第五十二話「保護者役」
面会後のプチお茶会もお開きとなり、俺は二階の部屋へと戻る。
扉を開け、中を覗くとアニエスとラフィが向かい合って座っていた。
アニエスの側にはローラが普段通り控えている。
(珍しい組み合わせだ)
二人の前にはティーカップが置かれ、先程俺達に振舞われていたお菓子もテーブル中央に鎮座していた。
アニエスのお皿には焼き菓子が可愛らしく、数ある中から選んだものを数個、ラフィの皿には色とりどりに、これでもかと盛られている。
てっきりラフィは部屋に籠っているものと思っていたが、どうやらお菓子に釣られたみたいだ。
「ラフィ様、こちらも美味しいですよ」
「うん、おいしい」
二人の面識はこれまであまりなかったはずだが、大分打ち解けている様に見えた。
いまのアニエスには先程見た、王国の姫としての雰囲気は見られない。
俺のよく知る普段のアニエスだ。
とは言え、流石に王族、俺とは違い、優雅な佇まいでお茶を飲んでいる。
同じなんとはない動作であるはずなのに、どうしてこうも違うのかと思わずにはいられない。
(俺も礼儀作法を習わないといけないかな……)
今後のことを考えると身に着けておいたほうがいいかもしれない。
そんなことを思考している自身に俺は思わず苦笑してしまう。
お茶を飲むために顔を上げたアニエスが俺が扉から顔を出していることに気付く。
「アリス、どうだった?」
ティーカップをテーブルに置き、問いかけてくる。
今回の面会に俺が同席することになった理由は、間違いなくアニエスが気を利かせてくれたからであろう。
面会の場で俺が一言も発せずとも、滞りなく本来の目的は果たされた。
剣聖としての称号をぶら下げているとはいえ、あの場に居た人は皆、俺とは短くない時間を共に過ごしていたわけで、剣聖と対面できたことに感銘を受ける者は皆無。
つまり俺はあの場にいる理由はなかった。
結局、戦闘のごたごたで挨拶も出来ずに別れることになってしまった旅の仲間と会話できる貴重な機会をアニエスが整えてくれたとしか思えない。
おかげで今回の同伴で世話になったテオをはじめとした面々と会話することができた。
少し振り返ってみる。
◇
戦闘中に俺の正体を言い当てたクララは、以前会話した際は、真面目で頼りになるお姉さんといった感じであったが今日会った際は大分印象が違った。
「この前はありがとうございました! 素晴らしい剣、間近で見られことは私の一生の宝です。魔物と対峙した際の――(以下略)」
両手を握られ、興奮した様子で俺が如何に素晴らしいかを延々と語る。
華月騎士団のお仲間が苦笑しながら、止めに入ってくれなければずっと拘束されていたのではと思う。
次に俺の側に来てくれたのは甘味同盟。
「まさかアリスちゃんが、あの剣聖だったとは。言葉だけで聞いたら俄かに信じられないが、間近で見たら信じざるを得ないね。あの時は助かった、感謝する」
にこやかに感謝と握手を求めてきたのは甘味同盟リーダのベルンハルト。
それとは対照的に、隊商生活で仲良くなれたと思っていたエリーヌは、俺が近づくと視線が定まらず、口を開けたり閉めたり。
擬音語で表現するなら「あわわ」といった感じである。
完全にてんぱってる様子に見えた。
「こ、この前は助けて頂き、誠にありがとうご、ございました」
すごく余所余所しくなっていた。
「アリス様が剣聖とは知らず、失礼な言動を……」
俺は一芝居うつことにした。
「様はいや」
「で、でも……」
簡単には承服してくれないエリーヌ。
悲しそうに、水魔術を用いて、目を潤ませる。
「私はせっかくエリーヌさんとお友達になれたと思ったのに……」
わざとらしく目を伏せる。
少し大袈裟すぎたかとも思ったが、エリーヌは効果抜群であったようで、「様」つけを止め「ちゃん」つけで呼んでくれるようになった。
やや敬語混じりの会話にはなってしまったが、先程よりは幾分か前のように会話のやりとりができ、霧の襲撃者に合った後、どのようにして共和国まで辿り着いたかという話から、共和国でのお勧めのお店はといった他愛のない会話まで、結局エリーヌとは長い時間話し込んでしまった。
ティーカップのお茶を飲み干す頃にはぎこちない敬語抜きで、再びエリーヌと会話のやりとりができるようになった。
「いいなー。私も森都に行ってみたいな。でも、アリスちゃん剣聖になったばかりで色々忙しいんじゃないの? どうしてこのタイミングで森都に?」
純粋に興味本位からの質問であろう。
その理由を、俺は耳元で小声で、素直に告げた。
「……注目されるのが苦手だから、落ち着くまで森都に逃げるの」
俺の答えが予想外であったようで、エリーヌは一瞬きょとんとするが、クスクスとエリーヌは笑った。
「……じゃあ、落ち着いて王都に戻ってきてくれたら、今回のお礼に甘味同盟オススメのお店を紹介してあげる」
甘味好きで集まった甘味同盟、お墨付きのお店。
これは大変期待できそうだ。
「楽しみにしてる、約束」
再会をエリーヌとは約束した。
そしてレーレ。
表面上はそこまで俺とレーレの接点はない。
隊商でも、二人でやり取りしている場面はほとんど目撃されていないはずだ。
故にお互いに当たり障りない会話のやり取りを軽く行う。
その中で小声で一つだけ尋ねてみた。
「アレクにこのことは?」
「既に知らせてますよ」
予想通りといえば予想通りの答え。
「……緘口令が敷かれてるんじゃ?」
「緘口令を言い渡されたのは、国境に着いてから。
それより前のことを咎められる理由がありますか?」
とニコリと微笑まれた。
もしかしたら、霧の襲撃者、それに付随する件について、何か情報をもっているかもしれない。
しかし、レーレからはこれ以上この場では何かを聞き出すことはできないと判断した。
王都に戻ったらアレクに詳細と、ついでにレーレとの関係を問いただそうと決意する。
◇
振り返ってみた感想としては「非常に有意義な時間であった」。
「アニエス姉さん、ありがとうございました」
自然と言葉を口にする。
「ならよかったわ」
俺の答えを聞いたアニエスはニコリと微笑む。
「さあ、アリスも座って! ローラ、アリスの分を」
「はい、すぐ準備しますね」
空いている席に腰を下ろし、俺が来たことに気付いているのか気付いていないのか、幸せそうに菓子を頬張っているラフィに問う。
「ラフィは隊商の人に会わなくてよかったの?」
咀嚼していた菓子を飲み込んでからラフィは答える。
「アリスが寝ている間に、すでに会ってるから」
「あ、そうなんだ」
ラフィは答え終わると、すぐに次の菓子へと手を伸ばす。
その様子をアニエスはニコニコと見守っていた。
程なくして、俺の前にもローラの手によりティーカップが置かれる。
「何か取りましょうか?」
「いや、遠慮しときます」
先程、ちょこちょことつまんでいたため、大分お腹は満たされていた。
俺はお茶だけを有難く頂戴することにした。
「アリス、身体はもう大丈夫なのよね?」
「はい、大丈夫です」
「なら、明日は私と一緒に街を見て回りましょう!」
「……もちろん騎士団の方も一緒ですよね?」
この屋敷、メイドや執事といった身の回りを世話してくれる者以外に、扉という扉、廊下の角という角には騎士が立ち、異常がないか目を光らせている。
一国のお姫様が滞在しているのだから当然だ。
俺の念のための確認に、アニエスはきょとんと首を傾げる。
「なんで? 騎士の人達がいたら自由に動けないじゃない」
「いや、駄目でしょう」
アニエスの言葉に思わず、ローラを見てしまう。
俺の様子にお構いなしで、アニエスは言葉を続ける。
「アリスがいるから大丈夫よ!」
眩しい笑顔で断言される。
事実、騎士団が居なくても俺が居れば大抵のことには対処できるであろう。
だが、一国のお姫様が護衛も連れずに少女と二人だけというのはいかがであろうか。
知らない国だ。
治安がどうなのかもわからない。
「……流石に私と二人だけというのは、いかがでしょうか。
私、見た目では護衛に適していませんし、要らぬトラブルを招くことになるのでは?
騎士団を何人とも言いませんが、せめて大人の方が一緒の方がいいと思います」
ローラが付いて来てくれるなら、出掛けてもいいかとは思う。
色々と詳しそうだし。
だが、ここでも予想外の返答が返ってくる。
「そういうことなら私に任せて」
ラフィだ。
自信満々に保護者役を名乗り出た。
「えっ……」
「ラフィ様が付いて来て下さるなら安心です。
ね、ローラ!」
「はい、アリス様とラフィ様が付いて下さるなら私も安心して送り出せます」
俺の異議を唱える声は二人の賛成意見にかき消された。
(見た目、俺達よりは多少上に見えるかもしれんがたいして変わらないだろう……)
ラフィもラフィで見た目からの威圧感はゼロ。
実際はだいぶ年齢が上であるが。
こうして、意外に乗り気なラフィの意見も相まって、明日は三人で街を見て回ることが決まった。
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なろう掲載分に追いつきましたので、3話更新は今回で終了です。
引き続き更新を楽しみにして頂ければ幸いです。
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