第十四話「サボり魔アリス」


 あっという間に休日の二日間が終わり学校が始まった。

 俺は迷宮で思う存分暴れ、ちょっとした小金を入手し上機嫌だ。

 せっかくなので迷宮の帰りに商業区でアニエスとお揃いの服を仕立ててもらい、先日の迷宮で心配をかけたお詫びにプレゼントしたら大層喜んでくれた。

 さて、そんな二日ぶりの教室ではあちこちで剣舞祭の話題でもちきりであった。

 授業が終わり休憩時間、珍しくアニエスが用事があるとのことで机で大人しく座っていると、クラスの男子の会話が耳に入る。

 もちろん話題は剣舞祭。

 俺が聞き耳を立てる先では四人の男子が机に腰かけ盛り上がっていた。

 相手の自己紹介を聞く機会もなかったため、同じクラスの男子であることはわかるが名前を実は憶えていない。

 最初は聞き耳を立てることに徹していた俺だが。


「私も混ぜて」

「「「ええ!?」」」


 突然の乱入に驚くクラスの男子。


(え、なんでアリスちゃんが)

(俺が知るかよ)

(これはアリスちゃんと仲良くなれるチャンス!?)

(アニエス様にあとで怒られるぞ)

 

 そもそも俺はクラメイトに大人しい、引っ込み思案という印象を持たれていた。

 それは学校内で竜と戦ったということが広まった今でも同じだ。

 原因は普段の俺の行動にある。

 引っ込み思案ではないが、基本俺は同学年の女性との会話が苦手であった。

 というよりも、教室内で一応最も幼い俺はクラスメイトの女子に愛玩動物のように扱われてしまう。

 アニエスとのスキンシップには耐性ができていたが、そこまで知った仲でないクラスメイトの女子に容赦なく抱きしめられるのはどうしても恥ずかしい。

 そんなわけで、俺は身を守るためにアニエスの側をなるべく離れないようにしていた。

 割と忘れがちだが、アニエスは一国のお姫様である。

 俺はアニエスのお気に入りであり、その会話を邪魔するなどもってのほか。

 クラスメイトもそのことはよくわきまえており、お姫様の不評を買うことはわざわざしない。

 身を守るため、俺はアニエスにべったり引っ付いて行動することが多いため、教室内での印象は引っ込み思案とされているわけだ。

 しかし、元男の俺にとってクラスの男子に話しかけるなど造作もなく、むしろ女子よりも話しかけやすい。


「ほらほら、私だけ除け者にしないで!

 私あんまり王都のこと詳しくないの。

 剣舞祭のこと教えてくれないかな?」


 俺はつとめて笑顔で口にする。

 効果は抜群であり、四人の男子は顔を少し赤らめながらも会話を再開した。

 そこで俺は剣舞祭には予選と本戦があり、予選は今日から行われているという情報を入手した。

 場所は王都内の様々な会場で行われているが、なんと学区から近い商業区でも開催されていると言う。


(予選……観たい……!)


 クラスの男子がはりきって説明してくれるのをニコニコ聞きながら俺は心の内で思った。



 ◇



 思い立ったら即行動……とはいかず。

 昨日、授業の休憩時間に聞いた話に俺はそわそわしていたが、そのまま授業をサボるほどの度胸は持ち合わしていなかった。

 しかし次の日。

 俺は学校をサボることを決意した。

 問題は真面目なアニエスが俺のサボりを容認するかである。

 ここは直球勝負でいこうと、俺は決断した。

 素直に剣舞祭の予選を観に行きたいから学校を休みたいと伝えることにする。

 勿論言い訳も考えた。

 今日の最初の授業が「護身術」であるということだ。

 この護身術、特段嫌いな授業というわけではない。

 むしろ好きな授業だ。

 しかし、迷宮から帰還し授業に復帰してからというもの、担当のモートンが俺に対して異常に過保護に対応し困っていた。

 原因はわかっている。

 校長のルシャールが広めた俺の後遺症という嘘のせいだ。

 モートンはまだ病み上がりなのだから無理をする必要はないと、俺に見学を命じ大事大事にする。

 身体を動かしたいという俺の主張は頑なに却下され、大人しく見学する羽目になっていた。

 当然面白くないし、授業に出る意味がない。

 見学するくらいなら、もっと有意義に時間を使いたいものだと俺は思う。

 朝起きると、俺は意を決してアニエスに今日は学校を休み、王都で行われている剣舞祭の見物に行きたい旨を伝えた。

 アニエスは拍子抜けするほどあっさりと俺のサボリを容認した。


「いいわよ」

「え、本当にですか?」


 あまりにもあっさりと許してくれたことに驚き、聞き返してしまった。


「サボるのはよくないけど、アリスが剣術好きなのは知ってるし。

 それに本当は学校の授業に出なくてもいいんでしょう?」

「知ってたのですか」


 俺はアニエスに授業を受けなくてもいいという破格の待遇に関して話したことはなかったはずだ。

 どこで聞いたのか、と俺は疑問に思う。


「この前、校長先生に色々聞いたからねー」


 別に秘密にすることではないし、寧ろアニエスの理解が得られやすくなったということでグッジョブと俺は校長に心の中で称賛を送る。

 そんなこんなで最大の難所と思われたアニエスの説得は一瞬で終わった。

 ただ最後にアニエスからの条件を言い渡された。


「先生にはアリスが今日は体調が悪いから休むと伝えておいてあげるわ。

 そのかわり、今週の休みは私と街に遊びに行くわよ!」

「はい、喜んで」

「なら、よし!」


 週末の約束をし、アニエスは上機嫌に寮を出て学校へと向かった。

 俺はそれを見送ると出かける支度を始める。

 収納ボックスからしまっている服を何枚か引っ張り出す。


「うーん、どれにしよう」


 さすがに王立学校の制服を着るのは目立つことを俺は自覚していた。

 なるべく目立たない服で、この幼い見た目が少しでも緩和される服は……と吟味する。

 一応、精霊&竜に相談してみるが。


『マスターならどれでもお似合いです』

『僕の毛皮を被るなんてどうだい?』


 と、あまり参考にならなかった。

 結局、服を体にあて、鏡と睨めっこ。

 最終的にブラウスと深い緑を中心としたブレザーとスカートを組み合わせる。

 ローラが用意してくれた中でちょっと大人っぽいと俺が判断した品だ。

 仕上げに同じ深い緑色のベレー帽を被り、お出掛けファッションの完成。

 出来栄えを鏡で今一度確認する。


「うん、いい感じ」


 満足気に俺は頷くと、寮を出て予選が行われている商業区へと向かう。

 

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