第七十五話「剣舞祭後日談」
意識が覚醒する。
俺は身体の倦怠感を残しながらもゆっくり起き上がった。
王立学校の寮、自室。
目には殺風景な光景が広がる。
部屋の家具はベッド以外に、中央に丸型の机と鏡台が置かれているのみ。
机の上には青が丸くなり、寝ていた。
起こさぬように、ゆっくりとベッドから這い出ると身だしなみを整え、学校の制服に着替える。
現在、アニエスの部屋にいないのは絶賛喧嘩中(?)。
「アニエス姉さんとはしばらく口をききません!」
と、俺が宣言してから三日が経つ。
あれから頻繁にアニエスが謝罪に訪れるが、ここは心を鬼にし、頬を膨らませ不満を目一杯表し徹底抗戦の構えだ。
剣舞祭最終日からも三日が経ったことになる。
貫かれた左肩やその他の傷も治癒され、傷跡もなく綺麗に治っている。
この辺りは流石ファンタジーと言ったところか。
周囲の喧騒とは別に、あれから平穏に過ごしていた。
理由は簡単。
自室に引きこもっているからだ。
剣聖として俺の名が知れ渡ったことにより、様々な貴族からパーティの誘いを受けたようだ。
伝聞系なのは、間にローラが入り、俺に教えてくれたため。
暫くは「体調不良」を言い訳に丁重にお断りするよう、ローラにお願いしておいた。
(いつまで断れるかはわからないけどな)
はぁ、とため息をつく。
後は、アレクが王都で発生した人攫い事件の続報を教えてくれた。
結局、攫われた子供達は見つかっていないが、地下水道で血痕が付着した樽が複数見つかったそうだ。
血は優秀な触媒。
水に血を流し、魔力の伝導率を上げるために使われたと推測されている。
(見つからない子供たちはきっと……)
何かできたかと問われると、俺に出来ることはなかったかもしれないが、知ってしまうと暗澹たる気持ちになる。
そんなことを考えながらも着替え、最後に首元のリボンをしめる。
「よし」
鏡で自身の姿を確認する。
刀を腰に吊るすか悩んだが、収納ボックスに仕舞える物をわざわざ見せびらかす必要もないと判断し腰元はすっきりだ。
「青、学校行ってくる」
青は言葉では答えず、右翼をひらひらと振っていた。
部屋を出て、階段を降りると声を掛けられた。
「どこか行くのか?」
「学校ですよ」
振り向くことなく返事をし、寮の扉をくぐろうとしていたが、俺はぎょっとして振り返った。
「な、何で!?」
俺は驚きの声を上げる。
見間違いようのない人物。
目の前には鮮やかな赤い髪、赤い瞳を持ったストラディバリが応接間で何食わぬ顔でくつろいでいた。
服装こそ、剣舞祭の時とは違うが。
「あんた消滅したんじゃないのか!?」
「俺様が消滅? 何を言ってるんだ?」
「いやいやいや。
今回で最後みたいに『これから何度も、何度も剣を交えたかった』とか言ってたじゃねえか!」
「うん? それは『これから(今すぐに)何度も、何度も剣を交えたかった』って意味だ。
俺様は全力の戦いを望む故、アリスの身体が回復するまで待ってやるという心遣いよ。
何、俺様からすれば数百年待ってきたのだ。
数日待つなど大したことではない。
感謝しなくてもよいぞ?」
「……意味深に『これでよく眠れそうだ』とか言ってたのは?」
「? そのままの意味だが。
俺様の長年の悲願は叶い、これでよく眠れるという意味に決まってるだろう。
アリスこそ何を言っておるのだ?」
「なんか光の粒子みたいになってたのは?」
「よい演出であったであろう?」
どうだといわんばかりの声で告げられた。
俺はジト目でストラディバリを睨む。
(ちょっと消えていくストラディバリを感慨深く見ていた俺がアホみたいだ!)
「そもそも俺様は精霊に近い存在だぞ?
物理的な剣で精霊を消滅させれるわけなかろう。
面白いことを言うではないか」
「ソウデスカ。で、一体何をしに来たんですか?」
「そんなの決まっているではないか。
傷は癒えたのであろう。
さぁ、アリスよ刀を握れ!」
俺はにっこり微笑むとツカツカとストラディバリに歩み寄ると首元の襟を掴む。
「?」
「ここは女子寮だ!」
思いっきり、寮の出口に向かって投げ飛ばした。
最近溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、魔術も発動し全力で。
「あと、俺は学校に行くのでそんな時間はないです!」
俺の言葉はストラディバリには聞こえていなかった。
なぜなら、あれ程苦戦した筈のストラディバリは、俺の投げを受け、見事に目を回し気絶していたからだ。
一瞬、「こいつどうしよう……」と悩んだが、放置して学校へ向かうことにした。
◇
「ん、おかえり」
学校へ向かって一時間後、俺は疲労困憊といった状態で再び寮に戻ってきていた。
それを待っていたかのようにラフィは応接間のソファーに腰かけていた。
ちなみに転がして放置していたストラディバリはいなくなっていた。
「ラフィ、どうして?」
「ナオキを待ってた」
さも当然と言った口調。
「こんな時間から待ってたの?」
ラフィなら、今日から学校が始まるということは知っていたはず。
俺が登校し、普段通りに授業を受けていたならば夕方までは帰って来ない。
「だって、ナオキは今日学校行ってもすぐ帰ってくることなんて明らか」
ラフィの言う通りであった。
俺は学校に登校するなり多くの生徒に囲まれた。
剣聖になったことに対する祝福、試合の称賛。
これだけで終わるのであれば、俺はにこにこしながら「ありがとう」を言う機械になることで乗り切れただろう。
しかし現実は甘くなかった。
まず、俺が辞退していた各方面からのパーティへのお誘い。
子供という手札をきり、俺に参加を要請してくる生徒の多いこと多いこと。
何通もの招待状を貰った。
そして、一気に増えた求婚。
今日の短い時間だけでも三十二件。
どこどこの長男の~と言われてもピンとこない貴族名やら役職名のオンパレード。
漢字文化の俺にはカタカナ文字は頭に入ってこない。
もちろん全て丁重にお断りした。
最後に最も多かったのが弟子入りであった。
弟子にしてくれと懇願してくる生徒。
いや、生徒だけでない。
護身術の教鞭をとっているモートンといった先生や、校内を出入りできる騎士までいた。
「弟子はとっていないので……」
と言っても、一向にひく気配がなかった。
さて、そういった状態に陥った俺がとった選択は一つ。
撤退だ。
こんなところにいてられるか。
「体調不良」を訴え俺はとんぼがえりを決めた。
誰かに話を聞いてもらいたかった俺は、今日学校で起きたことをラフィに愚痴る。
じっと聞いてくれたラフィは。
「あれだけ目立っておいて、こうなることを予想できなかったの?」
「うっ……」
「ナオキはたまに見通しが甘い。
目立ちたくないならもっと力を隠すなり、上手に立ち回らなきゃ駄目。
だから剣聖なんかにいつの間にか祀り上げられちゃうのよ」
「返す言葉もございません……」
はぁ、とラフィは溜息をつく。
「それでラフィはどうして寮で俺を待っていたんだ?」
「それは……」
何故か二度三度と顔を伏せたり、俺の方を見たりを繰り返して、ようやく口を開く。
「ナオキは学校でも経験した通り、いま剣聖として注目されているでしょう?」
「そうだな」
「だから、少しほとぼりが冷めるまで、王都じゃなくて、その……」
珍しくラフィがはっきりしない言い方をする。
しかし、一度深呼吸をすると、意を決し口を開いた。
「私の故郷に遊びに来ない?」
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