第八話「風呂場にて」
「ラフィはアリスちゃんの先生なのよね?」
「そう」
「今は一緒に旅してあちこち回ってるのよね?」
「そう」
「なら、アリスちゃんの親御さんはラフィのことを信頼して任せてくださっているのだから、魔術だけじゃなく生活の面倒も見てあげないと駄目よ」
「……アリスに家族はいない。孤児だから」
「そう……なの。ならそれこそ、口では言えないだけで本当は甘えたいはずよ。
確かにしっかりしてる子に見えるけどね。それともアリスちゃんの面倒を見ることが嫌なの?」
「……違う」
「ならちゃっちゃと行く。せっかく温めたのにお風呂が冷めちゃうわ」
「はい。アリス行こう」
ラフィ弱い!
エレナの言う言葉にほとんど頷いてるだけで終わった。
ええ……いいのかよと思ったが、ラフィに無言で手を引かれた。
そのまま俺達は食卓のある部屋を抜け、廊下を歩き、そのうちの一つの扉をくぐった。
そして、
「うぅ……! ぁあっ……!」
ラフィは部屋に入るなり隅でうめき声を上げながら謎の動きを繰り返しはじめた。
普段の無表情とはあまりにもかけ離れた姿に驚く。
今俺達がいるのは脱衣所であった。
(いや、こうならないように頑張れよ)
ラフィの動きが止まると、ちょうど俺と目が合う。
暫くじーっと見つめていたらラフィの顔は段々と顔が赤くなり、耳先まで真っ赤に。
「ううう……!」
再び悶え始めた。
面白いのでもう少し見ていたい気もするが、このままでは埒が明かない。
「エレナさんは一緒に入るようにいったけど、流石にそれはまずいのわかってるから。
俺はここで後ろ向いてるからラフィだけ入っちゃってよ」
俺はくるりと後ろを向き、紳士的な提案。
「……駄目よ」
ポツリと。
「お母さんは私の嘘なんてすぐに察するわ。絶対後で怒られる……!
それに入ってる間にお母さんがここに来ないとも限らないし」
今度は涙目に。
お母さんに怒られるのが嫌だとはなんとも微笑ましい。
ラフィ何歳だよ、と言いたくなるのをこらえる。
「……じゃあどうするんだ」
俺の質問に、ラフィはグッと何かを覚悟した様子で言葉を口にする。
「お、お風呂は一緒に入る」
「ラフィがいいならいいんだが……本当に大丈夫か?」
「うぅ……っ! もう覚悟が鈍らないうちにはやく……!」
目を瞑った状態でラフィは一気に服を脱ぎ始めた。
意外に頑固なラフィのことだ。
もう止まらないだろう。
だが、やはり元男の俺の前でというのは羞恥心も強いようで、顔は赤いまま。
流石に俺も良識はあるので着替えをまじまじと眺めることはしない。
背中を向け自分の服を脱ぎ始め、ラフィを安心させるために口を開く。
「俺は自分の身体で見慣れてるから大丈夫だ」
「アホッ……!」
涙目になったラフィに脱いだ服を投げられた。
◇
「ナオキのアホ。変態。女たらし……!」
呪詛のように背後にいるラフィは同じ言葉を繰り返す。
「いや、女たらしって……」
「後ろを向くな……!」
「へいへい」
ラフィ家のお風呂場は中々広かった。
勿論、寮に備えられているような大人数が利用することを想定したのと比べれば随分と狭いが、個人の家で供えられている風呂としてはとても広いと言えるだろう。
ただ備えられているシャワーは一カ所なので身体を洗うのは一人一人となる。
現在は俺がシャワーの前に座らされていた。
さて、ラフィがてんぱっているので、それを見ていた俺は逆に冷静に……なるはずもなく平常心を装ってはいるが心臓がバクバクであった。
だって意識しないようにしていたが、俺がこちらの世界で初めて出会った美少女だ。
その子が全裸で今後ろにいるのだ。
(女の身体になっていてよかった……)
大丈夫とは口にしたが、先程チラリと見えたラフィの陶器のように白い裸体が脳裏に焼き付く。
(冷静に……冷静に……、まずは髪を洗おう)
深呼吸をし、シャワーを手に取ろうとする。
そこでここに備え付けられたシャワーには蛇口をひねる機械的なものが見当たらない。
どうやって使うんだろうと首を傾げていたらラフィが手に取り、続いてひんやりとした感触が首筋に。
「髪と背中は洗ってあげるからじっとしてて」
余計なことは口に出さず、俺は「はい」とだけ返す。
ラフィが魔力をこめるのを背後から感じ、同時に木で造られたシャワーヘッドからさわさわと温かな水が降り始めた。
詳しい仕組みはわからないが、このシャワーは魔力を介して使うことができるようだ。
「あ、そうだ。これ使って」
俺はローラから色々もたされた物の中に、石鹸とシャンプーがあったのを思い出す。
収納ボックスから取り出し、渡す。
「ん」
ラフィが受け取ると、俺の髪を洗っていく。
何となく気持ち的な問題で目はつむったままだ。
音と感触だけが伝わってくる。
髪がお湯で洗い流されたあと、ほのかに香りづけされたシャンプが頭で泡になっていくのを感じた。
丁寧に長く伸びた髪が洗われていく。
無言。
髪が洗い終わったようで、今度は背中をごしごしとタオルの感触。
「ひゃッ……!」
「……ナオキ、変な声出さないで」
俺も自身の声に驚き、恥ずかしい気持ちになるが。
「あのラフィ、前は自分でやるからいいよ」
そう、ラフィが俺の胸あたりを触ったため驚いたのだ。
「ふーん」
困惑したのが面白かったのか、ラフィが両手で俺の胸辺りを触る。
「ラフィさん……ッ?」
振り解くわけにもいかず。
「ナオキって他の女の子ともこうやって
「いや、よくでは……」
ないが、否定もできない。
「私とこうしていても何とも思っていないとか腹立たしいと思ったけど、そんなことないのね」
ラフィの左手は俺の左胸、心臓部分に触れていた。
つまり先程からバクバク言っている俺の心音がラフィに伝わっていることだろう。
「ラフィみたいな……その可愛い子と一緒で平気なはずないだろう!」
恥ずかしさから、手を振り解くために思わず振り向いてしまった。
「あっ……」
「…………ッ!」
ばっちしと、ラフィの裸を正面から見てしまう。
まじまじと。
白い肌に青い髪が垂れ、ほのかに水に濡れている姿はどこか神秘的でさえあった。
俺が振り向いたことに驚き目を見開き、ラフィも硬直。
見つめ合う形で、徐々にラフィが状況を理解し再び顔が赤く染まっていくのが見えた。
「ご、ごめんラフィわざとじゃ……」
慌てて立ち上がり、石鹸で滑りやすくなった床に足をとられる。
「あっ」
態勢をくずしたと思った次の瞬間にはゴツンと後頭部を打つ感触。
「ちょ、ちょっとナオキ!?」
ラフィの声が遠くに聞こえるのを感じながら、視界が暗転した。
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