第七十四話「夢の終わり」

剣が眼前に迫る。


「くっ!」


 跳ぶ。

 風魔術を併用し、襲い来る剣の勢いも利用した。

 小さい身体を活かし、空中に活路を見出し、今日何度目かとなる危機を逃れる。

 一瞬のうちに闘技場の中央から壁際まで移動、いや、吹き飛ばれた。


「この短い時間で、立ち回りが十分うまくなったじゃないか!」

「そいつはどうも!」


 だが、逃れた先ですぐストラディバリが迫り、剣が交わる。


(この場所は狭すぎる!)


 心の中で俺は悲鳴を上げる。

 息をつく暇も与えてもらえない。


「ハァ、ハァ……!」

 

 この身体は無尽蔵の体力を保有していると、俺は勘違いしていた。

 神経を研ぎ澄まし、魔力を、体力をどんどん奪われていく。

 

「逃がさんぞ!」

「しつこい!」


 片手で刀を振り回し、剣を迎え撃つ。

 叩き潰される、そう思わせられ程の圧が右肩にのしかかる。

 足を浮かし、身体に襲いくる力を逃す。


「くらえ!」


 魔力を収束さえ、水系の上級魔術|水天一碧《アクアインパクト》をストラディバリ至近距離で炸裂させる。

 単体相手に使うには、あまりにも規模が大きすぎ戦略魔術にも数えられる術。

 闘技場ごと飲み込んでもおかしくない規模の水が頭上に出現し、ストラディバリを襲う。


「ぬるいな!」


 ストラディバリが出現した魔術を振り払うかのように、剣を振りぬく。

 同時に焼き焦げる熱が現れ、俺が生み出した魔術はかき消された。

 魔術が発動した名残として、虚しく白い靄だけが辺りを包む。


(防がれることはわかっている!)


 俺は先程盗んだ電光石火を発動。

 紫電を纏い加速。

 ストラディバリの死角から襲い掛かる。


「見えてるぜ!」


 刀を正面から剣で防がれる。

 斬り合いはストラディバリの領域。

 これまで何度も、その支配的な間合いを避けてきた俺は同じように逃れようとしたが。

 二人を灼熱の炎が囲む。


「逃がさん!」


 ストラディバリの眼が俺をまっすぐ捉えていた。

 次の斬撃が襲い来る。


「ッ……!」


 身体を反らして躱す。

 空気を切り裂く音が遅れて耳に届く。

 ストラディバリの剣の領域での戦いを強制させられる。


「本当に不思議な存在だ。神が俺様に用意しくれた贈り物としか思えんな」

 

 斬り裂く音が耳に残響を届かせてる間にも次の一撃が!

 軽口をたたきながらも隙のない攻撃が次々に繰り出される。


「本気の戦いを望んでいるといったが、ここまでお前は本気を出していないじゃないか!」 

「当然だ! 貴様の実力に合わせてやっているからな!」

「何を……」

「確かに俺様は強い! 

 だが、お前も強い。

 何故なら俺様が強いと保証するからだ。」

「無茶苦茶な!」


 振り下ろされる剣を苦悶の表情を浮かべながら凌ぐ。


「剣は見えているだろう?」

「勘はいいみたいでな!」

「はっ、勘だけでここまで俺様の剣を防がれてたまるか!

 だから、その驚異的な成長、止めるなよ?」

 

 赤い瞳が輝く。

 剣が迫る。

 重い、そして速い。

 俺と違い、美しい軌跡を描く剣だ。

 足を止め思わず見惚れてしまいそうである。

 だが、足を止めてはならない。

 その軌跡は俺の命を一瞬で奪い取る鎌である。

 躱す躱す。

 力任せに振ってきた刀ではストラディバリに届かないことをすでに承知していた。


(速く、速く!)


 型など知らない俺はそれだけを思考する。

 剣と刀がぶつかり甲高い金属音が響く。

 一度のぶつかり合いで発生する音。

 その音が止む前に次の音が。

 幾重にも幾重にも重なっていく。

 囲んでいた炎はいつの間にか消えていた。


「そうだ! もっと速くだ!」

「変人が……!」


 追いつけそうに思えた剣速。

 だが、ストラディバリの剣はまだ加速する。

 必死に追い縋る。

 それに伴い、ストラディバリの笑みは深まる。


「だが速さだけが全てではない」

「……ッ!」


 高速で繰り出される剣の中、タイミングをずらされた。

 刀は空振り、がら空きの背中を晒す。

 即座にストラディバリの剣が襲う。

 咄嗟の防御魔術は間に合う。

 剣が身体を斬り裂くことは防げたが衝撃をまともに受ける。

 バットで弾き返されたボールのように、転がる。


「くそっ!」


 すぐに立ち上がり、再び距離を詰める。

 不思議と思考から魔術による反撃が抜け落ちていく。


「俺様は何度も立ち向かってくる奴は好きだぜ!」

「悪いが男に興味はないんだ」

「つれないことを言う。

 貴様を満足させれるやつは、きっと俺様以外に現れんぞ?」

「それは助かるな!

 そもそも本気で口説きたいなら優しくしたらどうだ?」

「ハッ、そんな相手を俺様は望んでない!」


 剣を避けても、肌を掠めた空気が傷を刻んでいく。

 新調した服も、何度も吹き飛ばされ今は泥に汚れている。

 剣を交えるたびに傷つき汚れるのは俺ばかり。


(勝てない……!)


 思ってしまう。

 立ち向かえば立ち向かう程に、実力差を痛感する。

 目が慣れてきたのか、剣筋は見えるようになってきた。

 無駄ばかりであった俺の剣筋も徐々に研ぎ澄まされてきた。

 しかし、目の前の相手があまりにも強い。


(何もかもが足りない。

 俺の攻撃が届いたのは偶然の一撃。どうやって……!)


 レベルだけは高い。

 だが、強者と戦い凌ぎ削ってきた強さが俺にはない。

 神の祝福によりレベルだけがあがってしまったのが俺という存在だ。


「くッ……!」


 剣が今度は正面に。

 一点となり俺の身体を襲った。

 身体を捻り躱そうとする試みは失敗する。


「ぐぁあああっ!」


 左肩を剣が貫く。


「終わりか?」


 鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離。

 赤い瞳が俺の瞳を覗き込む。


(無理だ)


 初めて経験する激痛が身体を襲う。

 痛みで言葉が出てこない。

 俺の表情から何を読み取ったのか、失望した声音をストラディバリは響かせる。


「そうか。残念だ」


 剣が引き抜かれ、流れる動作で横凪に剣が一閃される。

 それでも生存本能が働き、咄嗟に防御魔術で剣を防ぐ。

 視界はひっくり返り、吹き飛ばれることは理解した。

 身体をひんやりと硬い感触が襲う。

 地面だ。

 また、俺は地面に転がされた。

 そして俺自身の意志とは別に、身体はすぐに立ち上がった。

 右手だけで刀を握り締めながら。


「諦めたかと思ったが、なんだ。

 まだ立ち上がれるではないか」


(何してんだ俺の身体は……!?)


 立ち上がった俺の姿を目にして歓喜の声を上がるストラディバリとは対照的に、心の中では悲鳴を上げていた。

 ドクドクと貫かれた左肩から脈打つ感覚が伝わってくる。

 しかし、悲鳴の下から違う言葉が這い上がってきた。


『諦めてたまるか』


 誰かの声が聞こえた気がした。

 幻聴かもしれない。

 でも、確かに叫び声は俺の中で響いた。


(その通りだ……!)


 今度は自身の意思で右手で刀を一層強く握りしめた。


「お前と違って、俺はまだこの世界を堪能していないからな。

 ここで死んでたまるか」

「ハッ、さっきよりはいい目をしている。

 だが、俺様を超えんことには、その願い叶わぬぞ」


 駆け出す。


「何っ――!」


 ストラディバリが驚きの声を上げる。

 俺の刀が予想をはるかに超える速度で襲い掛かったからだ。

 右手一本で刀を振るう。

 振るうというより、今は振り回しているいう表現がしっくりくるか。

 剣術を習っている者からすれば冒涜的とも思える動き。

 肩を、肘を、手首を縦横無尽に動かしながらストラディバリを襲う。


「くっ!」


 ストラディバリが初めて苦悶の表情を浮かべる。

 このような無茶苦茶な型では、本来全く力が入っておらず、弾き返すのは容易。

 しかし、俺が振るう刀は常識を無視し、無茶苦茶な型でありながら一撃一撃が重い。

 防御を捨て、魔術による立体機動も使いストラディバリの死角を襲おうと試みる。

 だが、苦悶の表情を浮かべていたのも一瞬。


「そうだ! これを待ち望んでいた!」 


 ストラディバリも嬉々として俺の攻撃を迎え撃つ。

 目の前の男は剣の型などどうでもいいのだ。

 ただ、強いければいい。

 互いの剣を、刀をぶつけ合う。

 俺の右大腿を剣が斬り裂く。

 左下腿を、脇腹を、鼻先を。

 赤い雫が舞う。


(致命傷ではない!)

 

 身体は動くのだ。

 攻撃する手は緩めない。


「ハハッ、ハハハハハッ!」


 徐々に刀は、ストラディバリを脅かしているはずにも拘らず赤い瞳を輝かせながら嗤う。


(もっと、もっと……!)


 念じるように。

 自身の刀が相手の剣の下を潜るようにイメージしながら。

 闘技場の中央で。

 がむしゃらに刀を振るう。

 ただただ速度を優先し。

 見えない決着。

 だが、長引かせることはできない。

 痛みは身体を襲い、血は身体から抜け、徐々に思考の邪魔をする。


(届きそうなのに……!)


 前へ前へと足を踏み出す。

 刀を剣で払われ、自身が放つ威力以上のものが返ってくる。

 もう怯むことも諦めることはない。


(まだ身体が動く限り!)


 眼前で剣が振り下ろされる。

 構わない。

 さらに一歩を、踏み込んだ。


「とどけえええええええッ!」


 がむしゃらに突き出した一撃。

 目を見開くストラディバリ、刀が胸を貫いた。

 肉を貫く感触が手に伝わってくるが、血はでない。

 届いた、だが喜びはなく、俺は冷静に思う。

 

(本当に人という存在ではないんだな)


 ストラディバリの赤い瞳を見つめながら言う。

   

「俺の勝ちだ」

「ああ、俺様の負けだ」


 ストラディバリは見開いていた目を瞑り、感慨深げに言う。

 勝負は決した。

 俺は貫いていた刀を抜く。

 勝ったと宣言はしたが、俺には勝った余韻など一切ない。

 あの一瞬だけ、ストラディバリを上回ることができた。

 次に剣を交えたら、今日届いた一撃は届かぬだろう。


「負けだ負けだ。

 久しぶりに負けた。

 ……そうか、これが敗北したときの気分か」


 ストラディバリは天を仰ぐ。


「どんな……気分だ?」

「悔しい。あぁ、悔しい。

 アリス・サザーランド、お前と同じ時代に生まれれなかったのも悔しい」


 悔しいとも言いながら、その顔は晴れ晴れとしていた。

 握っていた剣を見つめながらストラディバリはさらに呟く。


「お前も、俺様の我儘に長い間付き合ってくれてありがとうな。

 最高の相棒だったぜ」


 ストラディバリの足先から徐々に、消えていっていることに気付く。 

 再び俺に視線を向け、口を開く。


「せっかく、俺様と同じ場所に辿り着ける奴に出会えた。

 これから何度も、何度も剣を交えたかった。

 ……いや、、待てよ。

 よくよく考えれば剣よりもお前は俺様に生涯寄り添うに相応しい。

 どうだ、俺様の嫁にならぬか?」

「お断りします」


 ジト目で即座に俺は言葉を返す。


「ハッ、俺様からの口説きを拒絶する者など生前はいなかったんだがな!

 ……だが、これでよく眠れそうだ」


 それだけを言い残すと光の粒子となりストラディバリは消えた。

 無銘の主を失った剣が地面に落下する音が響く。

 遅れて、俺の耳に地鳴りのような歓声が聞こえてきた。

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