第五十四話「森都へ」
「ラフィ様、できました」
アニエスは握っていた羽ペンを机に置き、声を上げる。
「うん」
読んでいた本を閉じ、アニエスが座っている椅子の横に移動する。
私は今、アニエスに魔術を教えていた。
助けてもらったお礼にと、アニエスの強い希望による臨時講師というやつだ。
ちなみにナオキはローラに呼ばれてどこかに行っている。
もう少ししたら帰ってくるだろう。
アニエスが座っている前の机には一枚の紙、そして横には魔術書が置かれている。
基礎魔術が記されている、一般的な魔術書ではあるが王立学校の一学年ではまだ使用しないものだ。
何故そのような書がここにあるのかは、アニエスが勤勉であり、学校で習う範囲のことはすでにマスターし、さらに先のことを学習しているためであった
努力家は嫌いでない。
今回、私はアニエスに複合魔術である《
今日で私の臨時講師の役は終了ということもあり、少し難しめの課題。
複合魔術は詠唱し発動するのが一つの壁と言われており、これを魔法陣におこすという作業も難易度が高い。
魔法陣の基礎がしっかり身についていないとまず不可能だ。
もちろん複合魔術に関する記述はアニエスが持っている魔術書には記載されていない。
さてさて、どんなものかとラフィはアニエスが描いた魔法陣に目を通し、瞬時に判定を下す。
「問題なし」
「やったー!」
喜びを身体一杯で表すアニエス、それを横目にもう一度アニエスが描いた魔法陣に目を落とす。
(勤勉というだけでなく、才能がある。才能があるだけに惜しい)
丁寧に描かれた幾何学模様と記された精霊語を指でなぞりながら私は思わずにはいられなかった。
アニエスがただの一般人であれば、好きな未来を選べる。
だが、彼女は王族なのだ。
王立学校を卒業したら、待っているのは政略結婚としての駒。
自らの意思は尊重されないだろう。
そもそも才能があるからといって、アニエスが魔術の道に進むという保証もないが。
ただ私としては磨けば光る石を見つけ、そう思わずにはいられないのであった。
丁度良いタイミングで扉が開き、ナオキが帰ってきた。
頭の後ろには昼間、アニエスより贈られた髪留めをつけている。
よく似合っていた。
ナオキに直接言えばどんな顔をされるだろうか。
というか、ナオキの少女の姿は同性の私から見ても可愛い。
(戻ってくれないと……困る)
ただ方法が見つからないとはいえ、ナオキ自身、積極的に解呪する方法を探していることもなさそうだ。
簡単に方法が見つかるとも思えないので、ナオキはナオキで少女の姿に慣れるしかないのかもしれないが、私としては複雑。
アニエスはナオキに嬉しそうに、描いた魔法陣を見せ、ナオキはアニエスの言葉に相槌を打っている。
仲良さげな様子に私は、自身の中で何とも言えない靄が広がるのを自覚せずにはいられなかった。
今は同性同士ではあるが、ナオキは元々男なのだ。
そんなに近づくな、とアニエスに警告したいが言えるわけがない。
(ナオキもナオキだ)
年上なのだからもっと接し方を考えろ、と言いたいが今のナオキを見ていると年相応の少女にしか見えず、なんとも言い難い。
それにアニエスも十分なついているので余計な口出しをする方が無粋であろう。
諦めと共に溜息が一つ。
「明日も早いでしょうから、私はこれで」
「はい。ラフィ様、今日もありがとうございました!」
夜も遅い、私は用意された部屋に戻ることにした。
扉を開け退室する。
と、ナオキが慌ててついて来た。
「ラフィ、待って」
「なに?」
足を止め振り返ると、黒髪の少女は何かを差し出す。
やや照れくさそうにナオキは、
「これ、この前のお礼」
差し出されたのは前髪を留める種類の髪留めだ。
ナオキが今付けている髪留めと同様に花を模っている。
見ていない間に昼間の露天商から買っていたということか。
私がすぐ受け取らず、じーっと髪留めを凝視していたため、ナオキが慌てた様子で言葉を足していく。
「俺の無茶なお願いを聞いてくれてありがとう」
ナオキが言うお願いというのは大蛇の攻撃を防いでくれというやつだ。
別にお礼を言われるような類のものではない。
当たり前のことを私をしたまで。
私はナオキが差し出してくれた髪留めを受け取る。
「ありがとう」
何でもないように、平静に受け取ったつもりであったが顔が赤くなるのを自覚せずにはいられなかった。
その顔が見られたくなくて、私はナオキの方からまわれ右、態度の悪い奴と思われても仕方がない行動。
「ラフィ、おやすみ!」
とナオキは声を掛けてくれたが、私は只ひたすら早足で自室へと向かう。
心臓がバクバク言っていた。
◇
時間の流れは早いものだ。
結局、昨晩は心臓が鳴りやむのを待っていたらいつまでたっても寝付けず朝になっていた。
(蚤の心臓……)
私のことを「冷静沈着、何があっても動じぬ勇者一行最強の杖」と謳ってる吟遊詩人共に現実を突きつけてやりたい。
朝食後、ナオキとアニエスは共和国の議会のお偉方に会うとのことで出掛けて行った。
他国出身で異種族の私が王国との政に関わることはない。
そして夕暮れ時。
東に白い月が見える。
待ち合わせの場所である共和国の転移陣がある場所へ私は王国の騎士団と共に入る。
普段の転移陣はもっと賑やかであるが、今のこの場所はピンとした緊張感が張り詰めていた。
王国のお姫様が転移陣を使うということもあり、現在部外者の立ち入りを禁じているのだ。
故に一般の利用者は、現在転移陣の敷地外で待たされていた。
転移陣の敷地に入り、暫く歩くと目的の広場へ辿り着く。
昨晩ナオキに貰った髪留めに手が伸び、位置は大丈夫か気にする。
普段被っている帽子は鞄の中。
(これは自分の故郷に帰るのだから、耳を隠す必要がないから被る必要がないだけ。
決してナオキに髪留めをつけていることを見てもらうためじゃない)
と自身に何度も言い聞かせる。
広場に着くと、多くの騎士に囲まれた一団がいた。
アニエスとその護衛だ。
ナオキはどこかと思ったら、騎士達で小さな身体が隠れていただけで、隙間から私を見つけこちらに走り寄ってくる。
腕には定位置に収まった青が抱かれていた。
ただ、この前の戦いで消耗したからか、うつらうつらといった様子、眠そうだ。
「おー、ラフィきたきた」
「ん」
ナオキはナオキでソワソワしていた。
森都に行くのが楽しみなのだろう。
周囲の騎士団の雰囲気など関係なく、緊張した感じとは無縁であった。
チラリと、ナオキに視線をやるが気付いた様子はなく、森都がどんな場所なのかという妄想に目をキラキラと輝かせ、一向につけている髪留めに気付く様子はない。
それに若干私はムッとするが、少し冷静になる。
(私は何を期待しているのだが)
ナオキはこういう奴だと諦め、ナオキの話に相槌を打つ。
やがて広場に設置されている魔法陣がほのかに発光し始める。
魔力が充ち始めたのだ。
時間だ。
「お、そろそろ時間?」
「そう」
日がどんどん沈むにつれ、東の空の月が徐々に光を帯びてくる。
それに伴い魔力が場へと溢れてくるのだ。
ぼんやりと月を眺めていると唐突に、
「ラフィ、髪留め似合ってるよ」
「……うん、ありがとう」
心の準備ができてないタイミングでこういうことを言う。
ナオキらしいと言えばナオキらしい。
思わずニヘラと表情に出そうになる。
出てしまったかもしれない。
そして広場の魔法陣に刻まれた幾何学模様が全て発光する。
魔力が充ちた合図だ。
騎士団が同時に転移するように号令をかける。
「行こう」
ナオキの言葉に頷き、私達は転移先を告げる。
「「 ニルディヴィア!」」
◇
「ふんふんふん♪」
ご機嫌に鼻歌を口ずさみながら王都の裏路地を歩く。
今はやりの吟遊詩人が奏でる新作、7代目剣聖を謳うものだ。
「おう、嬢ちゃん。こんなところでご機嫌だな」
いつの間にか周囲を屈強な男に囲まれていた。
それに気づき、鼻歌を止める。
「今、不機嫌になりました」
「ハハハ面白い嬢ちゃんだな! 何大丈夫だ、すぐ今より上機嫌な気持ちにしてやるよ!」
正面の男が手を伸ばしてきたので、何気ない動作で斬り飛ばした。
首を。
「へ?」
間抜けな声を上げたのは胴とおさらばした顔。
状況を認識したお仲間は逆上して私に襲い掛かってくる。
何も理解しない阿呆、逃げる脳があれば助かったかもしれないのに。
まぁ、逃がしはしないが。
特に身体を動かすことなく、残る者の首も斬り飛ばした。
(せっかくいい気持ちだったのに)
死体となったものを眺めながらそんな感想を抱く。
「私の信じる神様は慈悲深くてよかったですね」
頭を抱え、それぞれの持ち主の胴へとくっつけてあげる。
死体だったものは何もなかったかのように立ち上がり、そして裏路地から表の通りへと消えていく。
「もう悪い事をしちゃダメですよ!」
それを笑顔で見送り、再び鼻歌を口ずさみながら裏路地を行く。
少女の腰には奇妙な紋様が入った仮面がぶら下がっていた。
------------------------------------------------------------------------------------------------次回から新章突入です!
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