第三十四話「タチバナ家」
日が傾き、空が茜色に染まり始める時間となった。
寮を出て、ジンの家へと向かうことにする。
場所を聞いたはいいが、王国の土地鑑など皆無。
そこは
ジンの家があるのは二区の貴族街と呼ばれている区画だ。
学区の隣地区であり、俺は障害物のない屋根伝いに疾走し、そう時間をかけずにジンの家へとたどり着いた。
ジンの家はお屋敷のような家が立ち並ぶ中、庶民的な造りの家に見える。
玄関に立ち、ノッカーを叩こうとしたとき扉がひとりでに開いた。
もちろん自動扉と言うわけでなく。
「アリスちゃん!」
扉が開くと中から、左右に結った黒髪を元気に跳ねながら、サチが飛び込んできた。
その様子から、今か今かと、俺が来ないか待っていたようだ。
「よく来たな」
「お邪魔します」
サチの後ろからジンが姿を見せる。
ペコリと挨拶し、サチに促され家の中へと入った。
「いらっしゃい、あなたがアリスちゃんね」
微笑みながら迎えてくれる女性、誰と聞かずともサチの母親であることが分かった。
タチバナ家は全員日本人のような一族であった。
サチの母親も黒髪黒目であり、元の世界で言うところの大和撫子という表現が似合う女性である。
和服がとても似合いそうであったが、残念ながらこの世界に和服はない。
サチの母親は料理をしていたため、エプロンを付けた姿で出迎えてくれた。
俺が到着すると、居間の机に料理が並べられていった。
タチバナ家と俺は食卓を囲み、「いただきます」の合唱の後、食事を始める。
サチが自信満々に料理を自慢していただけあり、俺はこの世界の家庭料理に舌鼓をうった。
食事が終わると、お世話になりっぱなしなので、せめて皿洗いくらいはと思い、皿洗いを申し出た。
サチの母親は目尻を下げながら、俺と一緒に皿を洗った。
「アリスちゃんはお手伝いしてくれるのに、お姉ちゃんのサチが何もしなくていいのかな?」
「うっ、私もやる」
途中からはサチも加わり三人で皿を洗った。
一段落し、今日はこの辺りでお暇しようと玄関に向かったが。
「アリスちゃん、泊まっていかない?」
服の裾をサチにつかまれ、ウルウルした目で言われる。
(うっ、断りづらい……!)
「せっかくだし、泊まっていったらどうだ」
「外も暗くなってるし、今日は泊っていくといいわ」
サチの両親二人の後押しもあり、とても断れる雰囲気ではなく。
俺はタチバナ家にお世話になることにした。
「お世話になります」
「やった! アリスちゃんこっち!」
「え、サチちゃん待って!」
返事をするや否や、サチに右手を引っ張られ家の中、どこかへと連れていかれる。
一室。
中に入るとサチは服を脱ぎ始めた。
(なっ!?)
あまりに突然のことで俺は硬直。
その間にサチは服を脱ぎ終え、全裸。
サチは部屋に入ってきた扉とは別の扉を開く。
湿った空気が運ばれてきた。
そこでやっと連れてこられた部屋が脱衣所であり、奥にはお風呂があることに気付いた。
昨日知り合ったばかりの少女と一緒にお風呂に入る。
この一文だけ切り取ると、何やら犯罪臭いが、今の俺もサチと同じ少女。
何も問題はない。
問題はないが、いつか俺が元の姿に戻った時のことを考えると、罪を重ねているような気がしてしまう。
すでにアニエスとは何度も一緒にお風呂に入り、寝室も共にしているが、どこかで線引きをしなければならないだろう。
サチには悪いが、一人でお風呂に入ってもらうため脱衣所を出ようと決意する。
「アリスちゃん、はやくはやく!」
決意したが、俺が拒否することなど一切考えていない笑顔。
この笑顔を曇らすことはできなかった。
(なるべく見ないように……!)
先程の決意は早くも崩れ去り、俺もそそくさと服を脱ぎ始める。
ブレザーとスカート脱ぎ、続いてシャツを脱ぐ。
シャツを脱ぐために両手を万歳し、前が見えない状態の時、何者かに背中をつーっとなぞられる。
「ひゃわっ!」
可愛らしい声が室内に響く。
聞いたことがない声、だが発生源は俺自身。
自分の声帯のどこからそのような声がでたのか不思議に思う。
シャツを脱ぎ、背中に悪戯した犯人を恨まし気な目で見つめる。
「サチちゃん……」
「大成功!
アリスちゃんひゃわ、だって! 可愛い!」
悪戯が成功したサチが嬉しそうに立っていた。
意図せずして全裸のサチを正面から見つめる格好となった。
快活に笑うサチは、いつもは左右に結っている髪をおろしており、俺と同じ黒髪が肩にかかっている。
暫く俺が見つめていたせいか、首を傾げるサチ。
「アリスちゃんどうかしたの? サチの髪に何かついてる?」
「いえ、何だかこうして見ると本当の姉妹みたいだなーと」
こちらの世界に来て初めて邂逅した親しみのある髪を持つ一族。
何だか懐かしく、俺の口から自然とそんな言葉が漏れた。
俺の言葉にサチは満面の笑みを浮かべていた。
「アリスちゃんもそう思う!
この国だとサチみたいな髪の色は珍しいのに、アリスちゃんと出会うなんて。
は!?
もしかして私達、生き別れの姉妹だったりするのかな!?」
「サチちゃん、近い……」
前かがみのサチ。
どこに視線を向けていいのか困り、あさっての方向へと視線をやる。
「アリスちゃんは恥ずかしがり屋なのね、えい」
「……!?」
サチはやにわに、俺の前で屈むと、パンツを下へとずらし、ひったくった。
突然の出来事に俺は声にならない悲鳴を上げる。
「さあ、入ろ入ろ~。
おっふろ、おっふろ」
そんな俺の思いなど意に介せず、サチは俺の背中を押しながら、浴室へと入っていくのであった。
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