第十六話「広場への道のり」

 

 俺とザンドロは横に並びながら広場へと向かっていた。

 右手はザンドロの左手に繋がれたままだ。

 剣舞祭の予選を観るために広場に向かっている旨を伝えると、「なら移動しようか」と自然な流れで俺の手を先導するために繋がれた。

 完全に子供扱い。

 善意の行いのため、なかなか拒絶しにくい。

 こうして俺はザンドロに手を引かれている状況が生まれた。

 会話をしながら二人は道を歩く。


「剣舞祭の予選に参加するのかい?」

 

 笑いながらザンドロは俺が腰に吊るす剣に目をやりながら問いかける。

 もちろん冗談で言っていることは明確であった。 


「今回は見学です。

 もう少し大きくなったらいつかは出てみたいですけどね」


 参加したいのは本心。

 ただ、聞いた話では今年を最後に暫く剣舞祭は開催されそうにない。

 少し残念に思う。


「噂ではすごい魔術師と聞いていたけど、剣も好きなのかい?」

「うーん、好きかはわからないですけど剣と剣の戦いは好きですね」

「あはは、見た目と違ってアリスは男みたいなことを言うね。

 剣を常日頃から持ち歩いている女の子なんて初めて見たよ」

「やっぱり変ですかね?」

「いやいや、けっこう様になってるよ」


 本当は収納ボックスに仕舞いたいが、青が宿ったことで仕舞うことができず仕方なく持ち歩いているというのが理由。

 学校内では騎士志望の生徒は常に帯剣しているが、街中で剣を持ち歩いている人はあまり見かけない。

 それに加えてアリスの容姿と腰に吊るす剣のミスマッチな光景に周囲の人々から奇異の目を向けられているのだが、当の本人は気付いていなかったりする。


「剣を見せてもらってもいい?」


 腰に吊るす剣は魔術によって本来の姿を偽装している。

 見た目は特徴がない平凡な剣。

 

「いいですよ」


 サンドロの言葉を了承し、腰の剣を鞘ごとザンドロに渡す。

 剣を受け取りザンドロは柄を軽く握る。

 さすがに往来の中、鞘から剣を抜くわけにもいかず、ザンドロはそのままの状態で感触を確かめるよう、身体の前で軽く掲げてみる。


「これは、どこで打ってもらったの?」

「貰ったものなので詳しくは」


 本当は陛下に下賜された剣なのだが、そんなことを言うわけにはいかない。

 俺は適当な言葉で濁す。 


「そうか、残念。

 見た目に特徴はないけど、いい剣だ。

 僕もこの工房で剣を打ってもらいたいと思えるくらいに」


 心底残念そうにザンドロは呟く。


「はい、ありがとう」


 俺にザンドロは剣を返す。

 剣を受け取り、元あった腰に再び吊るすと俺は気になっていたことを問いかけることにした。

 

「先輩は予選に参加するのですよね?」

「そうだよ」


 全身に鎧を着こんで屋台見物に興じるはずもない。

 愚問であったか。

次に気になることを問う。


「剣舞祭の試合は、やっぱり真剣で行うんですか?」

「本戦は真剣だね」

 

 元の世界で剣の試合と言われイメージするのは剣道やフェンシング。

 あくまでスポーツの一種であり、決して試合で血が流れるようなことはなかった。

 当然異世界では俺の常識など通用せず、祭りを謳っているが真剣勝負。

 

(うへえ、本当に斬りあうのか)


 先程は参加したいと思ったが、前言撤回。

 血が流れるのはちょっと遠慮願いたい。

 それに人を斬るのは魔物と違い、きっと躊躇してしまう。

 ザンドロの言葉は続く。


「本戦は真剣だけど予選は刃がないもので試合を行うよ」


 そう言うと、ザンドロが自身の腰を指さす。

 そこには二本の剣が吊るされていた。


「この国で剣を学ぶ者の多くが剣舞祭の頂を目指して修練に励む。

 だから真剣と全く同じ重さで、刃が付いていない剣――模擬剣を皆持っているんだ」

「そうなんですね」


 初めて聞いたアルベール王国の剣事情。

 なら、本戦も模擬剣でいいじゃんと俺は心の中で突っ込みながら、その疑問を口にする。


「どうして本戦では真剣なのに、予選は違うのですか?」

「剣舞祭が開催され始めた最初の頃は常に真剣だったみたいだけどね。

 そもそも剣舞祭にでてくるのはどんな人物だと思う?」

「腕に自信がある人?」

「正解。剣舞祭が開催されるメインの目的はもちろん剣聖に相応しい人物を選出することだけど、試合に勝ち上がり上位に入ってくる人物も王国内では屈指の腕前ということになる。

 そこに入るには身分も関係なく、ただ自身の腕のみで這い上がるしかない」

「国内の優秀な人材を探すのも目的ということですか?」

「そうだね。寧ろそういった人材を探す方がメインになってるかもしれない。

 過去に剣聖が誕生した剣舞祭などほとんどないのだから」

「でも、それなら本戦こそ模擬剣を使うべきでは?」


 俺の疑問にザンドロは苦笑しながらも首肯する。


「うん、そうだね。

 国としても本心は真剣で戦ってほしくないだろう。

 以前、本戦も模擬剣で行ったことが一度だけあるみたいなんだけど」

「なんだけど?」

「観客からすこぶる評判が悪かったらしく、それっきりだね」

「あぁ……」

「だから人数が絞られる本戦でのみ真剣を使う。

 優秀な人材をわざわざ失うことを国としてもしたくないから、国内隋一の治癒術師が招集され最上級のポーションも準備されている。

 参加者は思う存分、剣を披露することに集中すればいいというわけだ」

「予選はそんな手厚い介護ができないから、模擬剣で戦うのですね」

「そういうこと」


 俺とザンドロがそうこう話している内に広場まで大分近づいた。

 独特の熱気を帯びてくる。

 先程までは、どちらかといえばお祭り独特の浮ついた空気が流れていたが通りを曲がり、あとは直進すれば広場という位置になると、その空気は異質な物に変わった。

 その中心は間違いなく目的地の広場。

 歓声が響く。

 しかし、その歓声は。


「ぶっ殺せ!!!!」

「やっちまえ!!!!」

「いいぞ!とれ!そこだ!やれ!」


 普段の穏やかな王都ではまず聞くことのない物騒な単語があちこちで叫ばれていた。

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