が施された刀剣を売る店。
足を止めたのは工芸品が並べられている店であった。
「おう、嬢ちゃんいらっしゃい。
この辺りでは手に入らない品ばかりだよ」
商人の言う通り、確かに見かけたことがない品々。
店を出している商人の人に尋ねてみたところ、国外から持ってきた品とのことだ。
「こんなでかい祭り、周辺の国でも早々ないよ。
俺たち商売人にとっちゃ一儲けできるチャンスだからな」
今年は四年ぶりの開催、加えて百年ぶりの剣聖のお披露目。
話題は王国内だけに留まらず、国外の人も多く訪れているとのこと。
確かに通りを歩いている中で、一風変わった衣装の人や普段は王都内ではあまり見かけない他種族の人も多く見た。
色々と話を教えてくれた商人のお店で細かい彫刻が施された櫛を一つ買い、御礼を述べると俺は再び通りに並ぶ露店を見て回る。
(って露店を見に来たんじゃない、予選を見に来たんだ)
すっかり当初の目的を忘れていた。
大分寄り道をしてしまったが、目的の予選会場へと向かうことにする。
予選会場は商業区の中央広場。
やはり剣舞祭のメインイベントであるため、広場に近づくにつれ通りの人口密度も上がっていく。
加えて、通りを歩く人にも変化が見られた。
これまではいかにも観光に来たと言った風貌の人が多かったが、会場に近づくにつれ全身に鎧を身に着け腰に剣を吊るしている者が多くなってきた。
そういった人物の目は祭りに浮かれている様子はなく、真剣そのもの。
間違いなく予選に参加するため、会場へと向かっているのだろう。
歩きながらぼんやりと、そういった人物を目で追っていると、突如肩に衝撃。
往来の多い道。
小さい背丈の俺が視線に入らず誰かがぶつかったのだろう。
そんなことを一瞬考えながら、踏ん張ることはせずにそのまま力を受け流すため、一旦地面に身を任せる。
お尻に軽い衝撃。
全然痛くはないが、傍目から見たら少女が人波に押されて痛そうに尻餅をついたように見えてしまう。
通りがかった人々の視線が心配そうに、俺に集まる。
パッと起き上がろうとし、それよりも早く声を掛けられる。
「大丈夫かい?」
「あ、大丈夫です」
目の前に膝を防護する白い甲冑が見えた。
よく手入れされているのだろう。
甲冑は反射し俺の姿を映している。
甲冑の主から手が差し伸べられた。
何やら既視感を覚え顔を上げると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
相手もそれに気づく。
「君は確か、先日学校でぶつかった?」
「先輩?」
今日は以前ぶつかった時のように制服ではなく、全身を鎧に身を固めているが見間違いようがない。
相変わらず人当たりのよい笑みを浮かべている。
「ほら、いつまでもそうしてないで」
「あ、すみません」
差し出された手を見つめたまま俺は地面に投げ出された状態でぼけーっとそんなことを考えていた。
先輩の声で現実に引き戻されると、慌てて手を握り立ち上がった。
立ち上がると、お尻のあたりについた砂を両手で軽く払う。
改めて先輩に向き合うと、お礼を述べる。
「ありがとうございます」
「うん、人が多いから気を付けないと。
それより君は、そうだ名前は何て言うんだい?」
「アリス・サザーランドです」
俺が名乗ると、先輩は驚く。
「君がアリスか!
まさかこんな小さい子だとは思わなかったよ。
噂ではいろいろ聞いてるよ」
「噂ってどんなのですか……?」
「あはは、色々だよ。
名前を聞いたからには僕も名乗っておかないとね。
僕はザンドロ・ヴァーグナーだ」
「ヴァーグナー先輩ですね」
「うん。よろしくアリス。
さて、まず聞かなければならないことがある」
「なんでしょうか?」
「今日は学校、休みじゃないよね?」
ザンドロがまっすぐ俺を見つめてくる。
予想していなかった質問、予想していなかった出会い。
俺は視線を彷徨わせる。
(まずい、何て言い訳しよう……。
今更他人の空似ですなんて言い訳は通用しないし!)
言い訳をああでもないこうでもないと考えあぐねいていると、ザンドロは突然笑い出した。
「あはは、そんなに必死の形相で言い訳を考えなくても大丈夫だよ。
大方、君は――アリスはサボって剣舞祭を観に来たのかな?」
「うっ、そうです」
観念して俺はザンドロの言葉に首肯する。
人当たりの良さそうな先輩ではあり、同時に真面目そうな人物に見える。
これは怒られるかと俺は覚悟したが、寧ろザンドロは愉快そうに笑っていた。
「悪い子だ。
でも、王立学校の生徒は多い。
僕が全校生徒の顔と名前を憶えているはずがないよね。
だからここで出会った少女とは僕はここで初めて出会った。
そうだよね?」
ザンドロの言葉を理解し、俺はコクコクと頷いた。
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