第五十三話「マキナ共和国」

 次の日。


「わぁー!」

「おぉー!」


 前者はアニエスの、後者は俺の感嘆の声。

 俺達は今、エルドン伯爵の屋敷を出て、マキナ共和国の首都散策へと繰り出していた。

 この街は音に満ちている。

 王都のような賑やかな喧噪というわけではない。

 屋敷を出ると、轟轟と水が落ちる音、そしてゴンゴンと地を這うような低い音が、どこか遠くから聞こえてきていた。

 そして、その音の正体の前に俺達はいた。

 より近くにと、俺とアニエスは駆け出し、柵から身を乗り出して覗き込む。

 今日のアニエスの服装はお忍び仕様。

 ……というか以前、俺がアニエスにプレゼントした服を着ている。

 一応、お揃いで買った服なので、アニエスに合わせて俺も同じものを着ていた。

 俺は黒髪、アニエスは金髪と髪色は全然異なるが、お揃いの服、そして今日はお揃いの髪型であるため、姉妹に見られてもおかしくないであろう。


「あんまり離れないように」


 後ろから今回の一応保護者役ラフィの声。


「ラフィ様、すごいですよ!」


 アニエスは手を振り、大きな声をあげ、ラフィにも早く来るように促す。

 そう、音源近く、声が周囲の音にかき消されるため、大声を張り上げなければならないのだ。

 今俺達がいるのはマキナ共和国、その首都にある展望台と呼ばれる場所。

 目の前に広がる光景。

 瀑布だ。

 轟音と共に下へと大量の水がとめどなく流れ落ちている。


「これはすごいな……」

「ナオキの世界には似たような場所はないの?」


 ゆっくりと歩いて来たラフィは俺の横に並ぶと、小声で問う。


「俺の世界にも滝はあったが……、こんな光景は見られないな」

「そうなんだ」


 有名なのはナイアガラの滝。

 実際の目で見たことはないが、雑誌やテレビでお目にする機会はあった。

 しかし、目の前の景色にはかつての世界では見たことがないものが映っていた。

 巨大な歯車。

 幾重にも重なり、ゆっくりと回転しながら、低い地鳴りの音を周囲にまき散らす。

 水が流れていない岸壁に張り巡らされるように建造物が岩の代わりに生えており、そこから縦横無尽に、歯車がびっしりと張り巡らせているのだ。

 時計の中身が巨大なサイズで視界一杯に映ると言えば伝わるだろうか。

 今日屋敷を出てからずっと聞こえていた音の正体である。

「屋敷の中では気にならなかったけど、近くで聞くとすごい音だな。

 この歯車はずっと回ってるのか?」

「そう。朝も夜も、水が干からびない限り動き続ける。

 故にこの都市は『眠らない都市』とも呼ばれてる」

「へぇ」


 マキナ共和国の首都であるリヴァンティンは工業と交易で栄える街。


「リヴァンティンは河の沿岸に発展してる。そして滝を中心に上層と下層と呼ばれる二つの区画に分かれる」


 ラフィの説明を聞きながら眼下を覗き込む。

 俺達が現在いる、滝の水源高さに発展している区画を上層、落ちた先が下層というわけだ。

 滝の流れ落ちた先にも多くの建屋が密集しているのが見える。


「工業って何を生産してるの?」


 興味本位の質問を口にすると、会話にアニエスが加わる。


「マキナ共和国の主な産業は紡織よ!

 王国でも共和国製の布を多く輸入しているわ。

 あそこに見える歯車は機織り機の動力になってて、この国の心臓部ともいえる建造物なの。

 そうですよね、ラフィ様!」 

「ええ。アニエスの説明した通りよ」


 アニエスは得意気にお姉ちゃん風を存分に発揮し、説明してくれる。


「……というか、アリスは学校で周辺国の主要産業くらい習わなかったの?」

 

 俺はラフィにジト目で見られた。

 見られていない&聞こえてないフリをする。


「さすがアニエス姉さん、詳しいですね!」

「えへへ」

「……随分とその姿にも馴染んできたのね」

 

 俺を挟んでラフィとアニエスが立っているため、滝の音のおかげでラフィの小言はアニエスにまでは聞こえない。

 俺の様子に呆れたように、ラフィは溜息を一つつくのであった。



 ◇



 展望台を後にした俺達は引き続き街の散策を行う。

 今回は時間がないので上層のみ。

 下層は次にこの街を訪れる機会にでも散策したいものだ。

 マキナ共和国の首都は王都と比べれば、人通りが少ない。

 ……今は復興の特需と王都迷宮のおかげで極端に人が多いので比較対象として間違っているかもしれないが。

 荷馬車が道をひっきりなしに通るといったこともなく、穏やかに、歩いているとたまにすれ違うといった具合。 

 喧騒とは無縁であり、「眠らない都市」という大層な名が付いてはいるが、慣れてくると遠くから聞こえてくる滝と歯車の音も心地よく感じてきた。

 上層だけでも目的なく歩いて回るには広すぎるので、どこに行くかは昨晩皆で話合い、あらかじめ当たり付けをしていた。

 昨日エリーヌに紹介してもらったお店や過去に訪れたことがあるラフィおすすめのお店を中心に回る。

 ほぼほぼお菓子屋であったが。

 存分に甘味を満喫した俺達は、アニエスたっての希望で露天商が多く並ぶ通りを歩いていた。

 露天商の通りは独特の雰囲気がある。

 日用品から冒険者に役立つものまで、幅広い商品が陳列していることもあり客層も幅広い。

 当然、冒険者たちも多くこの場に立ち寄っていた。

 背中に武器を担ぎながら品定めしている姿があちらこちらで見られる。


「アニエス姉さんはどうしてここに?」

「それはね、私からアリスにプレゼントを買うためよ!」

「え、私?」


 予想外の答え。


「……この前も剣を頂いたばかりなので悪いですよ」

「それはどちらかといえば、私というよりお父様からの贈り物じゃないですか。

 アリスからは服とか貰ってるのに、私からは何も贈ってないので、いい機会ですし!

 日頃の感謝もこめて!

 さぁ、アリス。

 何が欲しいかしら?

 ここなら戦いに役立つ品でも何でもあると思います。

 あ、でも私が今回頂いたお小遣いで買える範囲でお願いしますね」


 国のお姫様、まさかのお小遣い制であった。

 とはいえ、突然の提案に驚く。


「特に欲しいものはないので、アニエス姉さんが気になるものを買ったらいいですよ」


 控えめな「御遠慮します」発言。

 その発言を受けたアニエスは、目を瞬き、


「そうなの?

 なら私がアリスに似合うアクセサリーを買うことにするわ。

 いっつも付けるのを拒否するんだから。

 せっかくだからアリスに思いっきり似合う奴を探しましょう」

「えっ……」


 アクセサリーはいらない。

 と思っている間に、


「そういうことならこっちの通りにたくさんある」

「さすがラフィ様です! 案内してください」


 何故か乗り気で案内を始めるラフィ。

 何で。

 二人は俺の方を見ながら何がいいかを相談しながら、品定めをしていく。

 ここで俺が何か欲しいものを具体的に提案出来ればいいのだが、あいにくすぐに思い浮かばない。

 それにアニエスは真剣に俺にどんなアクセサリーがよいか、吟味している。

 悪意なき、善意からの行動に、どうして水を差すことができようか。


(もうどうにでもなれ……)


 出来れば動きに支障をきたさないものがいい。

 あと、ピアスとかも無理。

 ……耳に穴を開けるとか無理だ。

 いくらアニエスからの贈り物であってもこればかりは。

 そんなことを考えながら、二人の背中を眺めつつ、ふと、露天商の前で立ち止まり、並べられた品を覗き込む。

 目に入ったのは偶々。

 何かの花を模った髪留めだ。

 中央にはアニエスと同じ瞳の色をした碧い石がはめ込まれている。

 

「アリス、何か気になるものでもあった?」


 俺が足を止め、後ろから付いて来ていないことに気付いたアニエス達が引き返してきた。

 アニエスは俺の視線が固定されている髪留めに気付き、


「おじいさん、これ下さい」

「あいよ。銀貨2枚ね」


 と、俺が口を挟む間も、値引き交渉をする間もなく言い値で買った。

 銀貨2枚は決して安い金額ではない。

 だが、アニエスはニコニコと商人に銀貨を払い、それと引き換えに俺が見ていた髪留めを受け取る。


「はい、アリス。後ろを向いて」


 言う通りに後ろを向くと、アニエスが本日の髪型であるハーフアップ、その髪をまとめている部分に髪留めを優しい手つきで付けてくれた。


「うん、よく似合ってるわ! 可愛いわ!

 ネックレスとか指輪よりこういったもののほうがまだいいわね。

 アリスも珍しく気に入ってたんでしょう?」

「……ありがとうございます」


 何故か俺よりも嬉しそうに微笑むアニエス。

 ちょっと照れくさく、俺はアニエスにお礼を言うのであった。

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